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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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42. 生まれたときから住んでいた家

 大体二週間ぶりに戻ったオーリスの森の集落で、ルルシアは住人たちに囲まれていた。


「本当に森から離れて大丈夫なの?うっかり魔物の肉を食べちゃだめなんだからね?」

「あの時は三日間寝込んだんだっけ」

「五日じゃなかったっけ?」


 ルルシアは過去に興味本位で魔物の肉をさばいて食べたことがある。死んだ後の魔物の体からは時間とともに瘴気が抜け、その状態ならば普通の獣肉として食べられると人間の商人から聞いたため試してみたのだ。

 エルダーホーンと呼ばれる鹿の魔物ならば大体鹿肉と同じだろうと思ったのだが、どうにも瘴気の問題ではなくエルフの体が魔物の肉自体を受け付けないらしく、中毒症状を起こして寝込んでしまい大人たちから大層叱られたのだ。

 ちなみに、エルダーホーンが駄目なのでは?とウサギ型の魔物で試そうとしてライノールに見つかり、ガチ説教をされたのはその一か月後だった。


「寝込んだのは二日。もう、そんな昔のこといつまでも蒸し返さないで!」

「昔って言ってもほんの十年前くらいでしょ?」

「…三年前です」

「そんなの昨日みたいなもんじゃないの。十年や二十年くらいは誤差範囲よ」

「誤差範囲に私の生涯がまるっと入って更におつりが来るんだけど!」


 これだから長生きの人は!と文句を言いつつ、なおも構おうとするエルフたちを手でしっしと追い払う。

 オーリスの森の住人の年齢分布は五十~二百歳くらいと幅広いのだが、十七のルルシアは一人だけ飛びぬけて若いのでほとんど幼児のような扱いをされている。

 子供や年若の者がいないのは、戦闘寄りの集落のせいか、独身主義が多くて家庭を持つものが少ないというのが最大の理由だ。また、子供が生まれると子育ての助力を受けやすい非戦闘系の集落に移る者が多いというのも理由の一つである。


 そんなこんなで、集落内で最年少のルルシアは小さな頃から集落中の住人たちに何かとかまわれ、可愛がられてきた。そのルルシアが移住するというので皆寂しいやら心配やらでたまらないらしい。


「ルルがいなくなるなんて…ライは別にいいけど…」

「ライはともかくも、ルルは不安すぎる…」

「いや、でもライも大概じゃない?」

「ルルよりは…うーん、でもそうかも…」


 そこからルルシアやライノールの過去にやった失敗などについて口々に話し始める。そうやって楽しげに話している住人たちにだって色々やらかしはあるのだ。だが今それを指摘すると、せっかく昔話の方に逸れている彼らの気がルルシアに向いてしまう。蒸し返される過去の色々な失敗談にギリィッと歯を食いしばりながら、ルルシアは気付かれないようにそっと住民たちの輪から抜け出した。



***



 各森に存在するエルフ集落では、大昔に建てられた家を各自がそのまま使っている。

 新しく住人が増えれば、その時空いている家に住み着く。空いていなければ新しく建てることもあるようだが、オーリスでは空き家がないという状態はほぼない――つまり住民の死亡率、転居率が高い――のでここ数百年の間は新しい建物は建っていないらしい。

 家具やその他の家財道具も、歴代の住人が揃え、残していったものを次に住み着いた住人が勝手に使うという習わしになっている。

 そのため、生まれたときから住んでいた家であってもルルシアが持ち出すものはそれほど多くない。


(着替えに、薬、調理器具、よく使う食器、小物、本…はライにいるかどうか聞いてから決めよう)


 大体箱一つにまとまるくらい、が持っていく私物の目安だ。住民が死亡した場合も、死者が持っていく物として箱一つにまとめて燃やされる。ルルシアの両親のときも、身の回りのものはそうやって燃やされたのでルルシアの手元には残っていない。

 エルフは長く生きるので、死んでいった者のことをあまり長く引きずらないように、という意味があるのだそうだ。


 とはいえ箱一つなので入り切らずに残っているものもある。本や書き付け、父が作ったのか買ったのかはわからないが、大量にある謎の置物などがそれに当たる。


「今まで目を逸らしてきたこの山に着手する時が来てしまった…」


 自分の荷物を箱に放り込み終わったルルシアは、家の一角で腰に手を当てて仁王立ちする。

 両親をなくした直後は悲しくて手を付けられなかったのだが、時間が経つにつれだんだん整理するのが面倒になってしまい放置していた物の山がそこにはあった。


「置物は…次に住む人に託そう。好きな人もいるかもしれない」


 とりあえず邪魔なのでテーブルの上に並べる。動物なのか、そもそも生き物なのかもわからない謎の木彫りの置物は十体以上あった。たまに魔術文様の彫りかけのような跡がついているものもあったのでもしかしたら魔術具を作るための習作かもしれない。

 置物をどかし終え、次に埃を被った小さい木箱に取り掛かる。中にはメモや書き付けをまとめたものが入っていた。おそらく父の書いたものだろう。


「これは…ユーフォルビアさんと優劣つけがたい…」


 悪筆過ぎて読めない。捨てよう。


 しかし魔法に関するものならライノールが必要だというかもしれないので一応内容を確認しておくべきだろうか――と、埃っぽさと悪筆に眉をひそめながら書き付けをめくっていたルルシアの手が止まる。


「魔術文様…」


 見覚えのある文様と、それについて何らかのメモが書き込まれていた。紐で綴って束になっているひとかたまりがすべて魔術文様に関するメモのようだった。ルルシアの弓に刻まれている見慣れたものもあれば、見たことのないものもある。

 ルルシアにはよくわからないが、エルフ用の文様と普通の文様は違うらしいのでディレルが見れば多少何かの役に立つのかもしれない。軽く叩いて埃を払い、持っていくものの中に加える。


「うお、なんだこれなんかの儀式か」


 ガタン、と、いつもながら勝手に扉を開けて入ってきたライノールがテーブルの上の置物群を見てビクッと肩をはねさせた。ルルシアは何となく円形に並べていたので、確かに何かの儀式に見えなくもない。


「たぶんお父さんの作った…置物?いらないから置いていこうと思って」

「ああー、ジルさんが作ったやつか…。これウサギだったかな」


 そう言ってライノールが手にとったのは突起の生えた土偶のような形状のものだった。ムンクの『叫び』のような顔をしている。


「前衛的な芸術はわかんないからいらない」

「あのひと造形センスは皆無だったんだよな…ルルを喜ばせようとして作ったらしいけど怖いって大泣きされたんだよ確か」

「そんな心温まるエピソードが…でも怖いからいらない…夢に出てきそうな顔してる」

「それは否定しない」


 ライノールは苦笑しながらウサギの置物をもとの場所に戻し、ルルシアの手元を覗き込む。


「魔法に関する研究か」

「いる?内容が悪用される…ってことはないかもしれないけど、いらないなら焼いちゃおうかと思ってるの」


 ルルシアの父親のジルは、今は使い手のいない古い時代の魔法を調べていたらしい。中には危険なものもあるかもしれないので放置しておくのは好ましくないだろう。ルルシアがライノールを見上げると、彼は眉根を寄せてメモを睨みつけていた。


「…字が汚くて読めないのが致命的なんだよなぁ…自分しか読まないメモは自分だけ読めればいいっていう方針の人だったから…一応もらっとく。必要なかったらこっちで処分するわ」

「わかった。あとはこの辺の本も、いるものがあれば持っていって。残りは置いてく」

「了解」



 さて大方片付いたか、というところで扉をノックする音が響いた。勝手に入ってきたり外から呼びかける者がほとんどのこの集落内で、きちんと律儀にノックをするのは一人しかいない。


「森長だ」


 ルルシアが扉に駆け寄り、開くとやはり森長のアニスが立っていた。彼女はルルシアの顔を見てから家の中を一瞥し、ビクッと顔をこわばらせた。その視線はテーブルの上に注がれている。


「なんだあれ…魔物でも召喚するつもりか」

「お父さんの作った可愛い置物を可愛く並べたんだよ。次に来る人が喜ぶかもしれないでしょう?」

「そっ…そうか…可愛い、…?」


 アニスは真顔で答えるルルシアに、戸惑いのこもった目を向けた。亡くなった父親のことなので否定するのも悪いと思ったのだろう。その様子にライノールが笑い出す。


「これ見て喜ぶようなやばい奴は早めに森から追い出したほうがいいぜ」

「ライ、そういう言い方は…」


 ライノールを諌めようとするアニスの姿に、さすがにルルシアも申し訳なくなって苦笑した。


「ごめんなさい森長。私もこれ怖いからいらないの。適当に置いとくなり処分するなりしてください」

「…!…そうか。本気で可愛いと思っていたらどう扱おうかと悩んでいたところだ…」


 アニスは「この造形とはいえ、一応形見だからな…」と続け、ごほんと咳払いをした。


「それはさておき、この様子だと荷造りは終わったのか」

「終わりました」

「よろしい。では転送陣を起動しよう」


***


 転送陣は集落の中央に一本だけそびえ立つ大きな木の中にある。――と聞いてはいたが、ルルシアが実際に木の内部を目にするのは初めてだった。

 アニスが巨木の幹に手を触れると、その触れた場所からミシミシと音を立て、まるでチャックを開くように二つに割れる。そしてあっという間に目の前に人が数人余裕を持って入れるくらいの大きなウロが姿を現した。


「すごい。この木の中ってこんな風になってたんだ…」


 ルルシアは中に入って見上げ、絶句する。頭上に広がるのは木の肌…ではなく、満天の星が散った夜空――というよりも宇宙だった。


「…何この亜空間!」

「昔のエルフの魔法は世界が違いすぎてよくわからんな。だからあまり乱用しないように長の許可が必要なんだよ」


 そう言いながらアニスが肩をすくめる。確かに、原理のよくわからないものを頻繁に使うのはトラブルが起こったときに対処のしようがなさそうで恐ろしい。


「人も一緒に転移できればいいのにって思ってたけど、これ見ると一緒に飛ばされるのは怖いかも…」


 この転送陣は『心臓の動いている生き物以外の荷物であれば送れる』と言われている。つまり心臓が動いている生き物の命は保証されていない。もしも転送途中で宇宙空間に放り出されでもしたらひとたまりもない。

 口をぽかんと開けたまま上を見上げるルルシアを追い越してライノールがウロの中心あたりの、淡く地面が光っている辺りに荷物を運ぶ。そしてルルシアと同じように上を見上げた。


「古代種のエルフの転移魔法でも短い距離の移動しかできないって話だし、長距離となると技術的に無生物しか送れないんだろうな」


 では、教会を襲撃したエルフのシャロも、一度ルルシアたちの目の届かない場所へ転移し、そこから何らかの方法で移動していったのだろう。


「昔の魔法も万能ってわけじゃないんだね…」

「そりゃあな」

「ほら、荷物を運び終わったなら閉じるぞ。ここを開いておくのにも魔力を使うんだから」

「あ、待って待って」


 アニスに追い立てられながら荷物を置き、ウロの外に出ると、幹の割れ目は再びミシミシと音を立てながら閉じていった。

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