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147. うん。帰るよ

 グロッサからやってきた外交官一行には亜人保護団体の幹部も加わっていて、シオンとアルニカを見るなり綺麗な九十度に腰を折り頭を下げた。


「こちらの監督不行き届きで多大なるご迷惑と損害を与えてしまいましたことまことに申し開きのしようがございません」


 青ざめた顔で、開口一番に一気にそう言い切ったのは丸い大きな耳を持った半獣の女性だった。

 ネズミの半獣らしいのだが、ぺたりとした丸い耳もなかなか…と見つめていたルルシアはライノールに脇腹を小突かれて目をそらした。

 ふわふわのシルバーグレーの髪と、眼鏡の向こうの明るいオレンジ色の瞳が快活そうな印象を与えるかわいらしい女性である。と、いうよりも若干落ち着きがない。そわそわ、あわあわ、ふるふる、と小刻みに動く様子が本当に申し訳ないという言葉を体現していて今にも倒れてしまいそうな有様だった。

 「頭をあげてください」「まず落ち着いて…」とシオンとアルニカが声をかけると、女性は首を大きく振った。


「いえ、いえ、うちの団体は有志の集まっただけの集団ではありますが、所属している者の動向には注意を払わねばならなかったのです。私はサイカの皆様に命を奪われても文句を言えないような立場です…ですがっ」

「パルシーちゃん」


 一人盛り上がってまくしたてる女性の言葉を、セネシオが優しい微笑と共に遮った。大抵の人ならば頬を染めて見とれてしまうようなその笑顔に、パルシーと呼ばれた女性は困ったように首をかしげて見せた。


「な…何でしょうか」

「派手なこと言って憐れみを誘って何か有利になるような言質を取ろうと思ってるんだろうけど、俺は君のやり方を知ってるからそういう演技通じないよ?」


 演技…?

 と、その場にいたサイカ側の人々の空気が固まる。

 パルシーは悲し気に顔をゆがめた。目じりに涙が溜まっている。


「…演技だなんて…そんな…私は本気で…」

「あ、ちゃんと言ってなかったけど俺が連絡したセディだよ」


 せでぃ…と呟いたパルシーの顔からすとんと表情が落ちて消えた。


「――最初に言ってよ。はあ、じゃああなたが件の他種族に化けてたエルフってことね。はいはいはい分かりましたじゃあ交渉を始めましょう」


 パルシーはそう言うとハンカチで涙をぬぐった。そして、先程まで青ざめて震えていたのは夢だったのだろうかと思ってしまうくらいの平静な表情で話し合いの開始を促した。

 パルシーの変わり身の早さにぽかんとしていたシオンは慌てて表情を引き締め、ある程度気付いていたのかやや苦笑気味のアルニカと共にパルシーたちを応接室へと案内していった。セネシオもにこにこしながらそれについていく。


 一団が去っていったその後、彼らを見送ったキンシェは寒気がしたかのように自分の肩を抱いた。


「怖っ…可愛いのに癖強すぎじゃないっすかあの人」

「まあ奴隷商人たちと交渉したりするわけですし、あのくらいじゃないと駄目なのかもしれませんね…」


 ディレルも応接室の方を見ながら頷いてそう言うと苦笑を浮かべた。


 交渉と言っても、元々有利なのはサイカ側である。

 グロッサ内の亜人政策とシェーパーズへのぬるい姿勢に業を煮やした過激派がサイカを犠牲にしてシェパーズとの開戦を強行しようとしたのがことの発端なのだ。サイカはグロッサの内輪の問題を押し付けられる形で中枢を乗っ取られ、大きな損害を出した被害者ということになる。

 被害者であるサイカは、グロッサにとって利益となるピオニーとの食糧貿易ルートという餌をちらつかせながら資金援助、技術援助、人的支援などを可能な限りもぎ取ることを目的として。

 そして加害者となるグロッサは支援を最小限にとどめつつ貿易ルートは確保することを目的として。


 交渉は紛糾し――というよりも最終的にパルシーとセネシオの駆け引きになっていたそうだが、お互いそれなりに妥協しつつ結局はサイカ側に有利な地点に着地することができたようだ。

 文字通り海千山千のセネシオと渡り合うパルシーがまだ二十代と聞いて、ルルシアは世の中にはとんでもない人材が転がっているものだと感心してしまった。

 どれくらいパルシーが強かだったかというと、話し合いの終了後、例によってルルシアたちのところにぐだぐだしにきたシオンが「俺もうネズミも女も怖い…」とうつろな目でつぶやいていた程である。


 そしてその翌日。


 拘束されていた亜人たちは悄然と護送用の馬車に乗せられていった。ただ一人ユラだけは情報提供者でもあり、かつ犯人たちからしてみれば裏切り者に当たるので一人別の馬車に乗せられることになった。


「ひゃっほう特別待遇じゃん!」

「静かにしなさい」

「じゃあねえみんな。また会おうね」

「静かに! しなさい!」

「エリカチャンにもよろしくね!」

「だ・ま・れ!!」


 こめかみに青筋を浮かべた兵士に引きずられてきゃらきゃらと笑いながらぶんぶん手を振るユラに、ルルシアも小さく手を振り返す。やがて彼女が馬車に押し込まれ、やっと静かになった。

 ――と思ったら、どうやら馬車の中で兵士をからかっているらしくくぐもった笑い声と怒鳴り声が微かに聞こえてくる。

 サイカを滅ぼそうとした犯人の引き渡しだというのに、それを見守るサイカ側の者たちは全員呆れ笑いを浮かべていた。


「では、細かい契約内容を本部で揉み直して再度話し合いの席を設けさせていただきます。食料などの支援に関しては喫緊の問題ですので契約成立を待たず、手配が整い次第開始させていただきます」

「よろしくお願いします」


 事務官風の男性がそう言ってシオンが頭を下げた。そのシオンのしぐさは前世を思い出したのかサラリーマンそのものな雰囲気で、ルルシアには前世のドラマなどでよくあった会社の一幕にしか見えなかった。

 その横で肩を怒らせ柳眉をあげているのはパルシーだ。


「…セディ、次は負けないから覚悟しなさい」

「やだなあパルシーちゃん。勝ち負けだなんて些細なことじゃない?」

「くそっ! 次はその綺麗な顔を歪ませてやるよ!」

「完全悪役のセリフだけどそれでいいの?」

「あんたを潰すためなら魔王にも魂を売るわ」


 蛇蝎のごとくとはこういうことだろうか。

 自分の十八番を奪われた形のパルシーは不機嫌オーラ全開ではあったがきちんと挨拶をして馬車に乗り込み、グロッサへと戻っていった。


「これでサイカでの用事は終了だな。冷え込みが強くなる前に帰ろうぜ」


 去っていく馬車を見送り、ライノールがそう呟いて伸びをした。

 ライノールもルルシア同様に寒さが苦手なので本当に早く帰りたいのだろう。


「そうだね…。もうだいぶ本業の方ストップしてるからそろそろ戻らないと各方面からお叱りを受けそうだな」


 そう言いつつもディレルが若干嬉しそうなのは、戻ったら結婚しようというルルシアとの約束があるからか、それともクレセントロックドラゴンの素材というおもちゃが手に入ったからか――どうも、後者のような気がしてルルシアとしてはやや微妙な気持ちになる。


「アドニス氏は一旦エフェドラで拉致監禁ですけどね」

「拉致監禁ってなんだ…?」


 キンシェがのんびりと言った不穏な単語にピクリとシオンが反応する。


「神の子の人体実験の被験者だな」


 アドニスがさらりと答える。

 確かに事実ではあるが、他に言いようがあるのではないだろうか。


「言葉の不穏さが増したんだが…アドニス、なんかヤバいならサイカに残っていいんだからな? 剣技の指南役として組織でそれなりの地位も用意するし住居も」

「シオン様、どさくさに紛れて引き抜きしないでください。アドニスさんはテインツに帰るんですから!」

「チッ」


 わいわい言いながら建物に戻っていくのをアルニカは少し離れて見ていた。


「…そうか、皆帰るのか」


 ぽつりとアルニカの口からこぼれた言葉は誰にも届かない――と思っていたのに、セネシオはそれを耳ざとく聞きとがめて、にやりと笑いながらアルニカの隣に来た。


「おや、アルニカちゃん寂しいの?」

「そうだな。馬鹿みたいに賑やかだったからな…セネシオも一緒に帰るんだろ」

「そうだねー。パルシーちゃんとの決闘があるからその時にはまた来るけど、まあ当座の居場所はテインツかなぁ」

「――そうか、ならさっさと帰れ馬鹿エルフ」


 清々したとばかりに笑って、アルニカは手を振りながら建物に戻っていった。


「うん。帰るよ」


 セネシオはその後ろ姿に少し目を細め、小さく笑った。

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