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165. シオンさまの話

時系列はサイカの立て直しが動き出して少し立った頃。

 新しく広げた畑の近くで黒狐の巣穴が見つかったという報告書に、シオンは心の中でまたか、とつぶやく。

 それなりに長い間討伐が行われていなかったせいで、魔物の生息圏がぐっと人の生活圏に近づいてきているのだ。エフェドラの協力もあってサイカ周辺の魔物の数は減っているのだが、それでもまだこういう報告が頻繁に上がってくる。

 魔物も一朝一夕に生活場所を変えられないということだろう。

 黒狐くらいならば数が多くなければ農夫でも駆除はできる。問題は、こういう小さい魔物を狙って大型の魔物が迷い込んでくることだ。見つけた巣穴は早々に潰しておかねばならない。


「シオン」

「ああザース。ちょうど良かった、次の仕事をやるよ」

「……分かった」


 元リーダー代理、現一構成員のザースはここのところこういった雑多な討伐に駆り出されてほとんど拠点にいない。

 彼の立場を考えると拠点内は居心地が悪いだろうと考えての采配だったが、実際それなりに腕が立つし、心を入れ替えたらしく黙々と仕事をこなしてくれるのでシオンとしては非常に助かっている。

 初めの頃は彼に武器を持たせて自由に外へ行き来させることに抵抗感を示す者たちもいたが、今では仕事ぶりを認めるようになってきた。いい傾向だ。


「……そういえば一応報告しとくわ。アナベルは結局見つからなかったけど、持ち出していった剣が落ちてるのが見つかったとさ」

「……そうか」


 ザースの元恋人のアナベルも、シオンとしては大人しく働くつもりなら受け入れるつもりだったのだが、やはりというか、彼女は耐えきれなかったらしく、武器を盗んで一人でサイカを出ていった。

 残っていた痕跡から、おそらくシェパーズを目指したのだろう。

 使えない剣などただの荷物でしかないというのに、それも分からず、身を守るすべもなく魔物の多い森を抜けてシェパーズに向かうなどほぼ不可能だ。それに、仮にたどり着いたとしても、現在のシェパーズは周辺国との輸出入取引がほとんど停滞状態で、経済的に打撃を受けている最中だ。何の後ろ盾もない身一つの女が生きていくのは容易ではない。


 荷物になるだけだと気付いて剣を捨てたのか、それとも、()()()()()()()のか。

 分からないが、おそらくシオンがアナベルを見ることは二度とないだろう。


「気にすんな、とは言わんが、まあ、本人の選択の結果だ」

「……別に落ち込んでねえよ。……連中は俺に気を遣って黙ってたみたいだが、出ていく少し前に、腕が立つ奴らにしなだれかかって護衛をさせようとしてたらしい」


 つまりこの期に及んで色仕掛けで男を捕まえて道連れにしようとしていたのだ。


「まじかよ、肉食系女子怖えぇ……」

「肉食系……とは言い得て妙だな」


 思わず前世の用語が出てきてしまったが、ザースはその語感が気に入ったらしくなるほどと口の中でつぶやく。

 その姿が昔の彼の姿そのままで、シオンは思わずくつくつと笑い出す。

 ザースはもとより傲慢なところがあったが、アナベルに惚れ込む前はそれなりに生真面目な男だったのだ。どう考えてもシオンと気が合うタイプではないが、シオンはそんなザースのことが嫌いではなかった。


「笑ってるが、お前も最近そういう肉食系女子に言い寄られてるだろ」

「え? ああ……アイリスか……」


 その名前を口に出して、シオンは顔をしかめる。

 アイリスは少し前にサイカにやってきた女冒険者で、今は公民館の子供達の教師役を引き受けてくれている。

 明るく、子供達に親切だしある程度腕も立つ。子供達も懐いているから言うことはない――のだが、どうも、彼女はシオンに恋をしているらしい。教師役を引き受けたのもシオン目当てではないか、というのがエンレイの予想だった。

 おそらくその予想は当たっている。ものすごく、アピールしてくるからだ。


「俺……ガツガツくる女苦手なんだよ」


 吐き出すように言って、ついでに深くため息をつく。

 前世で付き合っていた恋人は大体そういうタイプだった。そして皆他に男を作ってシオンを捨てた。あなたは全然私のことを分かってくれない、と言い残して――。

 ルルシアからマイナス何万点などと言われたことを考えるとシオンにも問題があるのだろうが、改善しようにもよく分からないのだからどうしようもない。結果として苦手意識だけが残って、美形に生まれてしまった今世は女性が大体怖い。


「お前、モテるくせに女作んねえなと思ってたが……」

「サイカは基本肉食系しかいねえから……」


 それはザースにも分かるらしく、とりあえず拠点の女は全滅だな、と頷いた。


「ならあのほわほわしたエルフの娘みたいなのならいいのか」

「ルルシアのことか。あいつはダメだ。手を出したら手を大剣で斬られる」

「ああ、エルフだしな……」


 ザースはルルシアと同じエルフのセネシオにこっぴどくやられているので、エルフに対するトラウマがあるらしい。ルルシアが斬るのだと思ったのだろう。だが大剣で斬ってくるのは半分ドワーフの男で、ルルシア単体ならば大体平和でふわふわした生き物だ。

 

「あとは、子供の中に一人いたろ、兄貴に剣を教わってた気の強い女が。あいつなら気は強いが、男にすり寄るようなタイプじゃないだろ」


 ザースの兄、リザーに剣を教わっていた子供といえばエリカだ。

 彼女は芯の強い娘だ。そして彼女なら確かに、男に自分から言い寄ったり色仕掛けをしたりというタイプではない。


「エリカは凜としたいい女になるだろうな。ああいうタイプは好きだな」

「ならそれでいいじゃねえか」

「は? それって何だよ。そりゃあそのへんにエリカみたいなタイプの女がいればいいが……」

「は? そのへんって……」


 何を言っているんだという顔のシオンに、ザースも何を言っているんだという表情を浮かべた。そして少しの間を置いて、ザースが「……なるほどな」と、呆れ果てたとばかりの声を出した。


「お前、あのガキがお前に惚れてるの分かってなかったのか」

「惚れてる……? いや、あっちからしたら俺なんかおっさんだろ。それに俺にしたらエリカは妹みたいなもんで――」

「お前がどう思ってようと向こうはお前を兄貴だとは思ってねえよ」

「え……そう正面から言われると微妙にへこむんだが……」


 シオンは公民館の子供達と接するとき、親代わりは無理でも、せめて兄の代わりになりたいと密かに思っていたのだが。


「そこはへこむところじゃねえよ! お前……スカした野郎だと思ってたがとんだポンコツだな。子供だろうが女は女だ。妹みたいとか本人に言うなよ」

「あー、それ前に似たようなことをセネシオに言われたな……」

「すでに言われてんのに分かってねえのかよ。お前、本当にやべえな」

「いや、だってエリカは十三歳だぜ」

「関係ねえよ。十三なら二年経ったら成人するし、十年経ったら今のお前より年上だ。ああ、お前と話してると頭がいてえ」


 そう言ってザースはいかにも『頭が痛い』とばかりにこめかみを押さえて、シオンが持っていた黒狐の巣穴に関する報告書を奪い取った。


「ここに行って狐を追っ払ってくればいいんだろ」

「あ、ああ。ついでに」

「大型の魔物が近づいてきてないか確認だろ。分かってら。じゃあなポンコツ」

「だれがポンコツだ!」


 シオンの返事が終わらないうちに、ザースはさっと部屋から出ていった。


「……エリカが……? いや、だって……」


 ザースの勘違いだろ?

 組織内は人手不足で皆駆け回っていたため執務室にはシオン以外の者はおらず、そのつぶやきに答える者はだれもいなかった。



***



「だから、私、エフェドラに行こうと思います」

「……エフェドラか」


 ザースに言われたことが頭から離れないというのに、その数日後にシオンの元を訪ねてきたエリカはまっすぐした視線でエフェドラ行きを決めたことを告げてきた。

 エリカは冒険者への憧れが強い。ルルシア達のような本物の冒険者を見て、それに触発されるのは当然だろう。エフェドラの教会の護衛官見習いの誘いは相当に魅力的だったはずだ。それでもサイカの中が落ち着くまでは、と今まで留まっていたのだ。

 彼女の中で一つの区切りをつけられる程度には、サイカを立て直せたのだろう。


 それはうれしく、誇らしいことのはずなのだが。


「分かった。公民館の方は気にかけておくから、心配するな。自分で納得できるまで頑張れよ。……でも、いつでも戻ってきていいんだからな」


 最期に未練がましく、余計な一言を付け足してしまう。

 彼女の将来を考えれば、サイカの存在は足かせになりかねない。戻らずとも、彼女がエフェドラで暮らすことを選ぶならそれでかまわないのだ。そう思っていても、その言葉は喉から出てきてくれなかった。


 シオンが自分のふがいなさにこっそりへこんでいるところで、エリカが微妙に落ち着かない様子で視線を泳がせ始めた。


「あの、私、たまに帰ってきます。皆のこと気になるし、それに」


 そこで、深呼吸を一つ。

 少しだけ潤んだ紫色の瞳が、まっすぐシオンを見つめる。


「シ……シオン様に会いたいので」

「!!」


 わずかに震える声でそう言ったエリカの顔は、面白いくらいに一気に真っ赤に染まる。そして、言葉を失ったシオンの返事を待つことなく、勢い良く頭を下げた。


「私、サイカを……シオン様を守るために、腕を磨いてきます!」


 そのまま、エリカは逃げるように部屋から飛び出していく。

 シオンが呆然としている間に、足音はパタパタと遠ざかっていってしまった。


「…………」


 シオンはため息をついて、片手で自分の顔を覆う。

 頬が、あり得ないくらい熱くなっている。


 子供だと、妹だと思っていたのに。

 彼女の瞳の美しさから、目をそらせなかった。


「ってか、言うことが男前すぎんだろ……」


 惚れちまうだろうが……というつぶやきは、やはりだれにも届かずに、部屋の中でひっそりととろけて消えていった。

エフェドラの教会の護衛官見習いについては150話です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ザースとシオンの会話好き
[一言] シオンやっと!やっと!気づいたか!! エリス!惚れるって!惚れたって!いけるよ!頑張って!! この2人好きなもんで取り乱しました。 更新ありがとうございます!
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