表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/167

162. ライノールさんの話(3/3)

最終話の直後の話です。


感想、評価、ブクマありがとうございます!

そして誤字報告ありがとうございます!!キャラの名前間違いすみませんでした…( ;∀;)

 予想通り、ビストートは資材置き場で木材を削って、観察して、記録して……ということを繰り返していた。熱心に記録している手元を覗き込むと、どうも削った場合の魔力変化を調べているらしい。

 息子と同様、ライノールがすぐそばで覗き込んでいてもビストートは全く気付かず作業に没頭している。

 ライノールは腕を組み、ため息をついた。


「で、ギルド長殿はここで何をしているんですかね」

「え!? ライノールさん……え? あれ、もしかしてもう朝!?」

「徹夜か……朝どころか客も集まってるし、なんならもう始まってますよ」

「え、あ……あー……とりあえず着替えてきます……」

「そうしてください」


 さすがにやってしまったという自覚があるらしく、ビストートは肩を落としたまま作業着の木屑を払って、足早に資材置き場から出ようとして、――足を止めた。


「一つだけ、ライノールさんに聞いておきたかったことがあるんですが」

「何すか。急がないと、さっきアンゼリカさんが人を殺しそうな顔をしてましたよ」

「あー、ははは……まあそれは……どうにかなるでしょう」


 ビストートは若干うつろな目をして笑い、そしてゴホンと咳払いをした。


「今更ではあるのですが、ディルがルルシアさんと一緒になることについて、ライノールさん自身はどう考えているのかな、というのを聞いておきたかったんです」

「俺が?」

「はい。ライノールさんはルルシアさんとの間に一線を引いて、彼女の選択には口出ししないようにしているようにも見えますが……でも、本当は大事な家族だと思っているでしょう?」


 ライノールはルルシアが自分で決めたことに対して、よほど問題がない限りはあまり口を挟まないようにしている。そして確かに、家族ではないのだからと一線を引いていた。

 ビストートとはそこまで接する時間は長くなかったはずなのだが、よく見ているな、とライノールは苦笑する。


「……まあ、ギルド長の言う通り大事な家族ですね。だから俺は、ルルが笑っていられるなら他のことは何でもいいんです。ディルのことは俺も気に入ってるので、尚更良かったなって思っているくらいで。……あえて言うならディルに三百年くらい生きて欲しいところですがね」


 ビストートは、自分で聞いておきながらライノールが素直に認めるとは思っていなかったのか、その言葉に驚いた顔をして、そしてふにゃりと破顔した。


「それはだいぶ無理難題だなあ……」

「まあ、そういう感じなんで、ギルド長はさっさと会場に行ってやってください」


 若干の居心地の悪さから手で追い払う仕草をすると、ビストートはそうだったと顔をしかめた。怒れるアンゼリカのことを思い出したらしい。


「じゃあ、私が生きていたら会場で会いましょう」

「……健闘を祈ります」


 先程ドレスの裾をつまんで「装備の防御力が……」と嘆いていたルルシアといい、もしかしてここは戦場だったのだろうか。

 ライノールは苦笑しつつ、慌てて駆けていくビストートを見送った。


 さて、ルルシアに逃げないと宣言した以上、ライノールも会場に顔を出すべきなのだが。


(いてやる、とは言ったが、別に会場にいるとは言ってないからな)


 ディレル曰く「無駄に広い」この屋敷は、中庭を見渡せる場所が何箇所かある。

 その一つが客室棟と母屋をつなぐ渡り廊下で、その三階部分は角度的に会場側からは見えにくいという穴場だ。

 ルルシアは「裏切り者!!」と後で騒ぐだろうが、きちんと言質を取らないのが悪いのだ。うんうんと頷き、ライノールはそちらへ足を向けた。



***



 しかし、向かった先にいた先客の姿を見てライノールは「げ」と声を上げた。


「よくこの場所を知ってたな」

「ディレル氏に聞いた。だか、お前は会場にいるべきだろ」


 廊下の窓に寄りかかっていたのはアニスだった。

 彼女も招待されていたのは知っていたし、性格的に人前には出ないだろうとは思っていたが、まさかこんなところで鉢合わせするとは思わなかった。

 アニスはいつものようにマントを羽織ってはいるが、他に人がいないからか、珍しくフードはかぶっていない。明るい赤銅色の、まるで彼女の性格のようにまっすぐな髪が鈍く光を反射している。

 彼女の髪や顔をずいぶん久しぶりに見た気がするな、と眺めていると、返事をしなかったことに腹を立てたらしいアニスがじろりと睨みつけてきた。ライノールは肩をすくめる。


「ちゃんと会場付近にいるだろ」

「……ディレル氏はここを教えてくれたついでに、どうせライもこっちに来るんじゃないかと予言していた」

「あいつ予知能力者かな」

「ライがこっちに来たら窓から叩き落としておくと言ったんだが、『それでもいいんですけど、多分ルルが泣くから』と止められた」

「『それでもいい』っていう一言は余計だな」

「常に一言余計なお前の言っていいセリフじゃあないな」


 確かにな、と笑いながらライノールは窓の外を眺めた。

 会場は皆が自由に散ってそれぞれ歓談している。特に混乱した様子はなく、ルルシアも落ち着いた様子で人と話をしていた。


「……しかしディルの奴、俺がこっちに来るのを予言してた割には、さっき会った時に何も言ってこなかったな。後でルルの機嫌が悪くなるのだって予想できただろうに」

「ディレル氏の気持ちは分かる。拗ねて怒っているルルは最高に可愛いからな」


 うむ、と頷くアニスに、思わず「うわ……」と声が出る。


「お前ら……本当に重症だな。――しかし、アニスはディルを敵視してるのかと思ったら随分と仲良さげだな」

「本音を言うと非常に面白くないが、彼はルルの可愛さをよく理解しているからな。他の男よりはずっと信頼できる」

「判断基準が気持ち悪いな」

「ふむ。そうか、その窓から叩き落とされたいんだな?」

「すみません。アニスさんのおっしゃる通りです」


 アニスはふんと鼻を鳴らし、遅れて会場にやってきたビストートと話を始めたルルシアに目を向けた。

 どうやらビストート氏は無事生きて会場に辿り着けたようだ。横で腕を組んで仁王立ちをしているアンゼリカをディレルが宥めている様子が見えた。


「――それに、ライが認めたのなら問題はないさ。お前がルルを任せられると判断したのなら、私はそれを信じるよ」


 ぽつりと独り言のような声が聞こえて、ライノールはアニスの方に目を向けた。彼女は眩しいものを見るようにやや目を細め、まっすぐにルルシアを見つめていた。


「アニスさん、もしや熱でもあるんですか」

「お前は本当に腹が立つな。そういうことを言うから褒めたくないんだ」

「アニスが俺を褒めたことなんて、今まであったか?」

「ないな」

「即答かよ」


 アニスは当然だろうと鼻を鳴らす。


「褒めたくはない、が、感謝はしている。ルミノアたちが亡くなった知らせを聞いて、それでも私が落ち着いていられたのは、ライがルルの側にいてくれると信じられたからだ」

「別に、俺がいなければいないで、お前は上手くやってたと思うけどな」

「それは買いかぶりすぎだよ。……私はルルの将来を思うあまり厳しく接することしかできなかっただろうし、オーリスの他の連中はあの子を甘やかすだけだからな。お前のように適当な態度で適当に面倒をみたり適当に突き放したりする奴が必要だったんだよ」


 話の流れ的に褒められているのかと錯覚しそうになったが――ライノールは眉間にしわを寄せる。


「……それは本当に褒めてないな」

「お前など死んでも褒めたくないので褒めてはいないし、本当は感謝もしたくない。ただ、あの子には家族が必要だったし――お前は『家族にはなれない』と言ったが、そういう適当な距離感でいられるのが家族というものだろ」

「さあな。分からんが、まあ、今は家族だと思ってるよ」


 ライノールの返事にアニスは少しだけ微笑んで、その顔が彼から見えないよう、ことさら熱心に窓に張り付いた。


「――それにしてもルルは奇跡のように可愛いな。青のドレスもよく似合っている……さすがアンゼリカ婦人だ」

「ああ、そういえばルルの好みやら何やらをアンゼリカさんに教えたの、お前だろ。あいつ、だれかに話したこともないのに好みがばれてるのが怖いって言ってたぞ」

「夫人に助言を求められたから教えただけだ。好きなものに囲まれている方が落ち着くだろ」

「いや、教えてないのに知られてたら普通怖いだろ。ストーカーめ」

「ストーカーじゃない。遠巻きに見守っているだけだ」

「ストーカー犯はだいたいそう言うんだよ」


 と、その時、ルルシアがきょろきょろと何かを探すように会場を見回し始めた。おそらくライノールを探しているのだろう。ビストートと話をした時に何か言われたのかもしれない。

 そんなルルシアへと、ディレルがそばに寄って耳打ちをした。そしてルルシアがこちらを見上げる。


 向こう側からは角度的に見えにくいはずだが、なんとなく人がいるのは分かったのだろう。彼女はキッと眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。


「チビに見つかったな。仕方ない、行くか」

「ああ、行ってこい。――ってライ、何で引っ張る!!」

「ルルにとったらアニスも家族の一人なんだよ。今日はもう、ストーカー行為は諦めろ」


 ニヤリと笑ったライノールの顔を、アニスはぽかんとした顔で見つめ――そして面白いくらいに真っ赤になった。


「スっ……ストーカーではなく見守りだと……! ああもう、分かった! 自分で歩くから腕を引っ張るな!」


 アニスは自らの腕をがっちりと掴んだライノールの手を振り払おうと暴れる。だが、ここで離すと直前で怖気付いて逃げ出しかねない。ライノールは、ここは適当に話を逸らしておくべきだな、と判断して口を開いた。


「あ、そうだ。近くでルルを見て興奮して倒れるなよ」

「……それは自信がないな……」

「いや、そこは自信を持てよ」


 ライノールは呆れと苦笑の混じったため息を落とす。

 そして、すん……と大人しくなったアニスを引きずりながら、明るい笑い声の響く庭へと向かっていった。

アニスは倒れそうになったけれど唇を噛んで耐えました。


次はアドニスさんのお話の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ライノール、自分で認めましたね。ルルを家族だと。 良かった。 アニスはちょっと不憫ですが、いつかルルがアニスからも愛されていると気付く機会があるといいですね。 次のアドニス視点も楽しみにし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ