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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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3. 討伐隊

「わ、いっぱいいる」

「喋るなボロが出るから。はしゃいで顔も出すなよ」

「はしゃぐって子供じゃないんだから……」


 そう言いながら、ルルシアは一応羽織ったマントのフードがきちんとかぶれているか確認する。

 エルフのマントは魔法を織り込まれており、フードを深くかぶっても周りが見えるようになっている。逆に言うとうっかり脱げていても気付きにくい。


「子供はそう言うんだよ」


 ライノールはそんなルルシアの頭を軽く小突いた。

 基本的に依頼を受けるときも他と連携して動くときもエルフは顔を隠し、会話も最低限で済ます。

 要は神秘性アピールであり、付加価値をあげるための地道な努力である。……のだが、こうやって隠しているせいでエルフの美貌への期待値は上がりすぎるくらいに上がっており、ルルシアレベルのモブ顔エルフは顔を見られたら露骨にがっかりされるというのが想像に難くない。

 世界レベルの超絶美形期待してたのに、出てきたのがクラスに一人はいそうなちょっと可愛い子レベルだったらがっかりするだろう。がっかりされる方も申し訳ない気持ちになってしまうのであまり期待値を上げないでほしい。


 今は、討伐隊をまとめる冒険者ギルドが実際に集まった人員の能力とバランスを見て細かい振り分けをしているところで、決まり次第指示が出てそれぞれの持ち場につくことになる。

 牧場から少し離れた空き地に集まっているのは五十人程度。ルルシアたちのように個別に協力依頼を受けてきている者たちもいるかもしれないが、大多数はギルドに所属する冒険者だろう。これに対して魔物の群れの数は百頭前後だと聞いている。通常の魔物討伐であれば十分な人数ではあるが、魔獣がいるとなると少し心もとない数である。


 今回の討伐対象である魔物はオオカミ型で、通称ホロウウルフと呼ばれている。見た目は文字通りオオカミであるのだが、動物のオオカミとの違いは目が闇色なところ。塗りつぶしたように真っ黒な瞳は、少し離れたところから見ると眼球ではなくぽっかりと闇があるように見えるのだ。ホロウ――虚、というのはそこに起因している。

 ホロウウルフは単純な強さだけでいえば一般的な冒険者一人で四~五頭は倒せるくらいである。が、オオカミ型というだけあって連携して動くため、一人で対処するのはかなり厳しい。通常は五人程度でグループを作って、それで十頭前後までならある程度余裕をもって倒せる……という目算で討伐人を集めるのだ。

 が、これが魔獣となると話が変わる。魔獣は同型の魔物の十倍くらい強い。ゲーム風に言えば、普通の魔物がレベル十だとしたら魔獣はレベル百。ついでに前述の一般的な冒険者はレベル三十くらい。絶望的な能力差である。


 先程聞いた冒険者ギルド作戦は、五~十人ずつの小隊に分けて多方向から群れを見通しの良い平野に誘導し、最終的に総力戦に持ち込むというもの。誘導途中で小物は倒して数を減らす事になっているので、最終的には魔獣を含めて二~三十匹程度になる……というのが理想だ。

 誘導中に魔獣とエンカウントした場合は逃げの一手。下手に攻撃して返り討ちに遭うよりも、なんとか誘導して総力戦に持ち込むことを優先する。

 作戦開始時点で魔獣がどこにいるかわからないのと、魔獣と渡り合える実力者がいてもホロウウルフの群れとセットで来られてしまっては捌ききれないというのとで、これがベストなやり方なのだろう。



 それにしても、とルルシアは周りを見回す。

 討伐隊は様々な種族が揃い踏みである。ひと目でそれとわかるのは獣人と半獣人くらいだが、ドワーフっぽい、ハーフリングっぽいという者もいる。ただ、見たところエルフはルルシアとライノール二人だけのようだ。

 基本的にエルフへの依頼の交渉窓口は森長が務めているので、下っ端のルルシアが人間を含む他種族と交流する機会は殆どない。まして、ここまでずらりと揃っているところなど今までに見たことがなかった。

 ルルシアはそわそわしながら隣に立つライノールの顔を見上げる。


「ちょっと歩いてきていいですか」

「だめだ」

「ちょっとだけ。喋らないから」

「…………」


 フードのせいで目元が見えないのにここまで嫌そうな気配を出せるのはすごいなぁと眺めていると、ライノールは大きなため息をついた。


「……俺もついてく」

「もー、ライはさみしがりやだなぁ」

「殺すぞ」

 

 ちょっとだけ肌がぞわりとしたのはライノールが魔力を向けてきたからだろう。少し離れたところにいた獣人が流れ弾を食らったらしく、しっぽがブワッとなっていた。――ルルシアと一緒に行動しているライノールの方こそ、暴言というボロが出そうな気もするが……。そんなことを言ったら説教されるのが目に見えているので黙っておく。

 しかし歩くといってもすぐ後ろにライノールがついてくるため他のグループにあまり近づくことができず、遠巻きに眺めることしかできない。しかもあまりキョロキョロすると怒られるため、目だけ動かして見ることになる。

 不満はあるが、これは仕方がない。


「…………?」


 そんなルルシアのもとへ、どこからかふんわりといい香りが漂ってきた。

 おそらくこの集団の中の誰かが、何か飲食しているのだろう。ルルシアは思わず首を巡らせて、匂いの出どころを探した。

 何かを飲んだり、軽食をとったりしている者は何人かいる。その中でもひときわルルシアの意識を引きつける匂いがあった。

 ややスパイシーで甘さのあるこの香り……は、とても覚えがある。


 (……これはチャイでは!?)


 ルルシアの視線は、ある一点に釘付けになる。

 そこでは、三人組が会話をしながら、水筒から何らかの飲み物をコップに注いでいるところだった。

 ふらふらとそちらに吸い寄せられるルルシアに、ライノールが小さく「おい!」と声をかけたが、足は止まらない。

 チャイはルルシアの前世、水森あかりの大好物だったのだ。

 温かそうな湯気を立てるそのミルクティー色の飲み物からは、カルダモンの香りとクローブの香りが強く立ち上っている。個人的な好みで言うとシナモンがもう少し強い方がいいのだが。


「えーと……飲みます?」


 遠慮がちにかけられたその声で、ルルシアはハッと我に返った。

 離れたところから見ていたはずなのに、気が付いたらすぐそばでじっとカップを見つめていた。

 カップとルルシアの顔の距離、およそ五十cm。そのカップを持った男は酷く困った様子で、それでもかろうじて笑顔を作ってこちらを見ていた。 

 ルルシアはやや前のめりになっていた体勢からビッと背筋を伸ばし、数歩後ろに下がる。――すると、トンッと誰かにぶつかった。

 何にぶつかったのか、といっても、答えは決まっている。

 ルルシアの背から血の気が引いていく。彼女のすぐ後ろに立っている者など、一人しかいない。

 正面にいる三人組のうち、ルルシアに声をかけてきた一人を除いた二人が「なんだこいつ……」という表情を浮かべているのが見える。


 ……そして、ぶつかった背後の人物からはものすごい魔力の圧力がかかっていて、ルルシアのうなじはピリピリしていた。


「こちらの連れが失礼した。お声かけ感謝するが気遣いは不要だ」


 ライノールが淡々とした声で告げる。

 感情を見せず、淡々と、へりくだらずかつ丁寧に――それが外部の人々とやり取りするときの、エルフの喋り方の決まりなのだ。


「あ、はあ……」


 男たちが、あっけにとられた様子で頷く。それを確認して、ライノールは「行くぞ」とルルシアの背を軽く手で押してその場を離れた。


***


 ライノールはルルシアの背を押したまま集団から少し離れた場所へ行くと、トンッと前方へ突き飛ばした。

 死刑執行を迎える気分で歩いていたルルシアは、数歩たたらを踏んでからライノールの方へ向き直り、手を合わせる。


「すみません。殺さないでください」

「分かっているならもうジッとしてろ。ただでさえエルフは注目されるんだ。自分の立場を考えろ」

「はい。すみません。つい匂いに誘われてしまって」


 ルルシアとて、立場をわきまえてはいるのだ。が、前世を思い出した直後に、前世の好物の香りが漂ってきたせいで理性が吹っ飛んでしまったのだ。


「お前のその異常なスパイス好きはどこから来るんだ……とにかく、次やったら首から上を吹っ飛ばすからな」

「重々気を付けます。……でももし、うっかりやっても吹っ飛ばさないでください」

「あ?」


 ライノールの低い声に、ルルシアは即座になんでもございません……と返す。

 ちょうどその時、今回の討伐隊の中心人物であるグラッドが簡易天幕の作戦本部から出てきた。

 テインツ領の中心都市テインツの冒険者ギルド支部長だというその男は大柄で、いかにも『歴戦の』という、いかつい姿をしている。

 

「小隊の構成が決まった。振り分けに従い、日没前に持ち場についてくれ!」


 周囲の冒険者立ちが「「おお!」」と鬨の声を挙げる。

 空気がビリビリするような大きな声に、びっくりしたルルシアの肩が跳ねる。


「さぁ始まるぞルル。冒険者に後れを取るなよ」


 ライノールの言葉にルルシアは無言で頷いた。

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