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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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4. 3人組

 隣接するピオニー領の外れの森で、ホロウウルフの群れが確認されたのはふた月ほど前。

 そこから、その一団は各地の農村や牧場を荒らしながら、テインツ方面へ向かって南下を続けている。

 これまでの各所での攻防により、群れの総数は減っているものの、魔獣とみられる異様に強い個体が混じっているため撃退には至らず、追い払うにとどまっているのだという。

 魔獣結晶の取得という目的を差し置いたとしても、テインツの冒険者ギルドとしてはここで討伐して、周辺の安全性と支部の名声を上げておきたいところだろう。


 ここまでの目撃情報をもとに魔獣たちの移動ルートを割り出すと、牧場北側にある山を迂回しながら牧場を目指し南下してきているとみられる。

 ペース的にみて、今日明日には牧場へ到達するというのがギルドの予測だ。

 実際、斥候役とみられるホロウウルフが数頭森の入口付近をうろついているのが目撃されている。――つまり、今まさにこの森の中に潜んでいるのだ。


 そして討伐の舞台となるのは、牧場と森の緩衝地帯となっている見渡しのいい平野である。

 地形は典型的な扇状地で、扇で言ったら中骨にあたる部分が森。そこから二キロメートルほどの平野を挟んで、牧場が広がっている。

 牧場の外周には、魔物や野生動物から家畜を守るための石壁が設置されており、特に森側に面した場所は三メートル程度の高さがある。これを乗り越えるのは少し大変だが、ここが最終防衛ラインになる。

 あまり牧場に近いところで戦闘を行うと、音や血の匂いで牧畜が怯えてしまうので、森を出て五百メートルくらいの、比較的森に近い地点が今回の総攻撃ポイントだ。

 冒険者たちの編成は、魔物たちをポイントまで誘導する機動力重視の誘導組、それを待ち受ける火力重視の攻撃組、そして中遠距離攻撃や補助魔術での後方支援組の三つに分かれており、ルルシアたちは後方支援組を担当する。

 ルルシアたちの持ち場は、森から見て右手側の木立がある辺りで、総攻撃ポイントから直線距離で八百メートル程離れている。

 決して前線ではないが、この場所まで魔物が到達することは十分考えられる。更に、移動ルートからは外れているが、背後の山から魔物が出てくる可能性もあるので、護衛代わりに前衛役三人が付き、計五人の構成だ。


「さっきの……」

「お茶の……」

「……」


 その前衛三人が、先程のチャイの男性たち三人だった。

 おそらく人間と思われるウッドラフ(中年)とディレル(若い)、それにネコ科動物風獣人のフォーレン(獣人の年齢はよく分からない)という三人組。

 中年のウッドラフは、支部長のグラッドには及ばないものの、がっしりした体つきをしている。かなり経験を積んだ冒険者なのだろうが、喋りは気のいい屋台のおやじという雰囲気で、親しみやすそうな相手だった。

 一方、骨太な感じのウッドラフとは対照的に、ディレルは線が細い。そして彼は、先程ルルシアにチャイを差し出してくれた人物である。

 身長はかろうじてルルシアの上。顔立ちに幼い雰囲気があるので、成人しているかどうか微妙な線である。総合して、あまり戦闘向きとは思えない外観だ。

 そして最後に、ルルシアが一番気になっていた人物。

 獣人のフォーレン。

 そのしなやかな体つきと体運びが、すばしっこそうな雰囲気を醸し出している。

 彼の方がルルシアより頭半分背が低いので、時々ピコピコ動く耳が、ちょうどルルシアの目の前に位置することになる。

 その耳を見ていると思わず手を伸ばしそうになるので、ルルシアは泣く泣く自分の視線を引きはがした。


「私はライノール。こちらはルルシア。どちらも魔法を使うが、ルルシアは魔弓を使うので弓兵と同じように考えてほしい」


 ライノールが淡々とした調子で話すのに合わせて、ルルシアも軽く会釈をする。


「魔法なのに魔術具を使うのか」


 ウッドラフが首を傾げてルルシアを見た。


 この世界で「魔法」が使えるのは、全種族のうち、エルフおよびその血が濃く混じった者だけだ。

 しかし、エルフ以外の者でも「魔術具」と呼ばれる補助器具と呪文詠唱を組み合わせることによって、魔法によく似た効果を得ることができる。これは「魔術」と呼ばれ、エルフの使う魔法とは区別されている。

 魔術は魔法の劣化版だという者もいるのだが、両者の違いは、簡単に言うと補助具と呪文の有無だけで、できること自体はさほど変わらなかったりする。

 ルルシアの使う魔弓はその魔術具の一種であるため、魔法が使えるはずのエルフなのに、わざわざ魔術具を持っているというのが不思議なのだろう。

 魔術具には魔術を発動するための文様が刻まれているのだが、大抵の魔術具はそれと併せて、使用者の能力を底上げしてくれる文様も刻まれている。

 本来補助具も呪文も必要ないエルフの中でもこの効果は重宝されており、愛好者はそこそこいるのだ。

 加えて、魔法を使うときには「自分がどんな魔法を使ってどういう効果を得たいのか」を詳細にイメージする必要があり、これが具体的であればあるほど威力や効果範囲などを細かく制御することができる。

 ルルシアは弓を使うことで、魔力を矢として撃ち出すイメージを膨らませているのだ。


 しかし、エルフ自体がそれほど表舞台に出てこないのと、変に秘密主義なのとの相乗効果で、そういった事情は世間にはあまり広まっていない。

 エルフと交流がある人や、魔術の専門家の魔術師でもなければ、知らない人のほうが多いのだ。 

 特に隠す必要のない部類の内容だし、説明してもいいのだが……。不用意に喋ると怒られそうなので、ルルシアはちらりとライノールを見上げた。するとその視線を受けたライノールは微かに頷いた。


「そういうこともある」


 と、一言で済ませた。

 説明するのが面倒だったらしい。

 思わずジトッとした目でライノールを睨んでしまうが、目元はフードで隠れているので周りからはわからないはずだ。

 ライノールの雑な返答に、ウッドラフも説明する気がないと悟ったらしく「そういうもんなのか」と苦笑した。


「ま、こっちは三人共近距離戦しかできんから、遠くのやつらは頼んだよ。そのかわりあんたらには近づけないようにするから」

「ああ、よろしくたのむ」

「いっそここまで来なければ楽できんだけどなぁ」


 フォーレンが笑いながらそう言い、ウッドラフに叩かれる。

 確かにその通りではあるのだが、最前線で戦うことになる者が聞いたらいい気分はしないだろう。今は付近に人はいないからいいといえばいいが、エルフ組だって遠距離攻撃をするのでかなり忙しいのだ。

 だが、そんな発言内容のことよりも、ルルシアの意識はゆらゆら揺れているフォーレンの尻尾に釘付けだった。

 触りたい。

 ものすごく触りたいが、獣人の尻尾へのタッチ……というのはおそらくセクハラ行為に該当する気がする。

 この世界にセクハラという概念があるかどうかは不明だが、何にせよアウトだろう。


(ああ……尻尾もいいけどやっぱりあのお耳をさわさわしたい)


 葛藤とともに眺めていると、フォーレンの耳がピクリと動いた。ルルシアのセクハラじみた視線が察知されたのかと一瞬構える。


「お、そろそろ始まった場所があるみたいだな」


 それに少し遅れて、ルルシアの耳にも魔術による爆発音が届いた。誘導組がエンカウントしたのだろう。

 さすがに猫耳を見てよだれを垂らしている場合ではない。

 ルルシアは素早く近くの木に登ると、自分に身体強化魔法をかけた。強化するのは視覚だ。聴覚も強化したいところだが、そばにいる誰かが不意に大声をあげたりするとひどい目に遭うので、それはやめておく。

 まだ魔物や誘導隊が森から出てきている様子はないが、うっそうとした森の木々の間から細く煙の上がっている場所が見えた。先程爆発があったのは、あのあたりだろう。

 続けてすぐに、他の場所でも煙が上がった。

 魔術師がいるグループは煙でおおよその位置を確認できるが、いないグループは視覚だけでは確認できない。――おそらく煙の上がっている場所以外でも、続々エンカウントしているはずだ。

 ルルシアは森の方を睨みながら、手元で手早く弓を組み立てた。


「ああ、折り畳み式なんだ……」


 不意に下から声がかかったことに驚いて視線を下げると、ディレルがこちらを見上げていた。

 ルルシアが自分の方を向いたことに、彼は少し「しまった」という顔をする。


「あー、集中してたところすみません。俺ちょっと魔術具に興味があって。弓みたいにかさばる物をどこに持ってるんだろうって気になってたから、つい声に出ちゃって」


 ルルシアは返答に困って、とっさにライノールの姿を探すが、彼はすでに少し離れた木立の方へ向かっていた。

 遠距離攻撃は不意打ちを狙えるが、攻撃を始めてしまえば場所がバレるのも早い。一箇所に固まるのは得策ではないため、基本的に作戦が始まれば距離を開けて行動することになるのだ。

 今回はライノールの方に護衛としてウッドラフが付き、ルルシアの方にはディレルとフォーレンが付いている。

 会話はすべてライノールに任せたかったのだが、この状況でとっさに意思疎通できないのは困る。

 ルルシア自身も彼らときちんとコミュニケーションをとっておくべきだろう。


「……状況を見てただけだから、問題ない」


 淡々と、へりくだらずかつ丁寧に……というのは難しいので、短い言葉で返す。


「お? あんた喋れるんだ。あっちの兄さんしか喋んないから喋れないのかと思った」


 フォーレンはよほど驚いたのか、耳をピンと立てて素っ頓狂な声を出した。


「フォル、言葉遣い」

「それに女? 坊主かと思ったら……いや、声変わりしてないだけか?」

「フォールっ」

「ギャッ」


 どうやらフォーレンはルルシアと同系統の問題児なのかもしれない。軽口をやめない様子に業を煮やしたディレルが、フォーレンの尻尾を掴むと、ネコ科獣人は文字通り全身の毛を逆立てて飛び上がった。


「尻尾はやめろディル!」

「ちょっと黙ってろお前」

「初めに話しかけたのはディルの方だろ」

「そうだけど……そうじゃなくて」


(そんなことよりわたしも尻尾をにぎにぎしたい……)


 頭に浮かんだそんな邪念を払うため、ルルシアは少しうつむいた。

 木の下でそれを見ていた二人は、それを不愉快さの表現ととったらしく、声を潜めて話し始めた。声の調子からしてディレルがフォーレンを叱って、フォーレンはそれに拗ねたように応じている。

 あのちょっとしょんぼりと寝ている耳の、なんと愛らしいことか。

 謎に満ちたエルフがそんなことを考えているなどとは、かけらも考えていないであろう二人の声を聞きながら、ルルシアは戦場となるはずの場所へ再び目を向けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルルシアちゃんがフォーレさんの猫耳やしっぽを触りたがっているところが良かったです。猫耳少女じゃないのが残念でしたが。 ともかく猫耳などを触らせてもらい、ルルシアちゃんが幸せな気分になれると…
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