26. 教会にいないはずの二人
教会に近づくと、双子の姿に気づいたローブを着た人々がバタバタと出てきて、あれよれよと二人を連れ去っていった。そしてルルシアとディレルは案の定「送り届けたので帰ります」というわけには行かずに教会の応接室らしき立派な部屋に通され、しばらく放置を食らっていた。
目の前に高級そうな紅茶と茶菓子を出されているのは、さきほど連れて行かれるときにルチアが「その二人に助けてもらったので、丁重に!」と言ってくれたおかげだろう。
「随分待たされてるけど、なんか内部で口裏合わせとかしてるのかな」
「たぶんね…『何も見てない何も言わない』って誓約書でも書かせてくれれば手っ取り早いのにな」
ソファの背もたれにぐったりともたれかかったディレルが肩をすくめる。そもそも彼は仕事で出てきたはずなのにルルシアのせいでひどい足止めを食らわせてしまった。
「ごめんなさい。わたしがついてこなかったらディレルは巻き込まれなかったのに」
しゅん、とうなだれるルルシアに、ディレルはちょっと笑ってきちんと座り直した。
「それを言ったらルルシアだって俺が誘わなかったら外に出て巻き込まれることもなかっただろ。――それに、俺がルルシアと一緒に街を歩きたかったから誘ったんだよ」
「…あ、うん」
(うん?)
ディレルが付け足した言葉は口説き文句に聞こえなくもないが、彼は別に表情を変えるわけでもないし、いつもの調子で喋っているのでそのつもりはなさそうだ。
工房で眠ってしまった件以降、密室に二人きりという状況をルルシアが変に意識しているのでそう聞こえるのだろう。ううー、と心のなかでうめいて顔を覆う。
(なんにせよ落ち着かないので早く誰か来て…)
そんなルルシアの心の叫びが届いたのか、応接室の扉がノックされたのはその直後だった。
入ってきたのは一人の女性で、挨拶のためにソファから立ち上がったルルシアたちに着席を促し、彼女自身も向かいのソファに腰掛けた。
「大変おまたせして申し訳ありませんでした。私は当教会の司祭のマイリカと申します」
マイリカは優しげな雰囲気の高齢の女性だった。ゆったりとした柔らかい口調で話すので、声を聞いているとなんだかほのぼのとした気持ちになる。
「先程こちらへ連れてきていただいた二人についてなのですが…助けていただいたというのに申し訳ありませんが、事情があってあまりお話ができないのです。そして、このことについて――」
「口外するな、ということですよね。…私はクラフトギルドのランバートと申します。多少ですが事情は聞いていますし、そのことについて口外も追及もするつもりはありませんのでご安心ください」
困ったような顔をして言葉に詰まるマイリカの言葉じりをディレルが引き取る。ランバートの名前を出したということはギルド長レベルの話になるのだ。
マイリカは「まぁ」と驚いた顔をした後、ふわっと微笑んだ。
「ランバート、というとギルド長の…そういえば以前式典でお目にかかったことがありますね。それであれば安心です」
そして、元々きれいな姿勢で座っていた彼女は更に姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「彼らを救っていただいたこと、心よりお礼申し上げます」
「いえ、ただ偶然行きあっただけです…その時の状況を詳しくお話ししたほうが良いですよね」
「…口止めをお願いしておいて図々しい話ですけれど、助かりますわ…。事情は聞きましたが、あの子達は魔術には詳しくありませんから、断片的な状況から推測しないといけませんので」
魔術に関することは彼女のほうが詳しいので、とディレルから説明を振られたルルシアは頷き、魔術師の使い魔による攻撃だったことと、すでにその使い魔は消滅させたことをかいつまんで説明する。
「おそらく、術士は鳥の使い魔で二人の後を追い、監視していたのだと思います。そして二人の通るであろう道にもう一つ、四足の獣の使い魔を召喚する術を配置しておいて、彼らが近付いたタイミングで出現させたのでしょう。使い魔を始末した直後に周囲の魔力の動きを確認しましたが、その時点で術士と思われる反応は範囲内にありませんでしたから、予め仕掛けておいて遠隔で発動したのだと思います」
「…遠隔で発動というのは難しいことなのでしょうか。その、他にもあちこちに仕掛けられている可能性も?」
「魔法や魔術の基本は術者が直接触れていることなんです。遠隔での発動はそのための術式を組んで、条件を整えないといけないので、そうそうあちこちに仕掛けられるものではありません。他の場所に仕掛けられている可能性は低いと思います」
その言葉でマイリカはホッと息を吐いた。ただ、ルルシアには気になっていることがあった。
「…使い魔で監視というのも、視覚情報を共有するのに魔力と精神力を激しく消費しますし、犯人はかなり力のある魔術師が複数か…――もしくは、エルフ、ですね」
「…エルフ、ですか?」
「あの…詳細は省くとしても、エルフ関与の可能性についてエルフの代表者事務局に報告をあげていただけないでしょうか」
口外してはいけない、ということなのでルルシアから報告をあげるのはまずいだろう。でも、もしもエルフが人を害することに関与しているのならば放置はできない。悪意を持って敵対してくるエルフなど、天災に近いのだから。
マイリカはじっとルルシアの顔を見て、そして「分かりました」と頷いた。
「ちょうど、事務局の方と懇意にしているものがおりますので、そちらから相談させていただきます」
「お願いします」
駄目だと言われたら慣れない説得をしなければならない、と思っていたので肯定の返事が返ってきたことにルルシアはホッとして表情を緩めた。
***
その後少しだけ話をして教会を後にしたが、双子と再び顔を合わせることはなかった。
ディレルによれば、あの双子は『今あの教会にいないはずの二人』なのだという。一部の者にしか知らされておらず、彼も詳細は知らないらしい。
そんな機密レベルの子たちがドーナツ屋にいるとは。あの時の逃避行のようなセリフは、まさに御付きの人たちから逃れてお忍び中に出てきた言葉だったのだ。
まあ、この件に関しては口外してはいけないし、これ以上関わることはないだろう。これ以上被害が出ることなく犯人が捕まることを願うだけだ。
今考えるべきは、せっかく買ったドーナツが固くなっていないか否か――それだけだ。
(どーなつ、どーなつ)
「どーなつ」
「え?」
無意識に頭の中の言葉が口から漏れ出していたらしい。突然のつぶやきにディレルが目を丸くしてルルシアを見ていた。
「ごめん…つい心の声が」
ディレルはしばらく肩を震わせて耐えていたが、赤い顔で口を押さえたルルシアを見るとついに堰を切ったように笑いだした。
「真剣な顔してるから何考えてるのかと思ってたら…はははは」
「当たり前でしょう?わたしは今日一日ずっと楽しみにしてたんですよ!?」
「うん、ごめん…早く帰ろうか…」
笑いながらディレルはルルシアの頭をぐしゃぐしゃなでる。ライノールがよくやるのでうつったのだろう。子ども扱いに口をとがらせるが、今のルルシアの発言は子ども扱いされても仕方ないかもしれない。
(…明日から大人の女な振舞いを目指そう…)
なでられて乱れた髪を手櫛で直しつつ、ルルシアはむぐぅ…と歯噛みをした。