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145. 面白くないの

「さてアドニス氏、戦おうじゃないか!」


 よく晴れた青空のもと、目を輝かせる子供たちと、興味津々でありつつも見慣れぬ大人の姿に警戒してやや遠巻きに眺めている子どもたちとに囲まれたキンシェはアドニスに剣を向けた。


「嫌だ」


 即座に拒絶の言葉を放ったアドニスにキンシェは「えええ?」と口をとがらせる。


「なんでっすか。これを楽しみにしてたのに!」

「むしろこっちが『なんで』だ。あんたも知ってる通り俺は手が…」

「でも教会を出たときより改善してますよね? 時間が立って回復効果が出てきてるのか、それとも動かし方に慣れてきたのか…あ! ほら、全力で動かしてみたらそのあたりの検証もできるかもしれないじゃないですかぁ。回復向上も見込めるかもだし。もちろんそれなりに手加減はするんで」


 明らかにとって付けた理由を並べたキンシェは庭の中央にスタスタと歩いていく。

 その背中を苦り切った顔で睨んだアドニスはルルシアの方を振り返った。


「おいルルシア…あいつどうにかしろよ。子供に剣を教えるって話だったろ」

「うーん…カリンさんが、キンシェさんは『軽い戦闘狂』だって言ってましたし、一回試合ってあげないと引かないんじゃないでしょうか」

「はあ?」

「まあまあアドニスさん。熟練者の試合を見るのも子供たちの勉強になると思って諦めてください」

「お前な…」

「だってキンシェさんが来るきっかけを作ったのはアドニスさんじゃないですか。わたしは遠慮して声かけなかったのにぃ…キンシェさんは多分何か理由つけて戦う機会ずっとうかがってましたよ」

「…くそっ」


 つーんと顔をそらしたルルシアの様子に観念したのか、アドニスはがっくりと肩を落としてキンシェの方へ向かっていった。

 アドニスが去っていくと、それを待っていたかのようにルルシアの腕をツンツンとつつく者がいた。つつく手の持ち主はアキレアだった。


「なあルルシア…あのキンシェって男、昨日狼のヤツの腕切ってたやつだろ? めちゃくちゃ強かったし動きも全然見えなかったんだけど…アドニスは大丈夫なのか?」

「手加減するって言ってましたし、本来ならアドニスさんもめちゃくちゃ強いので大丈夫じゃないですかね」

「本来ならって何?」

「今のアドニスさんは諸都合で手足が動きにくくなってるんですよ。今治療中」

「あ、さっきなんかそんな話してたな。回復の検証だっけ」

「ま、こじつけですけどね。キンシェさんは強そうな人を見ると戦いたくなる病を患っているようなので」

「うえ、それで治療中のやつと戦うなんてやばいやつじゃん…」

「やばいですけど普段は偉い人の護衛してる人ですし、指導経験も豊富なはずなのでよく見ておくと勉強になるんじゃないでしょうか。わざわざ皆の前でやるってことは多分子どもたちにもわかりやすいよう動くってことでしょうし」

 

 そんな話をしている間に試合が始まる。 

 やはりキンシェは本気で切り合うつもりではなく、アドニスの手足の動きの確認をするように加減をして打ち込んでいた。

 アドニスが対応できればスピードや打ち込む強さを上げ、対応できなければ攻撃を変え――というように、それこそ指導するような試合が繰り広げられる。


「ねえねえルルシアさん!」


 やっぱり左手のほうが若干鈍いかなぁ――などと考えながら見ていたルルシアは再び腕をつつかれて振り返る。

 先ほど話しかけてきたアキレアは他の子供とともに試合を見守っており、今度つついてきたのはリアだった。その後ろには引っ張られてきたらしいエリカがいるが、彼女の視線は試合の方に釘付けになっている。


「昨日の続きを聞かせてもらうわ! まず昨日のローブの人は何? 愛人?」

「違います。あのローブの人はわたしの家族のようなもので…」

「つまりすでに結婚している」

「違います! 親代わりというか…保護者? です」


 ワッと子どもたちの声が上がった。

 試合が終わったらしく、子どもたちがキンシェとアドニスの周りに集まっていた。楽しそうに相手をしているキンシェとは対照的にしどろもどろなアドニスの姿が微笑ましい。

 おそらくそれを本人に伝えると怒るだろうが。

 と、そこでやっとエリカがルルシアに視線を向けてくれた。


「ローブの人ってライノールさんだっけ。ちょっと怖そうな雰囲気だったけどあの人もエルフなんでしょ?」

「そです。ライは口と態度が悪いだけで怖いわけじゃないんですけどね…」

「…口と態度が悪かったら大体怖い人だと思うけど…」


 エリカに指摘されたルルシアは「あれ?」と首を傾げた。たしかに言われてみるとそうかもしれない。


「ライって怖い人だったんだ…」

「ルルシアさんって…まあいつも一緒にいると感覚が麻痺する…かもね?」


 本気で驚いているルルシアに、エリカが曖昧な笑みを浮かべつつ微妙なフォローを入れてくれる。


「ルルシアさんがエルフだって聞いた時はびっくりしたけど、ルルシアさんってば変なのは別として見た目は美人だし…ローブの人もやっぱりかっこいいの?…エリカ見たんだよね?」

「同じエルフのセネシオさんはびっくりするくらいすっごい美形だった。でもライノールさんはフード外さなかったから見てない」

「びっくりするくらいってことはシオン様よりもってこと? 私も見たい! ルルシアさん連れてきてよ」

「リア…あんたねえ…」


 何気に『変なのは別として見た目は』のくだりで微妙に落ち込んでいたルルシアはリアの勢いに押されつつ「ええっと…」と目を泳がせた。


「セネシオさんは拠点でシオン様の手伝いしてるからこっちには来ないですけど、ライなら用事が済んだあとここに来るはずなので多分見ることは出来ますよ」

「本当? やった!」


 リアは小さくガッツポーズをして喜んでいる。

 だが、ここに来たとしてもフードをおろして顔を見せるかどうかはまた別の話である。

 リアはエリカいわく恋多き女らしいので間違いなくライノールの苦手なタイプだ。リアも含めた他の女の子たちにきゃあきゃあ言われて眉間にシワを寄せるライノールの顔が目に浮かぶようだ。

 エリカが周囲に視線を走らせ、少しだけ首を傾げた。


「そういえばディレルさんは一緒じゃないんだね。拠点にいるの?」

「ディルはライに浮気中です」

「は?」


 やや拗ねた感じのするルルシアのその呟きにエリカは聞き間違いだろうかと目を瞬かせる。ライノールという人物は男ではなく女だっただろうか…? などと頭の中を一瞬で疑問符が埋め尽くす。


「あー、やっぱルルシアさん怒ってます? ディレルさん微妙に凹んでましたよ」


 そこに、小さな子供が腰や腕にしがみついた状態のキンシェが声をかけてきた。

 比較的年長の子どもたちはアドニスが面倒をみて、幼い子どもたちの相手はキンシェがするという割り振りになったようだ。――というよりも、幼い子どもたちがアドニスを怖がって近づかなかったのだろう。


「キンシェさん。別に怒ってないですよ?…それよりエリカさん、キンシェさんに剣を見てもらうといいですよ。――キンシェさん、エリカさんは剣を構える時微妙に体傾くの癖になってるみたいで…直したほうがいいんじゃないかと思うんですけど、わたしはあんまり剣のことはわかんないので見てあげてくれますか」

「お? 了解了解。じゃあ見てみましょうか」

「え、あ、はい!」


 戸惑いの中に喜色の混じった表情でエリカはキンシェについて少し広いところへ場所を移した。ルルシアの相手よりも、またとない剣の指導を受けられるチャンスのほうが大事なのである。

 その場に残ったリアはこめかみを押さえながら「うーん、つまり…」と唸る。


「ディレルさんとライノールさんは愛の逃避行中」

「あーそうですね、大体それでいいんじゃないでしょうか」


 言い終わった瞬間、ルルシアの耳元でボワッという大きな音がして、同時に後ろから強い力で体を突き飛ばされた。

 「わ」とよろけてたたらを踏む…が、耐えきれずに転びそうになったところでマントの首を掴まれて引き戻された。


「ぐえ」

「何が、『大体それでいい』んだ」


 突然のことに目を丸くして動けなくなっているリアの前で、ルルシアのマントから手を離したライノールがべちんとルルシアの頭を叩いた。

 誰かに押されたのではなく、ライノールの魔法で風の塊をぶつけられたのだ。


「痛い…あれぇ、早かったねおかえり」

「目くらましの魔術はそれほど長く持たないから今朝早めに出たんだよ。――で、俺とライがなんだって?」


 のんびりした声で答えたルルシアにディレルがにこりと微笑む。


「ディルとライは仲良しだねって話です」

「三角関係!?」

「リアさん違う。目を輝かせないでややこしくなるから」


 嬉しそうに食いついてくるリアの勢いにやや引きつつディレルが苦笑する。ライノールも呆れたような声を出した。


「どうせディルに構ってもらえなくて拗ねてたんだろ? 意地張ってないで付いてくればよかったのに」

「別に意地なんて張ってないってば」


 頭にのせられたままになっていたライノールの手を叩き落とし、ルルシアは「馬鹿にしすぎ!」とむくれた。


「昨日シオン様が言ってたでしょう、サイカには戦いの指導者がいないって。でもアドニスさんだったら面倒見いいし多分子供たちをちょっと見てもらうくらいのことはできるんじゃないかぁって前から思ってたんだ。…まあ本当にちょっとだから焼け石に水だけど、鍛える方向性だけでもわかれば少しは役に立つでしょ? ――で、そろそろサイカからの撤収だって見えてきたしその前に時間があったら…っていうタイミングが今日だっただけ。キンシェさんも来てくれたのは大収穫だったけど」

「へえ…思ったよりもまともな思考だったな。さてはお前ルルの偽物か」

「ライはわたしに失礼なこと言わないと死んじゃうの?」

「よくわかったな」

「……」


 ルルシアはじっとりとライノールを見上げて睨みつける。

 そして――目を大きく開いた。


「あっ…ライ、ちょっとちょっと」

「あ?」


 内緒話があるのだというように手招きするルルシアに、ライノールは訝しがりながら少し身をかがめて顔を近づけた。


「えい」


 だがルルシアは手の届く範囲にきたライノールのフードを迷わず掴み、ばさりと取り払った。


「は? 何して…」

「ぎゃっ」


 何の脈絡もないルルシアの行動にライノールは眉をしかめたが、彼の言葉はおかしな悲鳴で遮られてしまった。


「…?」


 驚いてそちらに目をやったライノールの視界に入ったのは、両手で口元を覆ってふるふると震えるリアの――ライノールは名前を知らないので見知らぬ少女の――姿だった。


「………超絶イケメン!!!」


 一言だけ絞り出された少女のその言葉に周囲の子供やたまたま近くにいた女性たちの視線が集中する。そして一気に黄色い悲鳴が上がった。


「…ルル、後で覚えてろ」

「何の話? ちょっとフードに虫がついてたから払っただけだよ」


 ライノールは顔をしかめて舌打ちをすると、すぐにフードをかぶりなおして寄ってくる子供たち手で追い払った。が、少女たちからは不満の声が上がり一気に騒がしくなる。

 うんざりした様子のライノールを見て、ルルシアはふむと満足げに頷いた。


「我ながらいい仕事をした」

「ルル…さすがにライかわいそうだよ?」


 フードの上から両手で耳を塞いで少女たちの賑やかな声に耐えているライノールをニコニコしながら見ていたルルシアは、ディレルの言葉にムッと片眉を上げた。


「ライは自業自得だよ。…それとディル。今日わたしが付いて行かなかったのは別に意地張ったわけじゃないけど、それとディルがライばっかり頼りにして面白くないのは別の問題なんですよ」

「えっと…それは俺に対しても怒ってるってこと?」


 困ったように首を傾げたディレルにルルシアはずいっと近づいて顔を覗きこむ。


「…ライの方が頼りになるのはわかってるし仕方ないけど、でもディルの一番はわたしじゃないと面白くないの」


 不満げに口をとがらせ、拗ねた顔でディレルにだけ聞こえる小さな声でそう言うと、急に恥ずかしくなったルルシアは真っ赤になって顔を逸らした。


「わたしエリカさんの方見てくるね!」

「え、うん」


 身を翻したルルシアを呆然と見送ったディレルはふらふらとアドニスのいる方に足を向けた。

 

「おいディレル、手が空いてるなら子供何人か引き受けてくれないか」

「え…ちょっと待って…ルルが可愛すぎて死にそう」

「……あー……そうか。死にそうなら仕方ないな…」


 実はあまり怖い人ではないと発覚してしまったアドニスは小さな子供たちに登られたり頬を引っ張られたりして弱り切って助けを求めたのだが、肝心の助けになるはずの人物が使い物にならなくなっている事実に途方に暮れるばかりだった。

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