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22. 魔術具屋

 ディレルの知人の店、というのは魔術具を扱う店だった。

 日用品から武具まで、あらゆる種類の魔術具が取り扱われている。

 ディレルは店主と仕事の話をするというので、ルルシアは一人で店の中を見て回ることにした。魔術具はエルフの社会ではあまり一般的ではないので、ルルシアの目にはどれもこれも物珍しく映った。


 魔術具の中でも魔術灯は売れ筋商品のようで、大きさや形が何種類も展示してあった。街灯だけではなく、一般家庭でもライトとして普通に使用されているらしい。

 魔術灯のエネルギーとして使用者の魔力を使うものと、魔力が充填されているものの二種類があり、充填されているタイプは再充填サービスというものもあると書かれていた。魔力のない人でも取り扱えるのだ。


 その他に、扇風機や冷蔵庫なども置かれている。こちらも充填タイプが用意されているが、充填料金が割とお高い。本体もそれなりの値段であるのに加えて、ランニングコストまで考えるとかなりの高級品である。


(こういうのが安く普及したら行商でもクール便ができて新鮮なお肉とかお魚が森に届くのに)


 普及どころか、緩やかながら魔力を持つ者の数が減ってきているとも聞いている。エルフの中でもルルシアのように魔力の少ない者が多くなってきているらしい。

 新鮮な食材の輸送に関しては、前世のような産業革命が起きるのを期待するしかなさそうである。


 家電(消費するエネルギーが電力ではなく魔力なので家魔だろうか)コーナーはあらかた見たな、と武具コーナーに目を向けると、やはり冒険者の多い町だけあって武具コーナーは客の姿が多い。弓があれば見てみたいのだが、人の多いところは落ち着かないので少し躊躇う。

 うん、無理せず人の少ないところを見よう、と見回すと、店の奥の方になんだか怪しげな小瓶が並んでいる場所があった。

 褐色瓶に入ったそれは、どうやら薬らしい。瓶のラベルにはいろいろ書いてあるが、要約すると惚れ薬、発毛剤、精力剤など。


(人の欲望がわかりやすく並んでいる…)


 瓶の中に何が入ってるのかはわからないが、かなり高額で販売されている。

 薬屋ならばまあ分からなくはないが、魔術具屋に置かれているあたり、非常に怪しい。

 エルフの魔法では精神に作用する魔法は存在しない。毛根を蘇らせるような、無くなったものを再生する魔法も聞いたことがない。

 …が、もしや、魔術でならそういう事ができるのだろうか。

 一般的に魔術は魔法の模倣であると言われているのだが、模倣だからといって同じことしかできないとは限らない。


 と、視線を感じてふと顔を上げると、仕事の話をしていたはずの店主とディレルが棚の前で考え込んでいたルルシアの方を見て、笑いをこらえるような顔をしていた。

 …なるほど、このあたりに置かれているのはそういうたぐいのものらしい。

 ルルシアは少しむくれながら彼らの方へ足を向けた。


「仕事の話は終わったんですか」

「終わったよ。随分真剣に見てたね」


 終わっていたなら黙って見ていないで声をかけてほしかった…とルルシアが口をへの字に曲げていると、店主のセダムが笑いながら話しかけてきた。


「お嬢さんは魔術薬に興味があるの?」

「…そうですね。魔術は人の気持ちを変えたり死んだ組織を再生したりできるのかなと思って」

「どうだろうね。まあ夢はあるよね」

「つまり、眉唾ものってことですか」

「お、疑ってるね?それなら惚れ薬とか試してあげようか…いてっ」


 ぽこん!という良い音が響き、セダムが頭を押さえた。ディレルが持っていた書類を丸め、彼の頭を叩いたのだ。

 口をとがらせて「軽い冗談だって」と言うセダムに、ディレルがニコッと微笑んだ。


「面白い冗談を言ってたってジャスミンに話しておくから」

「やめて!本当に冗談だって!」


 ジャスミンというのはセダムの妻だ。この夫婦とディレルの三人は幼馴染で、仕事以外でも親しくしているらしい。

 そして少し会話を聞いただけでもわかるほど、セダムはなかなかの恐妻家のようだ。


「あらぁ、どういう冗談かしら?聞かせてくれる、ディル」

「ぎゃ!ジャスミンいたのかよ!」

「実はいたのよ。あんたたちが彼女をニヤニヤ見てたあたりからね?…で、女の子に対して、どんな面白い冗談を言ったのか聞かせてもらおうかしら」

 

 いたも何も、ルルシアがこちらを見た時点ですでにジャスミンはカウンターの横にいたのだが、ちょうどセダムからは死角になって見えていなかったのだ。ディレルの位置からは見えていたはずだが、彼は微妙に意地が悪いのでわざと知らせなかったのだろう。


「お嬢さん初めましてよね?かわいい子がいるなと思ってたらディルの連れだったのね。――私はジャスミン。この馬鹿の妻で、ディルとは幼馴染なの。よろしくね」


 そういってジャスミンはまさに名前にふさわしい、花が咲きほころぶような笑顔を見せた。

 緩くウェーブした長い金色の髪に日に焼けた肌の、ちょっと気の強そうな美人なのだが、笑顔になると一気にかわいらしくなる。これは彼女目当てでやってくる客も多そうだ。


「ルルシアと申します。仕事の関係で今ランバート家に御厄介になっています」

「あら、っていうことはあの水源の?」

「水源?」


 ルルシアの挨拶にジャスミンは驚いたような顔をしたが、セダムはまったく心当たりがなかったらしく首を傾げた。

 その様子を見たジャスミンは盛大なため息をつき、夫をにらみるける。


「…あんたギルドからの連絡に目を通しておきなさいよ…うち、魔術具扱ってるから魔術具に関する相談とか情報がギルドから入ってくるのよ。ほらあの水源のあれも一応魔術具だから」


 水源地の瘴気がエルフの魔法で抑えられていること、その人物がクラフトギルド長の邸宅に滞在していること、そしてエルフ側の意向によりそれらの内容を口外しないこと――そういった内容の通達がクラフト・冒険者両ギルドメンバーの一部に出ているとルルシアは聞いている。その一部メンバーにこの夫婦が含まれていたらしい。セダムは把握していなかったようだが。


「こんなにかわいらしい人だとは思ってもみなかったわ。しばらくテインツに滞在予定なんでしょう?魔術具は使わないかもしれないけどアクセサリーなんかもあるから、どうぞごひいきに」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

「…女性に聞くのは失礼だというのは重々承知なんだけど、ルルシアさんっておいくつ?こっそり教えてもらえたりする?」

「構いません。私は十七歳です」

「えっ」


 やはりジャスミンも、エルフだから若く見えてもすごい高齢だと思っていたのだろう。ディレルに年齢の話をしたときとほぼ同じリアクションだ。だが、やっぱりギルドの情報を確認していなかったらしいセダムはジャスミンの反応に不審気な目を向けていた。


「そんなに驚くことか?大体見た目通りだろ?」

「セダムは後で通知に目を通しなさい。目を通せばわかるから。…ごめんね、ちょっと予想と違ってびっくりしちゃった…そっか、そうよね。別に年上って決まってるわけじゃないもんね…」

「ディレルにも似たようなことを言われました。多分皆さん考えることだと思います」

「あー、どうしてもね…。で、それはさておいて、ルルシアさんは今日は街の視察?」


 聞かれてルルシアはうっと詰まる。暇を持て余した挙句ドーナツに釣られて人の仕事にくっついて来ただけなのだ。

 別に悪いことをしているわけではないが、働いている人に言うのはなんとなく後ろめたい気持ちになる。


「…いえ、テインツにいる間は待機してるだけで暇なので、ディレルが出かけるっていうのにくっついて来ただけなんです」

「そっか…有事に備えて待機してないといけないのか…それは暇そうね。出歩くのは自由なの?」

「一応自由にしていいとは言われてます」

「じゃあまた遊びにおいで。次はおいしいもの用意しとくから」

「おいしいもの…!」


 エルフ集落に比べ、テインツはおいしいものだらけだ。正直、食環境だけで言うなら永住したいくらいに素晴らしい。

 しかもこの後はおいしいと評判のドーナツの店に連れて行ってもらうのだからもう言うことなしである。

 目を輝かせて声を弾ませたルルシアに、ジャスミンが「あらやだこの子可愛いわ」と呟いた。


「可愛いなぁ。ルルシアちゃんうちの店で働く?」


 集客効果抜群じゃん、と続けたセダムは再びディレルに書類で叩かれた。 


「うちの客人を勧誘するな。っていうか皆ルルシアを集客に使おうとするよな…。――ルルシア、用事は済んだから次行こう」

「はい!」

「次どこ行くの?」

「なんだっけ、新しくできたドーナツの店」

「ああ、人気あるみたいね。お金払うからついでに私の分も買ってきてよ」

「ん、いいけど」


 ジャスミンは冗談で言ったつもりだったのだろう。ディレルがあっさり頷いたので目を丸くして、それからうれしそうに笑った。


「まじで。言ってみるもんだわ…数も種類も適当でいいからよろしく!」

「お隣の領の『神の子』の好物とかいう触れ込みのやつか。俺も食べてみたい」

「そんな話があるのか。まあ適当に買ってくるよ」


**********


 ルルシアたちが出て行ったあと、店主夫妻は彼らの後ろ姿を見送りながらひそひそと話を始めた。


「ね、どう思う?」

「あれは絶対そうだと思う。態度が違うし」

「だよね?」

「しかもドーナツ屋さんデートだぜ。あいつ微妙に機嫌よかったし」

「ディルって人気のお店とか気にするタイプじゃないもんねー」


 ふーむ、とジャスミンは腕を組む。


「あとは種族の壁かぁ…」

「種族?」

「…ほんと、あんたはちゃんと通知読みなさいよ」


 首をかしげるセダムに、ジャスミンはじっとりした目を向けてため息を落とした。

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