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148. エルフに生まれたかった

 廊下に出るとヒヤリとした空気に包まれ、ルルシアは羽織っていた上着の前を合わせて身を縮こませた。

 今出てきたばかりの部屋からは明るい笑い声が聞こえてくる。明日にはサイカを出発するルルシアたちのために、組織の人々がささやかな宴席を設けてくれたのだ。

 先程までの暖かでにぎやかな部屋の中とは打って変わって、窓から見える明かりの少ないサイカの街の風景は空気の冷たさも相まってとても寂しい景色に見える。

 だが、それもこれから少しずつ賑わいを取り戻していくだろう。


「うー、さぶい」


 手洗いに立って行って帰ってくるだけで体が冷えてしまう。足早に廊下を歩いていると、窓の外にぼんやりと光るものが見えた。


(もしや幽霊…な訳はないか)


 この世界でぼんやり光っていたら幽霊よりもまず魔法や魔術の仕業だ。ということは、あそこに誰かがいるのだ。

 今この建物の中にいる人はザースたちの監視などに当たっている一部の人を除いて広間に集まっている。寒い中わざわざ外にいる物好きならいいのだが、よもや過激派の残党だったりしたら大変だ。

 一応確認しておくべきだろうな…とルルシアはそちらへ足を向けた。



***



「おやいらっしゃい」

「アルニカさん…こんな寒い所で、風邪ひきますよ」


 ほとんど物も置かれていなくて閑散とした訓練場を見渡せる場所にポツンと置かれたベンチにアルニカが一人腰掛け、小さな魔術灯を脇に置いてぼんやりと酒を飲んでいた。


「この程度で寒がるのはエルフくらいさ」

「でも怪我だって治ってないんですから」

「大丈夫大丈夫。ルルシアちゃん寒いならちょっと飲んでいきなよ」

「大丈夫の根拠がないですよね…それにわたし、お酒飲んだことないです」

「おや…一口だけ試してみるかい?」


 グラスを差し出すアルニカの目は悪戯を仕掛ける子供のように楽しそうだった。

 きっと強い酒なのだろう。ルルシアはそう覚悟してグラスを受け取り、恐る恐る口をつけてみる。


「びっ」

「あはははは、やっぱり初心者にはきつかったか」


 ほんの少しだけ口に含んだだけで舌がビリビリしてルルシアは涙目になって思わずグラスを体から遠ざけた。その様子を見たアルニカはひとしきり笑うと、ルルシアから戻ってきたグラスに残った酒を一気に仰いだ。

 そんなことをしたらルルシアなら即倒れてしまいそうだ。だがアルニカはケロッとした顔で「あらもうなくなっちゃった」と酒瓶を振っていた。


「ルルシアちゃんは見た目通りの年齢なんだって?」

「あ、はい。十七歳です」

「いいねえ若くて。それに長生きできるしな」

「アルニカさんは長生きしたいんですか?」


 なんとなく口にして、あ、と思う。アルニカのようなタイプはあまり長寿などに頓着するタイプではなさそうだと思っていたので意外だったのだが、普通に考えたら長生きしたいのが当然だろう。


「すみません、普通そうですよね」

「いや、そうだな。長生きしたいわけじゃない。――あたしはエルフに生まれたかったんだろうな」


 半ば独り言のようなアルニカの呟きに、ルルシアは目をパチクリとさせる。

 エルフに生まれたかった。でも長生きをしたいわけじゃない。

 つまり――


(長生きしたいんじゃなくて、エルフと一緒に生きたかったってこと…ね)


 幼い頃のアルニカは『セネシオのお嫁さんになる』と言っていたのだとセネシオが冗談めかして話していた。

 それにどことなく、彼女にはセネシオに対する無条件の信頼のようなものが透けて見える時がある。


「なんか察したって顔してるね。もうちょっと隠す努力をしなよ」

「えっあっ…すみません…」

「いや物理的に隠せってわけじゃなくてね…」


 慌ててぱっと顔を覆ったルルシアにアルニカは顔を伏せて肩を震わせていたが、耐えきれなくなったらしく吹き出して笑い出した。

 今までそれほど話したことがなかったのだが、アルコールが入っているせいなのか、思っていたよりも彼女の笑いの沸点が低い。


「ああ笑った。ルルシアちゃんは可愛いから教えてあげるよ。…あたしは昔セネシオが好きだったんだよね。ま、フラれたけど」

「ふられた…」

「あいつの普段の言動から考えられないだろ? あたしみたいないい女振るなんて」

「そうですね……でも、ちょっとだけわかるかもです…アルニカさんが駄目とかそういうのではなくて」


 アルニカは組んだ足に肘をついて頬杖をつき、あわあわと上手く説明できずにいるルルシアの方を見てニヤリとした。


「それはルルシアちゃんがあの少年のことが好きだから?」

「えと…そうですね。この先いつかディルがいなくなって、その後にディルに良く似た人が現れて――仮にその人に好意を寄せてもらったとしても、きっとわたしはそれには応えられません。…その人に問題があるんじゃなくってわたし自身の問題です。わたしは多分その人を『ディルに似た人』として見てしまうと思うんです」


 きっとその誰かのふとしたしぐさや言葉の中に、無意識にディレルと似たところを探してしまうだろう。それはとても――


「セネシオもおんなじこと言ってたよ。『俺は君の姿にどうしてもアルセアを重ねてしまって君自身を見てあげられない。君に対してそんな不誠実なことをしたくないんだ』ってさ。不誠実の塊みたいなやつなのに」

「不誠実の塊」


 こんな話の流れではあるものの『確かに。』という言葉しか出てこない。

 セネシオの過去の逸話を考えてみればどう繕っても不誠実そのものだ。


「そんな不誠実の代名詞みたいなやつが、何百年経ってもそこまで大事に思ってる相手に似てたせいで振られるとか本当意味分かんないだろ? 会ったこともない遠くて古い親戚だ。しかも神の子。太刀打ちのしようがなさすぎていっそ笑えたよ」


 初代神の子で、そしてセネシオの恋人だった女性アルセア。

 アルニカは教会に残っている肖像画の彼女に驚くほどよく似ていた。

 そして、伝え聞いた話からして恐らく豪胆な性格も似ているのだろう。


「…それでもあたしがエルフで、長い時間を一緒にいられるなら――いつか絆されてくれたんじゃないかなってね、思ったりしたんだ」


 手元のグラスを見つめながらアルニカはそう言って、ふ、と笑った。


「もう別に恋心なんか抱いちゃいない。今はもうそういうんじゃないし、あの頃どうしようもなかったってのも分かってるけど……何か道があったんじゃないかなってたまに考えちゃったりはするんだよね」


 アルニカを迎えに行ったとき、いつも感情を荒らげたりしないセネシオが怒りに任せて魔法を使ったのは、間違いなくアルニカが傷つけられていたからで――『不誠実なことをしたくない』というのも、きっと『アルニカ』自身を大切に思っているからだ。

 アルニカが外見も中身もアルセアに似ていなかったら、セネシオは想いに応えていたのかもしれない。


(でもそれじゃ全然別人だよね…)


 結局、アルニカがアルニカである限り、そしてセネシオがアルセアを想っている限り、二人にとってお互いがどれほど大切な相手であっても特別な関係にはなれない。


「…世の中うまくいきませんね」

「まったくねえ」


 ポツンと漏らしたルルシアの言葉に、アルニカはそう言って明るく笑った。


「さて酒もなくなったし、戻るかな。ルルシアちゃんだいぶ体冷えただろ」

「いえ、そんなには」

「ん、そう? …ま、あんまり長い間お姫様がいないと野郎連中が心配して騒ぎ出すからね。エスコートさせていただけますか、レディ?」


 立ち上がったアルニカはウインクしながらルルシアの目の前に手を差し出した。

 どう考えてもキザとしか言いようのないセリフとしぐさなのに、アルニカがやると恐ろしくキマっていた。


「…か…っこいい…。えっ、好きです」

「あらま、告白されちゃった」


 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑いながら暖かい建物へと戻っていった。

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