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28. 神の子の護衛

 ユーフォルビアとの話の後、紹介状を渡されたルルシアたちはその足で教会へ向かった。

 ちなみに紹介状は事務局スタッフの書いたもので、きちんと読めることをユーフォルビアの目の前で確認した。彼は「前にクレームが来たことがあるから外部に出す文章はスタッフにお願いしてるんだよ~」と笑っていた。


 教会に到着した二人は昨日と同様に応接室に通され、今度はすぐに司祭のマイリカがやってきた。今日は彼女の他にもうひとり、五十代くらいの年配の男を伴っていた。


「彼は、エフェドラの教会で司祭を務めているセンナです。神の子の世話係をしている者で、今回の神の子のテインツ訪問に関する采配は彼が執っています」


 マイリカに紹介されたセンナは一歩前に出て、お手本のようにきれいなお辞儀をした。


「センナと申します。ルルシアさん、昨日二人を救って頂いたにもかかわらずまともにお礼することもできず申し訳ありません。内部の揉め事が収まりましたら改めてお礼させていただきますので」

「いえ、ただ怪我をしていた子どもたちを送り届けただけですから」

「…ありがとうございます。皆が疑心暗鬼になっている中で、規律を重んじ、正しくあろうとするエルフの方々にご協力いただけるのは非常に心強いです」


 エルフ組は二人共「敵もそのエルフかもしれないけどね」という言葉を飲み込んだ。

 センナはだいぶ疲れているらしく、目の下にくまが落ちている。揚げ足を取るような事を言うのはやめたほうが良さそうだ。


「それでは神の子のところへご案内いたします」


***


 教会の聖堂を抜け、階段を上がったところが賓客用の滞在スペースになっており、客室、小ホール、使用人部屋などが並んでいる。双子たちは小ホールの長椅子にぐったりと伸びて本を読んでいた。


「ハオル、ルチア…来客があると、私は伝えていましたね?」

「「…ハイ」」


 紹介される前にセンナによる説教が始まってしまった。ルルシア的には彼の怒り方はアニスを彷彿とさせて若干胃が痛くなる。双子は長椅子に座り直すよう言われ、のそのそと起き上がった。


「センナさん、その来客が困ってるから」


 壁際に立っていた黒髪の男性が苦笑しながらセンナをなだめた。年齢的にはライノールと同じくらいだろう。すらりと細身なのだが、剣を携えているので護衛らしい。


「…ごほん、失礼しました…」

「あっ、あれっ、昨日の人!」

「ホントだ。え、エルフだったの!?」


 こちらに向き直ったセンナを押しのけ、双子がルルシアに詰め寄った。ルルシアが「あ、はい…」と答えながらちらりと押しのけられたセンナを見ると、彼のこめかみには大きく青筋が浮いていた。


「おとなしく、座りなさい」

「「ハイ」」


 地獄の底から湧き出るような低い声に、双子はすっと長椅子へ戻った。

 とてもリアクションに困る。そして隣でライノールが「昔のルルとアニスを見てるみたいだな」と言っているが、さすがのルルシアも外の人に対して失礼な態度をとったことはない…はずである。


「――改めまして、紹介させていただきます。こちらの二人が神の子、ハオルとルチアです。そして彼らは神の子の護衛を務めているキンシェとカリンです。カリンは世話係も兼任しています」


 紹介された護衛の二人がニコリとお辞儀する。黒髪の男性がキンシェ、そしてカリンは犬のような耳と尻尾を持った半獣の女性だった。

 カリンの年齢はルルシアと同じくらいだろう。好奇心の詰まったような大きな茶色の瞳がくりくりとしていてかわいらしい。そしてクリーム色の毛並みの尻尾が大きく揺れている。


「そして事前に話してありますが、こちらのお二人がエルフ代表事務局の方から新しく護衛としておいでいただいた、ライノールさんとルルシアさんです」


 ルルシアたちもお辞儀すると、センナは「早速ですが」と続ける。


「ルルシアさんは表向き神の子の世話係としてカリンについていただきます。ライノールさんはキンシェと護衛時の動きの確認等をお願いいたします――では、私は明日の予定調整でしばらく席を外します。キンシェ、カリン、後はお願いしますね」


 そう言うとセンナは頭を下げ、パタパタとホールから出ていった。


「随分と忙しそうだな」

「どうしても敵味方入り混じってて信用できるやつが少ないからセンナさんの負担が減らせないんすよ。というか、エルフとは聞いてたけどエグいぐらい男前ですね」

「いやー、マジイケメン。やばい」


 センナがいなくなると同時に、護衛の二人の雰囲気がガラッと変わった。キンシェは軽いし、カリンはまるでJKである。応接室に通された時点でライノールもルルシアもフードを外しており顔も耳も出ているので、護衛の二人の目はライノールに釘付けだった。

 そのライノールは眉根を寄せたまま、神の子と護衛たちを見回す。


「…で、神の子のお二人は昨日護衛を振り切って逃げ出したって聞いたんだけど。そのあたりの経緯を聞いても?」

「あはは、やっぱそこついてきますよねー。非常に情けない話、ルチアさまが本気出すと俺らじゃ捕まえきれないっていうのが実情で…まあ細かい経緯の説明はご本人たちからどうぞ」


 キンシェがそう言いながら手を広げ、双子の肩にポンッと置いた。双子は気まずそうに視線を彷徨わせたあと、二人同時に「えっとぉ」と口を開いた。


***


 何日も馬車に揺られてたどり着いたのは町はずれにある古びた教会だった。

 エフェドラ領に隣接するテインツ領の中心のテインツという町らしい。教会は古びていたが、そこに向かうために通ったテインツの街中は活気にあふれており、ルチアもハオルもエフェドラ…どころか、アルセア教の聖地であるアルセニアの町を出ること自体初めてだったので何もかもが珍しくてテンションが上がりっぱなしの状態だった。

 神の子であるということが分かって以来、二人はいつもたくさんの大人に囲まれ、アルセニアの中心の教会のそれほど広いとは言えない区画が世界のすべてになってしまったのだ。だから、人のたくさん行きかう街の風景を――カーテンの隙間からとはいえ――見るのはほとんど初めての経験だった。


「明日は街の中に挨拶に行くんだって」

「それってチャンスだよね」

「でも危ないんでしょ?」

「だってここはアルセニアじゃないし、エフェドラでもないんだよ?」


 自分たちが狙われているのは知っていたし、ルチアの危険察知が何回か作動したこともあったが、それはエフェドラ領にいたときの話だ。それにこれまでの危険察知だってそれほど大したことは起こっていなかった。


 神の子に対して大人たちは過保護で、大したことがなくても大騒ぎをするのだ。

 だから今回もそうだと思っていた。危険が及ばないように護衛たちが陰で敵を排除していたことなど知らなかったから。



 翌日、また馬車に揺られてやってきたのはテインツの中心の商店街。


「さすが神の子の店ですね。ごらんください、この賑わいを。テインツ領でもあっという間に店舗が増えるかもしれませんね」


 一緒に馬車に乗って、嬉しそうに窓から外を覗くその中年の女は何度も見た顔だったが名前はよく覚えていない。カリンから「敵だから気を許すなと」言われたことだけは覚えているので「ええ、そうですね」と答えて流した。

 『神の子のお気に入り』のキャッチコピーを掲げたドーナツ屋の真新しい店舗はオープンして間もない様子で、確かにたくさんの人で賑わっていた。

 本日の外出の目的は、このドーナツ屋の経営者への慰労訪問…という名目の支持者囲い込みだ。

 ドーナツは元々ルチアが食べたくて教会で作ったものが広まり、エフェドラでは販売店がチェーン展開して定番の人気商品となっている。このテインツ店はエフェドラの外で初の支店となるのだ。


 神の子効果もありだいぶ儲かっているようで、経営母体からは教会に少なくない金額のご寄付を賜っている。

 教会内部のお金儲けに夢中な人々は、神の子がテインツ初の支店への慰労訪問を行ったという実績を作っておきたいのだ。

 訪問は『護衛がついて回るのは印象が悪い』という中年女の意向でキンシェもカリンも建物の外に控える形で行われた。



「で、おばさんが経営者さんたちに接待されていい気になってる隙をついて抜け出したの」

「私は生まれつき危険が近づくと頭の中で警鐘が聞こえる能力があって、だから追ってくる人たちがいても隠れてやり過ごせるの」

「それで、混んでる店内に紛れ込んで表から外に出たんだ。キンシェ達は裏口の方にいたからね」

「外に出てしばらく歩いてたら警鐘が鳴り出して…隠れても近づいてくるし、戻ろうにもドーナツ屋の方向から危険が近づいてたから…何とか教会に戻ろうとしたの」

「その途中で襲われて、ルルシアさんたちに助けられたんです」


 双子がかわりばんこで説明する。

 キンシェが「本当に勘弁してほしいよ、問題児どもめ」と、げんなりした顔でその双子の頭に拳を載せてぐりぐりした。

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