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32. 『その方が素敵だわ』

「それでは本日の夜行われる説教への臨席に向けた準備についてです――」


 センナが相変わらず目元にクマの浮いた顔で、書類から目を離さずにスケジュールを読み上げていく。

 内々の親善訪問という体なので基本的に表舞台には出ない。あくまで内部の関係者と、大口の出資者のみを招いた説教や礼拝に臨席するだけだ。

 問題は、夜の屋外で、説教とそのあとの食事会が行われることである。


「しかし、わざわざ外でやることないと思うんですけどねぇ」

「魔術灯で照らされたテインツの教会は美しいという評判ですから。教会派の方々が『その方が素敵だわ』、と」


 ため息交じりのカリンの言葉に、センナが淡々と答える。

 その表情は無の境地だった。教会派から違和感を持たれない程度で最大限の警備を敷き、しかし清浄派には警備計画の全容は明かさないように――そういう折衝を一人でずっと続けているのだから、そのうち悟りでも開くかもしれない。


 大聖堂や賓客用の滞在スペースがある教会のメインの建物は昔から続く強力な結界が張られており、内部では魔法や魔術の効果が著しく弱まる。そして武器の持ち込みは制限されているので警備しやすい。

 それに対して、本日の会場となるガーデンスペースは屋根がないので上空からの攻撃を遮るものはない。L字型に建てられている教会の建物と接する二辺はともかく、残り二辺は腰高の塀が設置されただけでその向こうは森になっている。

 確かに風景としては美しいのだが、警備となるといくらでも森に潜んでくださいと言っているような状態だ。


 センナが警備関係で信頼して使えるコマは、今この小ホールにいる護衛役の四人――元からいる護衛二人とエルフ組二人、それとテインツの司祭マイリカが信頼出来ると太鼓判を押したテインツ教会の警備員が六人。

 神の子派は側仕えや文官タイプが多く非戦闘寄りなメンバーであるのと、目立って護衛を連れていけないこと、エフェドラの教会にも戦闘要員を控えさせたいなど、もろもろの事情があるらしい。

 元からいる護衛二人が神の子の傍にいるのは教会派が嫌がるので、キンシェとカリンは数歩引いた目立たない位置に控えることになる。そのかわりにエルフ事務局から派遣されてきたライノールが側につく。これは教会派も喜んで受け入れたそうだ。なにせ、神秘の存在であるエルフが神の子を守るために側に侍るというのは『とても素敵』だからだ。


 センナはエルフ事務局のユーフォルビアと旧知の仲で、挨拶に行ったところ「このあたりは魔物が多いので護衛を増やした方がいい」と進言され、部下を一人貸してもらった…という設定になっているそうだ。ちなみに旧知の仲というのは事実らしい。

 ルルシアに関してはマイリカの紹介で手伝いに来たテインツの少女、という設定である。


 ライノールが側に控え、そこから少し離れてキンシェとカリン、間を埋めるようにルルシア。そしてテインツ教会の警備員が森側を主とした周囲を警戒――という配置になる。


「大聖堂の方でやってくれればテインツの警備員も数人内部に回せるんですけどね…」


 キンシェが苦笑するとセンナは深いため息をついた。


「まあこれで行くしかないんです。相手が派手に仕掛けてこないことを願うばかりですよ…」



***



「君が手伝いに来たっていう子か。ほお…」


 神官の男からなめ回すような視線を向けられたルルシアは、男に対して二コリと微笑んで見せる。

 ルルシアは心の中でガッツポーズをした。日没後に行われる説教に向け会場の設営が行われている端で、目的の人物の目を引くことに成功したのだ。


「マイリカ様が神の子のお世話をする人手を探していると聞いて、ぜひ何かお手伝いしたいとお願いしたのです」

「それは良い心がけですね」

「でも、元からいらしたお世話係の方が神の子のお二人から離れた場所におられますし、お手伝いの私があまり前に出ては失礼になってしまいますよね…本当はもっとお二人の側でお力になりたいのですが…」

 

 頬に手を当てて伏し目がちにそういうと、華奢な体格とあいまってとても儚げに見える――はずだ。狙い通り神官はルルシアの背にそっと触れながら顔を寄せ、いかにも内緒話をするように声を潜ませた。


「あの世話係は粗忽者でね。お客様に失礼があっては困るので離れさせているんですよ。君のような信心深い子であれば神の子も安らぐでしょう。遠慮することなく神の子の傍にいるといい。他の者には私が話をしておきましょう」

「本当ですか?嬉しい…ありがとうございます神官様」


(信徒じゃなくて『お客様』かぁ…)


 そんなことを考えつつもルルシアが上目遣いに微笑んで見せると、神官はニコニコしながらさりげなくルルシアの背に触れていた手を腰の方に滑らせた。


「いいや、そのくらいなんでもないよ」

「――あ、マイリカ様!…今日はまだお会いしていなかったので、ご挨拶をしておりませんでした。それでは神官様、失礼いたします」


 ルルシアはいかにも今見つけたというような顔をして一歩前に出る。そして神官の方を振り向き、ゆったりとした動作でお辞儀をした。神官は若干残念さをにじませた顔をしながら、「手伝い頑張りなさい」と鷹揚に頷いた。




「ルルシアさん…大丈夫ですか」

「大丈夫です。ああいうのは慣れてますから」


 一部始終を見ていたらしいマイリカが心配そうに聞いてきたのでルルシアはさらっと返す。

 定食屋でバイトしていた時に、あまり行儀のよろしくない客から触られることがよくあったので残念ながら慣れている。前世のバイト経験がこんなことで生きるというのは複雑だが。

 マイリカは「そう…ですか」ときゅっと眉根を寄せ、ルルシアの手をそっと握った。


「無理はしないでくださいね」

「――ありがとうございます」


 慣れてはいるが、慣れていても嫌なものは嫌だ。正直なところ気分はよくなかったのでマイリカの気遣いが嬉しくてルルシアは微笑む。

 だが、先程の神官はこの親善訪問メンバーの中では教会派トップにあたる人物だ。彼のGOサインが出たということは何も気にせず双子の傍にいることができる。

 

「もうすぐ日が落ちますが…今のところは特に動きがないようですね」

「ええ。このまま何事もなく終わってくれればいいのですけれど…」


 マイリカの言うように何もないのが一番だが、ルルシアが襲撃をする方だったとしたら間違いなくこのタイミングで仕掛ける。

 この説教への臨席の後、神の子は特に教会の外へ出る予定を組んでいない。結界と護衛に守られている中に入り込んで仕掛けるのは分が悪すぎる。


「では、私は会場を確認して来ます」


 説教が始まる頃にはもう少し暗くなり、魔術灯の光が灯されれば逆に森側の闇が濃くなってしまう。その前に人や物の配置を把握しておきたい。マイリカに頭を下げ、準備が進む会場へと足を向けた。

 

(なんか森がざわついてる気がするなあ…)


 低い塀の向こうに広がる森に目を向け、気配を探ってみるが今のところ特に何も感じない。しかし、何の根拠もないのだがなんとなく不穏な気配を感じる――気がする。


 といってもすでに会場変更などはできない。起こったことに対して対処するしかないのだ。ルルシアは会場内の配置と森の輪郭を頭に入れながら、会場準備の手伝いを始めた。

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