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23. 不穏な会話

「…やっぱり戻ろうよ、ハオ。絶対大変なことになってるよ」

「チア…もう手遅れだよ。ここまで来たら進むしかないよ」


 なんだか不穏な会話が聞こえてルルシアがちらりとそちらを見ると、中学生くらいの年齢と思われる男女が話をしていた。

 まるで逃避行や犯罪の後のようなセリフだったが、ここはドーナツ屋の店内である。


 少し首を傾げて見るともなしにそちらに目を向けていると、二人組のうち男の子の方と一瞬目が合った。

 少年はさっと目をそらし、先程よりも声を潜めて話し始めた。声が周りに聞こえていたことに気付いたのだろう。

 言葉は不穏ではあるが、特に危険な雰囲気はない。良いところの子どもたちがこっそりお忍びで買い物に来た、といったあたりだろう。

 

 そんなことよりもルルシアにとって大事なのはドーナツだ。シンプルなものからジャムやクリームの入ったものまでショーケースにずらりと並んでいる。


(定番品は押さえておきたいけど、クリームたっぷりなのも食べたいし、シナモンの効いたアップルパイもあるし…)


「ルルシアまだ悩んでるの?」

「…今のわたしがいくつ食べられるかわからないから厳選したくて…」


 ディレルに聞かれてルルシアは呻くように返す。

 前世の人間だったときなら五、六個はぺろりと食べられたのだが、悔しいかな、今のこのエルフの体は油で揚げた生地や砂糖たっぷりのクリームとはあまり相性がよろしくない。


「どうせ持って帰るんだし、気になるの買ってちょっとずつ食べれば?俺もメリッサもいるんだから多少買いすぎてもなんとかなるよ」

「…そっか、わたし以外の人も食べられるんだった」


 エルフの集落では基本ルルシアの食べたいものは他の人が食べないものだったので、自分で食べ切れる量を超えてしまったら処分するしかなかった。長年の習い性で、今回もそのつもりで選んでいたのだ。


「ならたくさん選びます」

「どうぞ」


 ルルシアがご機嫌でドーナツを選んでいる間に、先程の少年少女はいなくなっていた。  

                   

***


 ジャスミンたちにドーナツを届けに魔術具屋へ寄り、渡して帰る…はずだったのだが、ディレルが夫妻に捕まってしまった。

 三人で何事か話をしているようだが、ルルシアには聞かせたくない内容らしい。ルルシアはまたしてもぽつんと一人で店内をうろつくことになった。

 すでに頭の中がドーナツで一杯になっていたルルシアとしては早くランバート邸に帰りたいのだが、用事があるのであれば仕方がない。

 今度こそ弓を見ようかなと視線を巡らせると、店の外の通りを歩く二人組の姿が目に入った。


(さっきのドーナツ屋さんの子たちだ)


 んー?とルルシアは首をかしげる。二人が歩いている。ただそれだけの光景がなんとなく気になる。

 なんだろうか…とじっと見つめて気がつく。――彼らは脇目もふらずに歩いているのだ。

 普通、街を歩く人々は周りを見て歩いている。キョロキョロしなくても、すれ違う人との距離を測ったり、足元を確認したりと視線は動くものだ。なにか目的があって急いでいるならばまっすぐ前を見て歩くこともあるだろうが、そういう人は歩き方に迷いがないものだ。

 彼らは足取りに迷いがあるのに、視線は不自然なまでに前を見つめている。まるで周りを気にしていることを悟られたくないかのように。


(何かから逃げている…?)


 ドーナツ屋でも不穏な話をしていたし、その可能性は高いかもしれない。

 ルルシアは二人の姿を視界の端でとらえながら、彼らを追いかけているかもしれない『何か』を探すが、特に怪しい動きの者は見当たらない。単純に家出してきた子供たちだったりするのだろうか。後ろめたさから挙動不審になっているというのもない話ではない。


「ルルシア、待たせてごめん。帰ろう」


 二人組が視界から消えるあたりでディレルに声をかけられた。

 ルルシアは振り向き、首を傾げた。

 帰ろうと言うが、ジャスミンたちはまだ何か言いたそうな顔をしていたのだ。


「もう用事はいいの?」

「うん。すごく、どうでもいい話だった」


 答えたディレルの眉根が寄っているあたり、あまり愉快な話ではなかったようだ。遠目で見ていた感じ、話している間も彼は不機嫌そうにしていた。…だが、夫妻の方は逆に、会話中から今まで、ずっと楽しそうな顔をしている。


「もー、ディルってばどうでもよくはないでしょう?」

「お前無自覚っぽいし、ぼんやりしてて機を逃しそうだし」


 心配してるんだって、と言い募るセダムをディレルは軽く睨み付けた。


「面白がってるだけだろ」

「…まさかー」

「…そんなことないよー?」


 ねー?と顔を見合わせて頷き合うセダムとジャスミンは息がぴったりだった。ディレルはため息をついて肩を落とす。そして片手で顔を覆ってうめくような声を出した。


「とにかく…自分でわかってるから放っといて」

「まあわかってるならいいわ。ま、相談なら乗るからね…ルルシアちゃんも」


 ジャスミンはディレルの肩をポン、と叩き、くるりとルルシアの方を向き笑顔を浮かべた。急に話を振られたルルシアは全く話の筋が見えず、首を傾げた。


「?…相談ですか?魔術具とかの?」

「それも含めて…人生的な」

「はあ…?」


 ジャスミンは意味深にウインクをして、セダムがその後ろでうんうんと頷いている。わけがわからず、首を傾げる角度が深まるばかりだった。

 それにルルシアの意識は先程の二人組のことに持っていかれていて話半分でしか聞いていなかった。さすがに失礼だったな、と思いつつも曖昧な感じで頷いて流す。

 その様子に気付いたセダムが、んー?とルルシアの顔の前で掌をひらひらと振った。


「ルルシアちゃんなんか心ここにあらずだね。なにか気になることでもあった?」


 顔を覗き込まれたルルシアは少しためらい、気にしすぎかもなんですけど…と前置きして口を開いた。


「ちょっとさっき外見てた時に少し気になることがあって…あの、ディレル、回り道に付き合ってもらってもいい?」

「え?構わないけど…」

「武器は持ってる?」


 不思議そうな顔をしたディレルは『武器』の一言で表情を引き締める。夫妻もハッとしたように顔を見合わせた。


「…一応護身用の短剣は持ってる。不審な人物でも?」

「んん、武器は必要ないかもだけど…さっきそこを通った子供が、何かから逃げてるように見えたの。多分あの速さならまだそんなに離れてないと思うから…ちょっと様子を見たい」


 ルルシアは二人組の歩いて行った方向に視線を向ける。向こう側は城下町の西にあたり、前に見た地図によれば確か教会と墓地があるはずだ。中心街からは外れるので、普段はそれほど人通りがないと聞いている。


「わかった。一応問題がないか確認しよう」


 ディレルは頷くと、すぐに出入り口の方へ向かった。ルルシアもそのあとを追う。


「念のため、うちから冒険者ギルドの方にこの辺から西側の見回りしてもらうよう連絡しとくわ」

「よろしく。じゃあまた」

「お邪魔しました」


 バタバタと店から出る後ろからジャスミンの気を付けてねという声が飛んできたので、ルルシアはちらりと振り返って小さく頭を下げ、子供たちの向かったであろう道を駆けだした。

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