16. 魔力の流れ
代わりの装置はどれだけ大きいものなのだろうか、と思っていたのだが、用意されたのは公園の水飲み場のような形状で、サイズもほぼ同じくらいだった。
あの、日本の公園によくある『7』の形の、子供の身長くらいの高さのあれだ。
水飲み場で例えると、側面の蛇口がある部分に魔獣結晶を接続し、上の飲み口がある部分が操作部分になるらしい。そして、全体にびっしりと魔術文様が刻まれていた。
そういう装置が一つ、壊れた装置の横に据えられている。
「思ってたより小さい……大きな装置が三つ並ぶのかと思ったのに」
「始めはそういう計画だったけど、物理的につなぐと結局負荷が高くなるってことで、一つの装置に魔術式を分割して表記する形に落ち着いたんだ」
ルルシアの感想に、浄化装置の管理責任者が返事をしてくれる。
その横で、ライノールがディレルの説明を受けながら描かれている魔術文様を読み解いている。
「この部分が浄化の魔術か」
「そう。で、ここがつながってこっちで増幅して流す」
「じゃあここが負荷を減らす部分か……」
魔術文様は内容を理解している方が魔力消費が少なくなるらしい。
しかし、とルルシアは首をかしげる。確かにライノールは昨夜本を読んではいたが、それまで魔術の知識はそこまでなかったはずだ。
「ライ、そんなに魔術文様読めるようになったの?」
「人の仕事場で爆睡してたどっかの木から落ちた小娘と違って、俺は勤勉だからな」
「うぐ……」
ライノールは馬鹿にするように鼻で笑った。
各ギルドの偉い人たちから『エルフ関連で見聞きした内容については内密にするように』という命令が出たため、ライノールも素の口調で話している。
そして、ローブも脱いで顔を出している。
魔力が強いエルフが身に着けているローブやマントは、魔物や敵から魔力を感知されにくいように認識阻害の魔法も織り込まれている。その副作用で、魔法を使うときに若干威力が落ちるのだ。
普段はそれほど気にするようなものではないのだが、今回は念のため脱いでいる。
ローブを脱いだ瞬間、彼の美貌は女性陣のみならず男性陣の視線まで攫っていった。そして、口と態度の悪さに若干引かれていた。
ローブを着ているエルフモードの時との違いにびっくりしたらしい。
***
「では、そろそろ始めてよろしいですか?」
管理責任者が魔獣結晶の入った箱を手に、ライノールに声をかけた。魔獣討伐の後に見せてもらった、あの魔力を遮断する箱である。
ライノールが頷いたのを確認すると、管理責任者は首にかけていたペンダントを取り出した。ペンダントトップには、以前冒険者ギルドのグラッドがはめていた腕輪についていたのと同じ宝石が付いている。
その宝石を箱の魔法陣に触れさせると、かたんと音を立てて箱の鍵が外れた。
箱が開くと同時に、ものすごい魔力を感じてルルシアは少しよろける。
「……ああ、ルルは魔力酔いするんだったな。離れてろ」
「……はい」
よろり、と口元を押さえて魔獣結晶から離れるルルシアの肩をディレルが支えてくれる。
「魔力酔いって……大丈夫?」
「……わたし、他の人より魔力の流れに敏感らしくって、強くて乱れた魔力にさらされると具合悪くなっちゃうの……今はちょっと気持ち悪いだけ」
「乱れた魔力?」
「うーん、音痴な人がいっぱい集まってみんな好き勝手歌ってるみたいな感じ……かな」
「それは……嫌だね」
少し離れた場所にあるベンチに座り、ルルシアはふぅと息をついた。
「ライとか、魔術師さんたちとか、人の魔力ってちゃんと綺麗に流れてるものなんだけど、魔獣結晶みたいなエネルギーの塊は流れがめちゃくちゃで、目が回るの」
「……ってことはあの装置には近づけないってことか」
「うーん、装置が起動すれば流れは安定すると思う。そうじゃなくても、離れてれば大丈夫だから」
「そっか。無理はしないようにね。俺向こう見てくるけど、具合悪かったりしたら呼んで」
今、装置の脇では管理責任者とクラフトギルド長が魔獣結晶をセットしている。ディレルもそこに加わりにいった。
それが完了したら、次はライノールが魔力を流して装置を起動させ、浄化が開始したことを確認出来たら、今魔術師たちが水脈を封じている結界を解除する。
おそらくその時に、多少瘴気や魔物が湧いてくると思われるのでそれを退治する――という流れの予定だ。
新しい装置の方は浄化能力が古い装置より劣るらしいので、もしかするとこの場に冒険者たちが常駐して、集まってくる魔物を都度退治していかないといけないかもしれない。溜まった瘴気による悪影響も気になるところである。
ここで装置が起動しても、以前の浄化能力を再現できる技術が確立するまでの間は大変そうだ。
「じゃあ起動させるぞ」
ついに準備が完了したらしい。
万が一、魔力の暴走などが起こったときに備えて自分以外の全員を装置から離れさせたライノールは、操作部分に手を置くと決められた呪文を唱えた。
その呪文が終わると同時に、操作部分が白く光り出す。その光は刻まれた溝を伝うように装置の表面を走り、やがて光の線によって魔術文様全体が浮かび上がった。
その文様に共鳴するように、水源の湖の水面も白く光り始める。
――その光は数秒ほど続いたが、そのあと静かに消えていった。
「……想定どおりの反応だ。すごいな、本当に起動できた……」
光の収まった水源を見ながら、管理責任者がつぶやいた。
そのつぶやきを契機に、固唾を呑んで見守っていた人々がザワザワと明るい声を出し始めた。
「ライ」
それらの声を聞きながら、ルルシアはライノールのもとへ駆け寄り彼の腕に手をかけた。
先程まで近づけないくらい乱れていた魔獣結晶の魔力は、今は装置の文様に沿って綺麗に流れていた。無事起動し、安定して稼働しているようだ。
「大丈夫? 立ってられる?」
「……大丈夫。ああー、久々にここまで魔力使ったわ……」
ため息をつくライノールの顔は青ざめていた。魔力を一気に放出しすぎて、一時的な魔力切れ状態になっているのだ。
魔力の少ないルルシアはよく魔力切れを起こすのでその辛さはよく知っている。しかし逆に、彼はめったに魔力切れなど起こさないのでこの状態に慣れていない。
慣れているルルシアよりも、だいぶ辛いはずだ。
「ライノールさん、大丈夫ですか?」
ギルド長たちがその様子に気づき、駆け寄ってきた。
「大丈夫……だが、この後はあまり役に立たないと思ってください」
「ええ、十分です。ここからはこの街の者で片付けないといけない事ですから」
この後とは、水脈を封じている結界を解除し、湧いてくる瘴気や集まる魔物をどうにかする事、である。
確かに、装置の起動は別として、今後の運用に関してはテインツの内部でやっていかなければならない問題なので、外部の手を借りて一時的にしのいでも何の解決にもならない。
ルルシアは手伝うつもりでいたのだが、そう考えるとあまり手は貸さないほうがいいのかもしれない、と思い直す。
とりあえず、湖からは離れておいたほうが良さそうなので、ライノールを引っ張って先程のベンチに戻る。
ライノールはベンチにぐったりと座り、湖の様子を確認している人々を眺めながら「あのさ」とつぶやいた。
「……魔術文様を見て思ったんだが、あれの原理は浄化っていうよりも、整流なんだよな」
「うん?」
「浄化っていうと水とか魔力自体をこう、ろ過して綺麗にするイメージだけどさ。ここの水に瘴気が混じる原因は、霊脈から流れてくる魔力の流れが乱れちまってるせいなんだよ。――つまり、汚れた魔力を綺麗にする『浄化』じゃなくて、ぐちゃぐちゃにからまった流れを綺麗に整える『整流』なんだ」
「?……うん」
「――お前、魔力の流れいじるの得意だろ? それならあの装置がやってる魔術と同じことが、……むしろ魔術より自然な形で、絡まってる流れをほどいて整えるってことができるんじゃないかと思ったんだ。あの装置だけだと浄化しきれないみたいだし」
「えーとつまり、装置の能力が足りない分を、私の魔法で補えるってこと?」
「そう。常に浄化が必要な『汚れを取り除く』じゃなくて『絡まりを解く』って考えるなら、一回完全にやれば多少の間は保つかもしれない」
ルルシアは「ふーむ?」と首をかしげる。
たしかにルルシアは魔力の流れを操作するのが得意だ。だが、それは魔力を自由自在に操れるというわけではない。
人でも物でも、持っている魔力にはそれぞれ独自の波長のようなものがある。
ルルシアはその波長を、楽器のチューニングをするように合わせるのが得意なのだ。ただし、相手の波長を操作しているのではなく、自分の波長を変えて相手に合わせる、という方法だ。
例えばライノールの魔法を弓で撃ち出す時は、ライノールの波長に自分の波長を合わせる。
波長さえ合えば他人の魔力でも操作できる。弓にかけられた彼の魔法を、自分の魔法とし扱うことができるのだ。
簡単に言ってしまえばライノールになりすましてライノールの魔力を使う、ということになる。
もちろん、そう簡単には合わせられない。
物理的に触れている必要もあるし、相性が悪ければ合わない場合もある。ライノールの波長に短時間で合わせられるのは、昔からやっていて慣れているからだ。
今回の水源でいうなら、ルルシアが水に含まれる魔力の波長に合わせて、水のふりをするということになる。
そして、魔力を乱し瘴気の原因になっている「絡まり」を見つけて解してやる――という、ちょっと気の遠くなる操作が必要だ。
「魔力酔いですごいグロッキーになりそう……」
「まあ装置が浄化しきってくれて、結界解いても瘴気が出てこなきゃいいだけの話だが」
***
だが、技術者たちの試算は正確だった。
結界が解かれると、装置の稼働前とは比べ物にならないくらいの勢いではあるものの、やはり瘴気が流れ出し始めたのだ。
このまま時間が経過すれば、遠からず魔物が集まってくるだろう。
「解決法を見つけるまでは冒険者が張り付きだな……頭いてぇなぁ……」
グラッドのつぶやきに、エルフたちは顔を見合わせた。




