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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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45. 買い物に行こう

 この国、イベリスは国王を持たない。国土は5つの領地に分かれており、それぞれの領ごとに議会が置かれている。そしてその議会では各種族の代表者たちが意見を出し合い、合議によって領の運営方針を決めているのである。

 議会が開催される各領の首都では、参加する各種族が代表者事務局を設置している。その主な役割は種族間トラブルに関する相談や陳情を受けてそれを解決、または議会への提案としてまとめることである。


 先日よりルルシアが所属することになったテインツ議会のエルフ代表者事務局の仕事もつまり、そういったデスクワークがメイン。

 ライノールは放っておけばずっと本を読んでいるようなタイプで、もともとオーリスの森で森長の仕事を手伝ったりしていたこともあり事務仕事もそれなりに出来る。が、ルルシアは幼い頃から狩りや討伐ばかりやっていたので机に向かってじっとしていることにあまり慣れていない。

 ルルシアの前世である水森あかりは受験を控えた高校生だったので、机にかじりついて勉強をしていたはずだが――いまいち真面目に椅子に座って勉強をしていた記憶がない。


(多分事故のショックでまじめに勉強してた記憶が消えちゃったんだよ)


 そうに違いない。でなければ受験生としてかなりアレである。教師が頭を抱えていた記憶があるが、それはきっと記憶が混濁しているのだ。

 とにかくそんな感じなので、仕事を覚えるのと書類の整理という慣れない作業でぐったり疲れ切っていたルルシアは、休日となる本日は惰眠をむさぼるつもりでいた。が。


「ルルシア、買い物に行こう!」

 

 大体仕事の日と同じくらいの時間にそんな声で起こされた。


「…ベロニカ」

「あれ、ルルシアもしかして寝起き?よかった、それなら朝食まだでしょ?外に食べに行きましょ」

「…あい」


 ベロニカはエルフ代表者事務局の先輩である。見た目はどちらかというとルルシア寄りの『ちょっと美人』タイプ。年齢的には大体ルルシアの倍くらいらしい。

 ルルシアが来るまでは事務局内で最年少だったため年下の後輩ができて嬉しくてたまらないらしく、何かと気を使って面倒を見てくれるのでありがたい存在である。

 本日のベロニカは、チュニックワンピースに耳まで隠れる大きめのキャスケットをかぶっている。事務局のメンバーは基本的に顔を隠すことなくラフな格好で町をうろついていることが多い。ユーフォルビア曰く意外とエルフだとはばれないそうだ。

 …が、エルフだとばれなくても、先日町に出たときにこれでもかというくらい注目の的になっていたライノールはこれからも顔を隠すつもりらしい。美形すぎるのも大変である。


「…あと、服ね。服と帽子。靴も買わなきゃ」


 出かけるためにもそもそと適当な服を着て羽織ったマントのフードをかぶったルルシアを、頭のてっぺんからつま先までじっくり眺めたベロニカが呟く。

 ルルシアの服装は大体いつもブラウスにフードつきマントを羽織ったパンツスタイルなのだが、どうやらベロニカのファッションチェックには不合格だったようだ。

 マントと言っても、町中にいるときは討伐に出るときの魔法を織り込んだ厚手のものではなく、ケープのような薄手で丈の短めのものを羽織っている。女性冒険者には多いスタイルなのだ。


「全部じゃないですか…でも弓持ってるし、とっさに動けないと困るからこの格好が一番いいの」

「うーん、戦闘基準ね。でも、でももうちょっと可愛くできるはずよ!機動力と可愛さは両立できるわ。おしゃれは女の戦闘服だからね」

「はあ…」


 それはちょっと意味が違うんじゃなかろうか、と思いつつルルシアはぼんやりした頭のまま返事をする。


「じゃあ出発。朝市でご飯食べて服と小物ね!」

「はい…」


 目をこすりあくびをかみ殺しながら、ルルシアはベロニカに腕を引かれるまま朝市に連行されたのである。



***



 朝市は相変わらずの熱気に満ちていた。前回来た時はディレルが手を引いてゆっくり歩いてくれていたので周りをきょろきょろと見ながら歩けたのだが、今回は目的地に向かってずんずん進むベロニカの背を見失わないよう追いかける必要があるため全く周りを見る余裕がなかった。


「ここのチーズサンドがね、早く来ないとすぐ売り切れちゃうの。だけどすっごーくおいしいのよ!」

「すごい並んでる…」


 ベロニカが足を止めたのは屋台の列に並んでからだった。

 『大人気!チーズサンド』と看板を掲げた屋台には十人ほどの行列ができていた。ベロニカが急いでやってきたのはこの屋台が目当てだったからのようだ。

 十分ほど並んで手に入れたチーズサンドは、白パンにポーチドエッグとほうれん草を挟んでそこにトロトロのチーズソースを掛けた、エッグベネディクトのようなものだった。


「…チーズソースが…おいしい…!」

「でしょう!?並んだ価値あるでしょ?」


 ニッと笑うベロニカに、ルルシアはパンを口に詰め込みながらこくこく頷く。エルフらしくあっさりした野菜中心の食べ物を紹介されることを覚悟していたのでこれは嬉しい誤算だった。早く起きられたらまた来ようと思いながら最後の一口を口に入れる。


「よし、じゃあ次は服!あ、先に魔術具屋さん寄るね。通り道だから」

「魔術具?」


 エルフは基本的に魔法が使えるので魔術具は使わない。エルフであるベロニカから魔術具屋という単語が出たことにルルシアは首を傾げた。


「そっか、ルルシアは知らないか。あのね、もうすぐお祭りがあるのは知ってるでしょ?」

「魔術工芸祭?」

「そうそれ。でね、魔工祭では夜に魔術紙の鳥を飛ばすのが恒例行事なのよ」

「魔術、紙の…鳥?」


 ベロニカの説明を総合すると、どうやら魔術紙と呼ばれる魔術文様の描きこまれた特殊な紙を鳥の形にして、願いを込めて夜空に飛ばす、という行事のようだった。鳥に魔力を込めて宙に放ると光りながら夜空に舞い上がり、しばらく飛んだところで燃え尽きて消えるのだそうだ。

 ベロニカはその魔術紙を魔術具屋で購入するという。


「鳥の形にするのって、どうやって?」

「鳥の形に切り抜いたやつが売ってるの。器用な人は紙を買って自分で形を作るんだけど、普通は切り抜かれたやつを買うね」

「へえ…」

「あそこが魔術具屋さんね。私らはこの時くらいしかお世話にならない店だけど」

「あ、やっぱり」

「やっぱり?」


 通り道にある魔術具屋と言っていたのでもしやと思っていたら、やはりディレルの知人であるセダムとジャスミン夫妻の店だった。以前来た時とは違い、店の入り口近くにたくさんの鳥型の紙が並べられており、数人の客が楽しそうに手に取って選んでいた。

 

「知り合いの、友達のお店なの」

「へえ!じゃあ値引きしてくれるかなー」

「知り合いの知り合いだから期待しないでください…色も形もいろいろあるんだ」

 

 店先に並んだ鳥たちは色とりどりの紙で作られており、形もかわいらしいものからリアルなものまで様々だ。そしてその脇に、いろいろなサイズの正方形の紙も置かれている。これが魔術紙らしいのだが、中央に魔術文様が描かれているほかは普通の紙と変わらないようだ。

 正方形の紙の方も色柄が豊富で見ていて楽しい。ルルシアが見ている間に、ベロニカはかわいらしい形の鳥をいくつか選んでいた。


「一つじゃなくていくつも買うの?」


 願い事をこめるというので七夕の短冊のように一つだけなのかと思っていたルルシアは首を傾げた。


「これは人にあげるの。自分の名前とかマークとかを描いて、友達とか家族とかと交換するのよ。で、『ずっと仲良くいられますように』って飛ばすの」

「へえ…」


 ルルシアも鳥を一つ手に取ってみる。家族、という言葉で脳裏にライノールの顔が浮かんだが、彼の場合描かれている魔術文様が気になるといって飛ばさなさそうだ。飛ばされなかった場合は仲良くいられないのだろうか。


「好きな人にあげて『恋が成就しますように』って意味もあったりもするのよ」


 不意に店の方から声が聞こえてそちらを振り返ると、すぐそばにジャスミンが立っていた。「ルルシアちゃんの姿が見えたから」と明るい笑顔を浮かべる。 


「ジャスミンさん」

「久しぶり…っていうほど時間あいてないか。テインツに引っ越して来たんだって?」

「はい。事務局の方に」

「そっかそっか。じゃあテインツ移住の記念に鳥をあげましょう。いくつでも好きなの選んで。お友達に配るといいよ。ディルとか」

「えっ、いえ…」

「こっちの束は十枚セットね。そちらのお姉さんはお友達?せっかくだからお姉さんも好きなのどうぞ」


 ジャスミンはルルシアに断る間を与えず、すぐに視線をベロニカの方へ移した。声をかけられたベロニカは嬉しそうにぱぁっと顔を明るくさせる。


「え!?私もいいんですか!?」

「ふふ、そのかわり、ルルシアちゃんと仲良くしてあげてくださいね」

「ルルシアは私の初めてできた後輩なので、仲良くしたくないって言われても仲良くしますよ!」


 ぐっと拳を握ったベロニカが力強く言い切る。それを「おー」とジャスミンが拍手しながら見ている。盛り上がっているところで断るのも悪いな…とルルシアは棚に目を走らせ、手のひらサイズの四角い紙の束を手に取る。青空のような色だ。


「えっと…じゃあこれで」

「あれ、鳥型じゃないの?」

「自分で作ってみたい」

「あら、チャレンジ精神旺盛ね。切り抜くときは中央の文様を切らないようにね」

「はい」

 

 鳥の形を作るとは言うが、実際問題文様がちゃんと残っていればどういう形でもいいらしい。いっそ鳥に見えなくてもいいのと、鳥型のものより四角い紙のほうが安いので、四角い紙をそのまま飛ばすという横着な者もいるそうだ。


(十枚…誰にあげようかな)


 森長が近くにいたらあげるのにな、と、アニスが聞いたら号泣しそうなことを考えながら、ルルシアは知り合いの顔を思い浮かべていった。

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