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164. 約束をしよう

神の子のルチアさん視点です。

 エフェドラはあまり産業が盛んではなく、アルセア教会への巡礼者や観光客がメインの収入源となっている土地である。

 ――のだが。


「セネシオさんがテインツの霊脈を移動して窪地作ったせいでエフェドラの観光客がテインツの方に取られてるんですけど! どうしてくれるの、これ?」

「あははは、ごめんね」

「もう! テインツは工業で発展してるくせに観光客まで持っていくなんて。もうこれはルルをうちにもらわないと割に合わない事態なんだけど」

「おや、まだ諦めてなかったんだ。ルルシアちゃんのこと」

「そりゃあチャンスがあれば」

「分かってるだろうけど、ディレル君がテインツから離れない限りルルシアちゃんも離れないでしょ。ディレル君はテインツの皆さんが手放さないだろうしね」

「分かってるよ!……まあ、そばにいたらいたで色々大変だから離れてるくらいで丁度いいんだろうけど」

「それは、弟くんが?」

「……そう」


 セネシオの言葉に、ルチアは大きくため息をつく。

 双子の弟のハオルがルルシアにかなりの好意を寄せていることには、実はルチアも早々に気付いていた。だが、ルチアの見る限り、初めからルルシアとディレルはお互いに惹かれ合っていたし、途中からはディレルが完全に周りを牽制していた。

 前世の知識によると、相手にアクセサリーを贈るというのは独占欲の現れだ。しかもお手製で、彼女のために作られた彼女を守るための物だなんて――。

 つまりどうあがいても弟には勝ち目はなかったので、彼が諦めるのを温かく見守るつもりだった。

 なのに。

 二人の結婚の報せを聞いたハオルはルチアの予想に反してニッコリと穏やかに微笑んだ。

 曰く、「結婚したって、別れればフリーでしょ?」と。

 神の子として囚われるように育ってきた弟に、強く育ってほしいとは思っていたが……まさかこういう困った方向に強くなるとは予想外だった。

 彼にはできれば新しい恋を見つけて欲しいしせめてストーカー殺人はやめて欲しいな、と、心から願っている。


「ハオのことはもう触れないで。それよりも、セネシオさんはまたふらふらと旅して回るつもりなの?」


 セネシオはテインツでの約束――霊脈移動を完了させたあと、しばらく霊脈の様子を見ていたらしいのだが、特に異常なしと判断したためテインツを離れてその足でエフェドラへとやってきていた。

 しかし、彼は別にエフェドラで暮らすつもりはなく、ちらっと教会をのぞいて去るつもりだったらしい。それをルチアが発見して捕獲して応接室に引きずり込み、今に至るのだ。


「そうだね。テインツでの約束は果たしたし」

「私が気付かなかったら挨拶もなしのつもりだったでしょ。冷たすぎない?」


 今、ハオルはキンシェに剣の稽古をつけてもらっている――サイカからやってきた同い年の少女が剣の訓練を受けているのを見て触発されたらしい。(ルチアとしてはその剣技がストーカー殺人方面に活用されないことを願っている)――ためここにはいない。カリンは非番で、今ルチアについているのはセネシオとはあまり面識のない護衛官である。


「あと二ヶ月くらい先だけど、私達の成人のお祝いでお祭りみたいなことをするんだって。成人のお祝いはともかく、お祭りは楽しそうだからそれまで滞在したらどう?」

「お祭りかあ。来れたら来るよ」

「それって断りの常套句じゃない。そんなにここに滞在するのって居心地悪い?」


 むうと頬を膨らませたルチアに、セネシオはそうじゃないよと困ったように笑った。


「俺ね、基本的にあまり未来の約束はしないことにしてるんだ。……テインツに関してはあのままだと皆困るだろうし、シャロちゃんのこととか他にも気になることがあったからやむを得ず約束したけど、本当はすごく嫌だったんだよね。今それが終わってホッとしてるからしばらく自由でいたいんだ」

「? それはセネシオさんがろくでなしだから?」

「ルチアちゃんは評価が厳しいね」

「やだなあ冗談ですよ。……じゃあ、約束があったら自由に旅できないから?」

「それもあるけどね、一番の理由は約束を守れないかもしれないのが嫌だからだよ」

「守れない、かも?」


 そりゃあ、なにか事情があって守れないことだってあるだろうけれど、と、ルチアは首を傾げる。


「簡単に言うとね、俺が来月、もしかしたら明日にはもう死んでるかもしれないからさ」

「……もしかして病気?」

「違う違う。――あのね、実は純血種のエルフで、寿命を迎えて死んだ人はまだいないんだ」

「純血種っていうと古代種でしょう? 人数はすごく少ないって聞くけど……」

「うん。魔物に襲われたり、病気だったり、自殺だったりで殆ど残ってない。……でも、寿命を全うして死んだという話は聞いたことがない」


 現代ではエルフに限らずどの種族でも別種族との混血が進んでいる。

 その影響で、時代を追う毎にエルフの寿命は短くなり、ルルシアの話によれば現在では長く生きて五百年くらいだという。

 血が混じっていないエルフほど寿命は長い――ならば、純血種は?


「えっと、でも、純粋なエルフは不老不死……ってわけじゃない、よね?」


 流石にね、と笑ったルチアに対し、セネシオは特に笑うでもなく小さく首を傾げた。


「どうだろう。緩やかに衰えている感覚は微かにあるけど、それだって気のせいかもしれない。普通の生き物のように老いて死ぬということはないのかもしれないんだ。――でも、だからこそ逆に、今日がその『純血種のエルフが寿命を迎える日』なのかもしれない。……もしかしたら今日普通に眠りについて、そのまま明日は目覚めないかもしれないっていうのはいつも考えてるんだよね」


 いつもどおりの調子でさらっと話しているが、内容がおそろしすぎる。

 ルチアは前世で突然命を落としてこの世界に生まれ変わった。だから、人生が儚く終わるものだということを知っている。

 明日、自分が生きているとは限らない。今でも時々そう思うことはある――けれど、そう思うたびに足元の地面が消えてしまったかのような不安な気持ちになるのだ。

 それをいつも考えている――。


「……それって怖くない?」

「怖くないよ。多分そういう普通の感覚は、もうとっくの昔に壊れちゃってるから」


 何千年も生きていて、正気を保っている方が異常なのだと、彼は笑った。


「ああ……、でも一つだけ約束したんだ。ルルシアちゃんにね、もし俺が完全に壊れて人に危害を加えちゃいそうになったら、その前になんとかテインツに戻るから殺してねって頼んだ。ルルシアちゃんは俺が姿を変えていても魔力の気配で見分けてくれるからさ」

「それってルルが……」


 かわいそう、と続けるのはためらわれて口をつぐんだ。

 きっといつものように冗談めかして話したのだろう。でも、ルルシアはルチアと同じ転生者だ。

 命が終わる、その意味を知っている。

 セネシオもそれを分かっていてルルシアに言ったのだ。きっと冗談などではなく。


「そうだね、我ながら酷いお願いだと思うし、そうなる前に自分でお終いにできるのが理想だと思ってる。……けど、ルルシアちゃんからは『じゃあヘッドショットで即死させてあげるからわたしの弓の腕前が落ちる前に戻って来てね』って言われたよ」


 そんな内容なのに、彼は珍しく本当に嬉しそうに微笑む。

 彼が欲しかったのは、自分の命を終わらせる約束――それとも、帰りを待つ人だろうか。


(でも、セネシオさんが本当に帰りたいのは、恋人だったアルセア様の眠る、このエフェドラじゃないのかな……)


「……もしテインツにたどり着けなさそうだったらここに来たらいいよ。なんかこう……神の子のすごいパワー的なもので息の根を止めてあげるから」

「すごいパワーってなに?」

「よく分かんないけど、とにかくものすごいやつ。――だから安心して帰ってきたらいいよ。あ、でもルルみたいに見分けられないから、帰って来た暁には自己申告をお願いします」


 セネシオはぱちくりとまばたきをしてルチアの顔を見つめて、そして、笑い出した。


「そうだね、じゃあ頑張って帰って来るよ」

「うん、約束ね。約束破ったら針を千本飲ませるから」

「え、なにそれ!?」

「私の前世の世界では一般的な儀式ですよ」

「ルチアちゃんもルルシアちゃんも、よくそんな世界で生きてたね……?」


 一体、ルルシアが前に何の話をしたのかは分からないが、セネシオはかなり引いた顔をしている。

 それに対し、ルチアはニヤッと笑ってみせた。


「慣れると快適な世界だよ。あっちも――ここも、ね」

ひとまず番外で書こうと思っていたことはこれにてお終いになります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


どうでもいい補足:

ルルシアさんが以前話した(107話)のは封神演義に出てくる炮烙のことです。

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