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30. 『異世界転生』

「私、製菓の専門学校に通ってたんです。十九歳で、就職も決まってたんだけど事故で死んじゃったみたいで…目が覚めたらこの世界で、赤ちゃんになってたの」


 護衛業務の打ち合わせを終えたルチアとルルシアは客室の一つで向き合っていた。

 ごねるハオルを引き離し、ついでにライノールから防音の結界を張ってもらっているので聞き耳も立てられないはずだ。

 

「生まれたときから記憶が?」

「正確には生まれて間もなくだけど、そうです。学校の調理室にいて…地震があって、ガスの配管が外れて…多分爆発があったのかな。非常ベルの音を聞いたところまで覚えてるけど――次に目を開けたら知らないお家で知らない人にあやされてました」


 知らない人っていうか両親だったんですけど…とルチアは苦笑した。

 自由に身動きもできない、言葉もしゃべれない、ひと目で異国人とわかる風貌の大人たちに囲まれて、ルチアはパニック状態のまましばらく過ごし、そして悟った。これはアニメなんかで見た『異世界転生』というやつだ、と。


「でもそれがわかってもまともに動けないし、片割れのハオは別に普通の赤ちゃんだったから相談相手もいないし…自分で意思伝達ができるようになるまでは地獄だったわ…もうすぐ二十歳だったっていうのに赤ちゃん言葉で話しかけられて知らない人たちにチュッチュチュッチュキスされるし、嫌がって押しのけても喜ばれるし…」

「ああ…確かにそれは厳しい…」


 その時の光景を思い出しているらしく、ルチアはものすごくげんなりとした表情をしていた。

 記憶が戻ったのが最近でよかった…と、ルルシアは心の中でひそかに思った。


「その感じだとルルシアさんは赤ん坊の時から記憶があったわけじゃないんですね?」

「物心ついた時からなんとなく断片的な記憶はあったんですが、はっきり全部思い出したのは本当につい最近ですね。今わたし十七歳なんですけど、死んだのもちょうど同じ十七歳で…普通の平凡な高校生でしたから、特別な知識も持ってないし、転生特典のチート能力とかもないし…普通の女子高生が事故死して普通のエルフになっただけです」


 遅刻しそうだったから自分で立ち入り禁止の場所に入って階段踏み抜いて死亡、というのはなんとなく情けなさ過ぎて言わなかった。自業自得でも間抜けでも事故死には違いない。


「思い出す前と思い出した後って記憶は繋がるんですか?なんていうか、別人格でしょう?」

「うーん、別人格なんですけど、自分だなっていう感覚はあります。『別の場所で過ごしてた頃の自分』みたいな感じですね」


 うーん、と考えながら答えるルルシアをルチアはじっと見つめて、そして少しためらいながら口を開いた。


「…私、時々考えてたんだけど…『私』がルチアになったせいで、本来この体で生きるはずだった『ルチア』は消えちゃったんじゃないかって…私の魂がルチアの体を乗っ取っちゃったのかなって…」


(それは――)


 そう思って生きてきたのならきっとものすごく苦しかっただろう。

 ルルシアは感覚的に水森あかりとルルシアが連続した一つの魂だと理解しているのだが、ルルシアとしての自我が芽生える前にあかりの記憶が戻っていたら、同じように思ったかもしれない。 


「生まれ変わりのシステムはよくわからないですけど、私と同じなら、他人の体に入り込んだんじゃなくて…本当なら魂?の記憶が初期化されてまっさらな状態で生まれ変わるはずが、私たちは何かうまくいかなくて上手く初期化されないまま次の命として生まれ変わっちゃった――って感じではないかと」


 つまり、本当ならクリーンインストールされるはずが、バグってデータが残ったままになってしまっている状態だとルルシアは考えている。


(バグついでにチート能力獲得できればよかったのにねぇ…)


 そう上手くいかないのが人生だ。


「そっか…そっかぁ…」


 ルルシアの言葉を聞いたルチアはひどく安心した顔でほにゃっと笑った。


「誰かを犠牲にしたのかなって思ってたの…ハオの兄弟になるはずだった誰かを…そっか、これからはそう考えます。――今まで、怖くてハオにも言えなかったんだ」

「さっきの様子だと、ハオル様はきっとずっと聞きたかったんでしょうね」


 この部屋に入る前のごねるハオルを思い出しながらルルシアがそう言うと、ルチアは苦笑した。


「でも、前世の記憶がーって、言われても普通ドン引きじゃないですか?今はルルシアさんが同じだってわかったから自分だけの妄言じゃないって言えるけど…」

「そうかもしれないですね。わたしもライに話してないですし」

「…でも、それにしてはさっきライノールさんは全く動じてなかったように見えたけど」


 動じないどころか、人を馬鹿にする言葉まで織り込んできていた。


「あー、そもそもエルフの世界はいろんな人がいるので…古代種のエルフは精霊と交信できたとか、動植物と会話できたとか言いますし、ちょうどライ…ライノールがそうなんですけど、古代種への先祖返りみたいなのもいたりするんですよ。だから多少私が変でも別に誰も気にしないし、私も気にならなかったんですよね」

「ライノールさんが先祖返り?」

「ライは普通のエルフよりも魔力が強いんです。例えば、過去の記録は残ってるけど、魔力量の関係で今はだれも使えない魔法がエルフの世界にあるんですけど、ライはいくつか使えたりするみたいですし」


 前回の魔獣討伐で使っていた相手の時間を止める魔法もその一つだ。膨大な魔力量と魔力操作のセンスが必要とされるため、今のエルフには再現不能と言われていた魔法らしい。


「すごいんですね…」

「すごいんです。平凡エルフのわたしよりよっぽど転生チートっぽいです」

「転生チートかぁ…こっちも非常ベルの私より癒しの力持ってるハオの方が転生チートっぽいなぁ」


 そうして二人目を合わせて、くすくす笑った。



***



 客室から出ると、ソファで丸まって拗ねていたらしいハオルがバッと顔を上げてルチアに駆け寄ってきた。


「話終わったの!?」

「ルー何とかさんが誰なのか教えてもらえるんすか?」


 首を傾げたキンシェに、ルチアは頷く。


「ルーク・スカイウォーカーはジェダイの騎士でライトセーバーの使い手なの」

「は?」

「そういう物語があるの。――私の話は、スターウォーズと違って大した内容じゃないけど、聞いてくれる?」


 そう言ってルチアは「今まで話せなくてごめんね」とハオルに笑って、生まれ変わりの話を始めた。

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