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158. 致死量のルルシア

ディレル視点。


ワンポイント人物メモ:

アニスさんはルルシアをやばいレベルで溺愛しているが本人に知られたくなくて必死。

 ディレルの工房はもともと過去の住人が自分の趣味で作業するために作った場所なのでそこまで広いわけではない。

 三人もいれば手狭に感じるこの空間に、今日はディレルを入れて四人。うち三名がエルフ。

 純粋に空間の容積的な意味とは別に、美形ぞろいすぎて顔面偏差値的な意味でも圧迫感がすごい。

 その中でもひときわ圧力を放っているのは一人の女性――というよりも圧力を放っているのは彼女だけなのだが。


 いつも通りソファに陣取っているのはライノール。勝手に椅子を引っ張り出して勝手にメリッサが用意していた軽食をつまんでいるのはつい先日サイカでの交渉を終えて戻ってきたセネシオ。そして最後に、腕組して壁に寄りかかり圧力と共に不機嫌オーラをまき散らしているオーリスの森長アニス・オーリス。

 以上の三人が何故かディレルの工房に集まっている。

 ライノールは元より入りびたっているので居ても不思議はない。問題はアニスである。

 どうやら先日、エルフ事務局長のユーフォルビアが、ルルシアとディレルが結婚することを面白おかしくアニスに報告したらしい。結婚することについてはルルシア自身が手紙を送っているはずだが、事務局と各森の間には通信設備があるので直接会話のやり取りができるのだ。

 ユーフォルビアは真面目なアニスをからかうことを楽しんでいるきらいがある。その彼の楽しみのせいで、現在進行形でディレルが睨まれているのだ。

 セネシオはサイカの報告と言いつつ、ユーフォルビアに焚きつけられたアニスが何をするのか興味津々という感じの顔をしているのが憎たらしい。


 しかし、アニスは睨んでいるだけで特に何を言ってくるわけでもない。かと言ってディレルの方から話を振っても無言でうなずくだけなので全く続かない。


「アニス、その『とりあえず何かしら文句つけたいけど特に思いつかないしあんまり言いすぎてルルに知られた時に嫌われたら困るから黙って睨む』ってのやめろよ。ディル困ってるだろ」


 どうしたものか…と困っていると、他人事を決め込んで本を読んでいたライノールが本から目を離して助け舟を出してくれる。ディレルとしてはむしろなぜ今まで他人事のような顔をしていたのか文句を言いたいところだが、まあそれは置いておく。

 一方、アニスは組んでいた腕を解き、わたわたと振りながらライノールを睨みつけた。


「ちがっ…私の心情を推理するのはやめろっ…」


 当たってるんだ…。

 そんな一同の心の声が聞こえそうなほどに分かりやすく狼狽したアニスの姿に若干ほっこりした空気になる。


 と、そこに工房の外の草を踏み分け近づいてくる足音が聞こえてきた。この弾むような足取りはルルシアのものだろう。

 ルルシアさえ同じ空間にいれば、アニスは落ち着いた立派な森長として振舞おうとする。ディレルは真の意味での助け舟の到来にホッとしながら、控えめなノックに「どうぞ」と返事をした。


「エルフのアンテナショップ…」


 扉を開いた瞬間、ルルシアはアニスの姿を見つけてビクッと肩をはねさせた。

 そして出てきたのがさっきの言葉である。ディレルには『アンテナショップ』が何なのかはよくわからないが彼女の前世に起因する言葉だろう。


「セネシオさんの話聞こうと思って来たんだけど、森長も来てたんだね。わたしに声かけてくれればよかったのに…」


 そう言ったルルシアは若干拗ねたような表情だ。アニスが自分より先にディレルの方に来ていたのが面白くないのだろう。

 ルルシアの拗ねた様子はディレルから見ていても最高にかわいい。その表情を向けられた張本人のアニスのダメージは深刻だろう。

 そう思ってちらりとアニスの様子を窺うと、彼女は平静を装うために深呼吸をしているところだった。


「事務局からセネシオ氏に同行してきたからな。どうせ後で合流するのならわざわざ奥方の用事を中断させる必要はないだろう」


 ルルシアが遅れてきたのは『奥方の用事』のためだ。

 彼女は今までディレルの母に捕まって、結婚お披露目のパーティーで着るドレスの調整に付き合わされていたのだ。

 普通結婚パーティーと言ってもそこまで力の入ったドレスなど着ないものだが、アンゼリカとしては『特別な日に特別な服を着る』習慣をテインツで流行らせたいらしくやけに力が入っている。ルルシアの前世だと結婚式だけのために着るドレスがあるという話を聞いて奮起してしまったらしい。

 ウエディングドレスの話なんてしなきゃよかった…とルルシアが遠い目をしているのは少し可哀そうだとは思うが、美しく着飾ったルルシアが見られるならディレル的には非常にうれしいので特に口出しはしていない。


 とにもかくにもアニスは無事平静な表情で乗り切った。だが、ディレルの視界の端でライノールがニヤリとするのが映った。あれは碌でもないことを考えている時の顔だ。


「ルル、森長じゃないって言っただろ」

「あ、そっか…どうも慣れてなくて…」


 森長という呼び方は普通自分が所属する森のリーダーに対して呼びかける場合に使う。だがルルシアとライノールは現在、オーリスの森の管轄から離れてテインツに所属している。つまり、ルルシアにとってアニスは既に『森長』ではないのだ。


「…そうだな、お前たちは既にテインツのエルフだし、私を長と呼ぶのは…」

「えっと、……アニス……えへ、やっぱり急に名前で呼ぶと照れるね」


 ルルシアは少し残念そうな表情のアニスの言葉がはっきりと終わらぬうちに、躊躇いがちに名前を呼んだ。そして彼女は両手で自分の赤らんだ頬を覆い隠す。


 ――俺の奥さんになる人が可愛すぎてヤバい。


「てんっ……」


 アニスは『天使』と言いたかったのだろうか。もしくは天から迎えの天使が降りてきたのが見えたのだろうか。

 ディレルにはその気持ちが痛いほどよくわかるが、アニスの口からはその続きの音が漏れることはなく、彼女は真顔のまま凍り付いたように動きを止めた。

 

「森…違った、アニス。立ったままじゃなくて座ろうよ。はい、ライはソファ詰めて! だらっとしないでちゃんと座る!」

「へいへい」


 ルルシアは固まったままのアニスの手を引き、ソファを占領していたライノールに端へ寄るように促した。

 ライノールがのろのろと端に座ると、ルルシアはアニスの手を引っ張りながらライノールの隣に腰かけた。引っ張られるままアニスも倒れ込むように座る。つまり、ライノール、ルルシア、アニスの並びで三人腰掛けるかたちだ。

 大人三人が並ぶには手狭なソファなのだが、真ん中に挟まれたルルシアはご満悦な笑顔を浮かべていた。隣のアニスの目はすでに焦点が定まっていない。

 アニスを横目で見たライノールは「あーあ」と人の悪い笑みを浮かべた。


「一気に致死量を摂取したからな」

「へ?」

「なるほど、ユーフォルビア君が面白がってたのはこういうことか…」

「局長が面白がる?」


 ライノールとセネシオの言葉にルルシアは不思議そうな顔で二人の顔を見返した。が、二人は「「いや、何でもない」」と異口同音にはぐらかした。


「ルルシアちゃんが気にしなくていいことだよ。そうそう、サイカの状況報告するね」


 セネシオに強引に話を変えられたルルシアはやや不満そうにしていたが、そもそもサイカの状況を聞くために来たのだったと思い出したらしく頷いた。


 サイカとグロッサの間の交渉は無事サイカ側に有利なまま調印となった。

 サイカは今までの亜人排斥の方針を変え亜人を受け入れることを表明したが、周囲の反応はまだ半信半疑と言った雰囲気のようだ。

 しかし、好奇心旺盛な冒険者がちらほら訪れるようになり、中には子供たちの教師役を引き受けてもいいという人物も現れているらしいというのは喜ばしいニュースだ。

 しかし、教師役を受けたいという若い女冒険者の一人はシオン目当てなのでは? という疑惑が一部の子供(主にリア)の中で持ち上がっているため、エリカは日々戦々恐々としているという。


「エリカちゃん、ルルシアちゃんにしばらく残れって言われてよかったって言ってたよ」

「そういう意味ではなかった…いや、そうなのかな? まあ、良かったです…」


 エリカからの伝言にルルシアは微妙な表情をしていた。


「それとルルシアちゃん、シオン君への歌の指導ちゃんと続けてたんだね。なんか、夜とかにたまに聞こえてた怪現象みたいな恐ろしい声が、最近はちゃんとした歌に聞こえるようになったって拠点の人たちが喜んでたよ」

「あ、やっぱりシオン様が音痴なのみんな知ってたんだ…。でもそんなに本格的に教えてないですよ。シオン様って基本的なこと教えればちゃんと守ってくれるので、いくつかアドバイスしたくらいで」


 それでもシオンはあの忙しい合間にきちんと指導の時間を作って教わっていたらしい。恐るべき勤勉さに感嘆を覚えるが、同時にディレルが知らない間にルルシアと二人で練習していたことには若干もやっとするものがある。恐らく二人きりではなかったのだろうが…。

 一応後で問い詰めよう、とディレルが心の中でメモしていると、致死量のルルシア摂取の衝撃から立ち直ったアニスが驚いた顔で口を開いた。


「歌の指導なんてしていたのか」

「アニスも聞いたことあるだろ、ルルの歌。音痴なやつに歌を教えてたんだよ」

「そういえば、小さい頃色々不思議な歌を歌ってたな。確かにうまかった」

「そうなの? 覚えてない」


 首を傾げたルルシアに、アニスは一瞬言葉を失い、目を細めた。


「そうか…そう言われてみれば、あれはお前の両親が生きていた頃の話だな。――その後は、お前も毎日を生きることで必死だったんだろう」

「え…そうなんだ」


 ルルシアと話していて、幼少期の頃の彼女の記憶、それも自分の両親に関する部分がかなり抜け落ちている事にはディレルも気付いていた。

 ライノールももちろんそれは把握していて、両親の死のショックが前世の死の記憶を封じる魔法と共鳴して副作用を起こしてしまったのではないかと考えているようだ。


「んー、ま、いっか。必要なことなら思い出すだろうし。…あ、もしかして昔 勉強したことあんまり覚えてないのもそのせいなんじゃ」

「「それは違う」」


 両側から同時に突っ込まれてルルシアは頬を膨らませた。

 だが彼女はすぐに顔を引き締め、真面目な目をした。


「でもサイカに行って、わたしはもっとちゃんと色々な事を知らなきゃって思ったから頑張って勉強するよ」

「ルル…」


 感極まった様子のアニスがルルシアの頬を撫でた。反対側のライノールも無言で頭をわしわしと撫でる。ルルシアは両側から撫でられて嬉しそうに笑った。


 やっぱりルルは世界一かわいいし間違いなく天使。

 そのディレルの心の中の呟きを遮るように、セネシオが「いいなー」と呟いた。


「俺も混ぜて……」


 そう言いながら椅子ごと移動しようとしたセネシオの足を、ディレルはすかさず踏みつけてその場に縫い留める。


「…ごめんなさいディレル君、君に力いっぱい踏まれたら骨折通り越して砕けるからやめて」

「じゃあじっとしてなよ」

「…ハイ」

ディレルとアニスのルルシア溺愛レベルは大体一緒。


次回で最終回となります。

うっかり忘れなければ明日の朝に更新します。

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