39. ついでにくれただけ
武器を携帯しているのと微妙に汚れた服装の雰囲気からして、どうやらフォーレンたちは町の外から帰ってきたところのようだった。冒険者ギルドの依頼をこなしてきたのだろう。
「二人共、ローブやらマントは着なくていいのか」
「今回は顔を出すお仕事なもんで。正直ローブ着てフードかぶりたいさ」
ウッドラフの言葉にライノールは顔をしかめて答えた。「見た目がいいのも大変だな」とウッドラフが笑う。
「ディレルは一緒じゃないんだ?三人一組なのかと思ってた」
ルルシアが話しかけると、フォーレンは肩をすくめた。
「まあいつもってわけじゃないけどだいたい三人だな。今回も誘ったけど、珍しく本業が忙しいって断られた」
「…本業が忙しいのが珍しいの?大丈夫なのそれ」
「あいつ仕事早いから。それに割と名前も売れてるから細かい仕事取りまくる必要もないみたいだぜ」
「へぇ…」
ディレルは週に一度、依頼の納品と受注をしている。仕事量を考えて受注しているのだと思うが、なにか問題でもあったのだろうか。
そこへ、ライノールが「ああ…」とつぶやいた。
「多分それは俺の頼み事優先したせいだな…急ぐ必要ないって言ったんだがすぐ作ってきた。おかげでこっちは助かったが」
「なにか頼んでたの?」
「ああ、これ。離れたところから魔法発動できる」
ライノールが取り出したのは金属製の短い棒だった。片側の先端が尖っていて、軸の部分に魔術文様が刻まれている。
「…棒手裏剣!」
「は?」
「なんでもない」
ルルシアが手をのばすと手の上においてくれた。フォーレンたちも覗き込む。
魔法は基本的に術者を起点として発動する。
ライノールの風魔法であれば、ライノールの周囲から別の場所に向けて風を起こすことは簡単にできるのだが、その逆をやろうとするとかなり難しいのだ。が、この棒手裏剣は術者のダミーの役割を果たすように魔術が組まれている。この棒手裏剣のある場所から簡単に風を起こすことが出来るのだという。
「投げナイフみたいなもんか…あれ、ルルシアの腕のも魔術具?意匠がディルっぽいな」
手のひらの上の魔術具を見ていたフォーレンが、ルルシアの手首についているブレスレットに気付き、よく見ようと腕を引っ張った。引っ張られて軽くたたらを踏んだルルシアの肩をウッドラフが押さえてくれる。ウッドラフはそのまま流れるような自然な動きでフォーレンの脳天にチョップを食らわせた。
「いきなり人を引っ張るな。ましてギルドにいるような筋肉野郎どもとは違うんだぞ」
「いてぇ…ごめんルルシア」
「あ、うん。大丈夫。フォーレンの言う通りディレルからもらった魔術具です」
ぱっと見でディレルが作ったものだとわかるのか、とルルシアはブレスレットの文様を改めて見てみる。確かに他ではあまり見ない文様の崩し方をしている気もするが、そもそも魔術具や文様に対する知識がないのでよくわからない。
ライノールが依頼をしていたのならそのついでに作ってくれたのかもしれないな、と考えてハッとする。
(もしかしてライだけに物を作ったらわたしが拗ねると思われた…?)
だがさすがにそれは完全に子供に対する機嫌のとり方だ。さすがにそこまで子供扱いはしていないだろう。
(…いや、でも私…拗ねるかも…)
ルルシアは先日ライノールとディレルの仲がいいというだけで拗ねたのだ。非常に情けないが、子供だと思われていても仕方がない。
「もらった、ね。なるほど」
「え?」
フォーレンがなにかを納得したように頷いているが、ルルシアには何がどうなるほどなのかわからず首をかしげる。が、フォーレンはニヤリと笑って「なんでもない」とだけ答えた。その隣のウッドラフも面白がっているような顔をしている。――ライノールは機嫌悪そうな顔をしているが、それは先程通った女性グループが彼を指さしてヒソヒソ話をしていたからだろう。
「なんでもないって言われると気になる」
ルルシアはむくれながら持っていた魔術具をライノールに返した。ウッドラフは笑いをこらえる様子でひらひらと片手を振った。
「まあ、あれだ、そっちは今仕事中だろ?時間取らせて悪かったな」
「いや、護衛対象様は鳥に夢中だからな」
今、双子は噴水の縁に手をかけて噴水にやってきた水鳥が泳ぐ姿を眺めて笑い合っていた。なんとものどかな光景である。
「金持ちの子供か?エルフ二人に、雰囲気的にあっちの二人も護衛だろ?こんな街中だってのにやたら厳重だな」
「どう考えても戦力過多だな。…あんまり触れないほうがいいやつか」
フォーレンが首を傾げ、ウッドラフが片眉を上げる。ライノールはそれに対して「まあそんなところだ」と適当に答えた。
***
「さっきの方々は冒険者ですか?」
「はい。前の仕事で一緒になった人たちなんですけど、依頼帰りにたまたま通ったみたいです」
フォーレンたちと分かれ、双子たちのいる方へ合流するとハオルがルルシアのほうへ寄ってきた。ハオルとルルシアはだいたい同じくらいの身長だが、少しだけハオルの方が高いので、真横に来られると少し上目遣いに見上げる形になる。目が合うとハオルは少したじろいだ様子で頬を赤らめた。
「えっと…さっき、腕を掴まれてませんでしたか?」
「ああ、軽く引っ張られただけなので大丈夫ですよ」
心配してくれている様子に、ルルシアは安心させようと微笑んで見せる。「別に赤くなったりもしてませんし…」とルルシアが腕を少し上げたところに、ちょうどルチアがやってきた。
「あ、かわいいですよねそのブレスレット。ルルシアさんいつもつけてますよね」
「これ、魔法使うときの補助をしてくれる魔術具なんです」
「魔術具なんですね…普通のアクセサリーだと思ってました」
普通のアクセサリーとして売られていてもおかしくない見た目に、双子が目を丸くする。
「わたしも魔術具の装飾品ってもっと無骨…というか、シンプルなものしか見たことなかったんですけど、これを作った人はこういう細工が得意みたいです。もっと繊細できれいな髪留めとか作ってましたし」
「へえぇ…ところでルルシアさん」
「はい?」
にこぉと笑顔を浮かべたルチアがルルシアの腕をガシッと掴む。
「もしかしてそれ、恋人からのプレゼントですか?」
『恋人』の単語にピクリと反応したハオルを押しのけて、ルチアが目をキラリと輝かせながらルルシアにぐいっと迫る。その勢いにルルシアは逃げ腰になりながら慌てて否定した。
「ち、違います。ただ試作品をもらっただけで…」
「ルルシアさんのさっきの感じは絶対恋する乙女の感じです!…私ものすごく恋バナに飢えてるんですよ。学校行ってないし…TVドラマも漫画サイトもないし…教会での生活ってときめきがないんです」
「今も昔もわたしは恋バナとは無縁なのでご期待には添えません」
「うそだぁ」
嘘だと言われてもないものはないのだ。ルルシアは視線を泳がせる。
(だって、ライのついでにくれただけで、そういう意味でくれたわけじゃない…)
胸がちくりと痛むが、こんなものは恋バナ未満である。
だがそんなルルシアの微妙な内心を知る由もないルチアは「逃しません!」としがみついてくる。助けを求めてハオルに目を向けるが、彼はなにかものすごく落ち込むことがあったらしく肩を落としており、助けてくれる様子がない。
最終的にカリンによって「ルチア様、メッ!」と引き剥がされた。
ルチアが離れたことにルルシアがホッとしていると、カリンが「で、彼氏からもらったの?」とニヤリとした笑顔を浮かべる。
「だから、違いますってば…もう、大通りのお店の方行きましょう…」
色めき立つカリンとルチアの様子に、ルルシアは否定することを諦めてぐったりと移動する事を提案する。まだ来たばかりなのにもう一日分疲れてしまった。
その様子を少し距離をおいて眺めていたキンシェがボソリとつぶやく。
「女の子は華やかでいいっすねえ」
「…少年が一人流れ弾で負傷してる様子だが」
ライノールはハオルに目をやる。どう見てもルルシアに懸想している様子の少年は、今は健気にもまだ騒いでいるルチアたちを諌めている。
「ああー、ハオル様、割とわかりやすいと思うんですけどね。ルルシアさん全く気付いてないし、ルチア様のときめきセンサーも弟は引っ掛かんないんすよねー」
二人の男は、哀れな…と、少年を生温かい目で見守るのだった。