46. 似合うもの探し
「マントは必要です。弓も手元も隠したいの」
普段のルルシアならば近づくことがないであろうカジュアルな洋品店で、ルルシアは自分のマントの胸元をギュッと押さえて脱がされないように抵抗していた。
「ぐぬぬ…そうなるとマントとかケープは外せないのよね…派手目のインナーチラ見せしていくしかないのか…あと足出しなさい。足を!」
「肌露出してると虫に刺されたり草木で切ったりするでしょ」
「あのね、世の中にはタイツというものがあるの。ニーソックスでもいいわ。あと街中にいるときくらい足だろうが腹だろうが出したって死にゃあしないわよ。毒虫もいないし触ったらかぶれる草木もないんだから」
「うう…」
拒否しては反論され、譲歩案を示せばダメ出しを食らうということを繰り返し、結局日常用の服装二揃いを購入し、マントも今まで愛用していた無地茶色ではなく、ブルーグレーの生地に銀糸で草木の刺繍が入ったきれいめのものにすることで合意に至った。
靴に関しては、確かにそろそろぼろぼろになってきているのだが、靴が合わないと戦闘時のパフォーマンスに関わるので後で改めて仕立て直すことで納得してもらう。
「あとは帽子ね。魔力のこもったマントじゃないとフード脱げやすいでしょ。帽子のほうが安心よ」
ベロニカにそう言われてなるほど、と頷く。普通のマントのフードは風などで脱げやすいのが悩みで、ピンで止めるなどの工夫が必要なのだ。その点、以前朝市に行くためにディレルの母アンゼリカから借りた帽子は――かぶり慣れていないせいで気にはなったが――言われてみると結局大きくずれたり脱げたりはしなかった。
「それならベロニカがかぶってるようなキャスケットがいい。かわいいから」
「お!?じゃあお揃いにしちゃう?色違いもあったし…多分まだ売ってるはず」
「いいの?じゃあそうしたい」
ルルシアが頷くとベロニカは嬉しそうに笑い、自分が購入したという小物店に案内してくれる。同じデザインのキャスケットは人気がある品らしく、店頭近くに並べられていた。
数種類ある色柄の中からベロニカがいくつか手に取り、ルルシアの髪に合わせてみる。
「どの色がいいかな…」
自分に似合うものがわからないルルシアが悩むベロニカを見守っていると、ひょい、と横から子供のような手が伸びてきてベロニカが持っていた帽子の一つを掠め取った。
「これが良いと思うなぁ」
突然のことにルルシアがビクッと視線を動かすと、その手の持ち主は子供ではなく、ハーフリングの男だった。
「ね、ルルシアちゃん」
ニコッとハーフリングの男、セネシオが帽子を振りながら微笑みかけてくる。突然割り込んできたセネシオと、セネシオに名前を呼ばれた途端に凍りついたように固まったルルシアに、ベロニカが「…知り合い?」と様子をうかがうように聞いてきたが、ルルシアは即座に頭を振り否定する。
「知らない人」
「あれー、即答?でも俺、つれなくされると燃えるタイプなんだよねー」
「っ…」
前回セネシオに会った時ルルシアは旅装のマントを羽織っており、一度もフードを外していない。つまりセネシオはルルシアの顔を知らないはずなのだ。識別するなら名前を聞いたか、ルルシアの声で…ということになるのだが、しばらく前からベロニカはルルシアの名前を呼んでいないし、ルルシアはもともとそれほど声の大きい方ではないし口数も多くない。帽子屋の周辺ではそれほど声を発していないはずなのだ。
(ということは、どこかで私を見つけてしばらくつけて来てたってこと?ストーカー?)
ストーカー行為への不快感に加え、つけられていたというのに気配に気付けなかったのも屈辱的である。ルルシアは完全にセネシオを敵認定してにらみつける。
敵認定されたことがわかったらしく、セネシオは肩をすくめてみせる。
「あ、付け回してたとかじゃないよ。俺ね、人の魔力の気配がわかる体質なんだ。覚えのある気配が見えたから声かけたのさ」
「気配がわかるって…エルフ以外でもそんな事できるもんなんだ?」
「実際できてるから出来るとしか言いようがないな。俺の先祖のどっかにエルフがいたのかもね」
魔法を使えるのがエルフのみであるように、魔力の気配を感じ取れるのもエルフだけだと言われている。ベロニカが不審そうな顔をしたが、確かにどこかでエルフが混じっていればそういうこともありうる。
でも…、とルルシアは眉をひそめる。
ルルシアはエルフの中でも魔力の気配を感じ取るのに長けている方であるのだが、よほど強い魔力でない限り集中していないと感じ取れない。それに街中では魔力を持った人がうようよいるので、いちいち感じ取っていたら情報量が多すぎて疲れてしまう。
だと言うのに、セネシオの口ぶりでは『歩いてたら見えた』くらいのノリである。
(わたしとは魔力の感じ方が違うのか、それともなにか企んで嘘をついてるのか)
「それが本当でも嘘でも、馴れ馴れしくされるのは嫌いなので声をかけないでください」
「えー。ルルシアちゃんに似合う帽子を提案しただけなのにー」
冷たく言い放ったルルシアにセネシオがすねたように口を尖らせた。ただ、目は笑っているのでからかっているのだろう。はっきり言ってルルシアの苦手なタイプである。早くどこかへ行って欲しい、もしくは買い物を終わらせて立ち去りたい。
「…でも確かにそっちの色ほうが良いかも」
「でしょー?」
が、ベロニカがセネシオが差し出した帽子をルルシアにかぶせ、感心したようにつぶやいた。その声にセネシオがニッと笑う。
「ついでにこっちの髪留めも似合うと思うんだよねー」
「ああ、それ良い!」
ついにはベロニカとセネシオが意気投合してルルシアに似合うもの探しを始めてしまい、立ち去るどころかしばらく足止めを食うことになってしまったのだった。
***
「なんだ、えらくご機嫌斜めだな」
「どうしてみんなわたしを着せかえ人形にするのかなぁ」
「素材が地味で飾りやすいんだろ」
「的確な指摘をどうも!」
ぷくーっとふくれっ面をしたルルシアは、部屋に入るなり部屋の主の許可も得ずに椅子に座りテーブルに魔術紙を置く。ライノールは肩をすくめながらルルシアの向かい側に腰掛けた。
「人の部屋で何始めるつもりだ。なんだこの紙…ああ、魔術紙ってやつか」
ライノールはルルシアの置いた紙を一枚取り、あまり興味なさげに眺める。
「一枚あげる。願い事して飛ばすんだって」
「知ってる。昔見たことある。鳥の形のやつにすりゃあいいのに」
「いいの。自分で作るから」
「まあ頑張れ…てか、なにやってんだ」
ルルシアは鼻歌混じりに魔術紙を折っていく。切り抜くのが普通の紙を何回も折り続ける姿にライノールは眉をひそめた。
だがルルシアはライノールの質問には答えず、すぐに折り紙の定番である鶴を折り上げると、羽を開き、片方の羽にサインを入れて掌の上に乗せた。
「ほら、鶴っていう鳥だよ。ライにあげる」
「ツル…これは前世の記憶関係のやつか」
「うん。折り紙って言って、私が住んでた国の伝統的な子供の遊びだよ」
折り鶴を受け取ったライノールは矯めつ眇めつその形を眺めた。
「へぇ…すげえな。子供がこんなの作るのか。この端っこが微妙にずれてるのはこういうものなのか、お前の性格のせいなのか」
「…大雑把ですみませんね」
「その紙全部折るのか?」
「うん。そのつもり。簡単だし」
「俺もやりたい。やり方教えてくれ」
ライノールは先程ルルシアが渡した一枚を手元に置くと、「ルルより綺麗に作ってやる」とニヤリと笑った。