143. 『うちのチビ』
ルルシアたちは客人という扱いで拠点内の客室への滞在が許可された。
「やった、隙間風がない! しかも広い!」
「…なんつーか、今まで申し訳なかったな」
崩れかけの小屋からきちんとした部屋へグレードアップしたことに喜ぶルルシアに、場所を案内してくれたシオンが憐れみのこもった目で謝罪の言葉を口にした。
「え、今までだって雨がしのげましたし、別に不満はなかったですよ?」
「…まあお前がそれでいいならいいけどさ」
野宿が多いルルシアからしてみれば屋根があって動物や魔物に襲われる心配がないだけでありがたい。が、基本的にサイカから出ないシオンからしたらわからない感覚のようだ。
先程の小難しい話が終わってエリカは公民館へ戻り、アルニカは救護室へ連れて行かれた。そしてユラは監視付きで牢屋だ。つまり客室に滞在する女性はルルシアだけなので広い部屋を独り占めである。
対する男性側はディレル、アドニス、セネシオ、ライノールにキンシェと五人で二部屋を使う事になっている。部屋割がどうなるのか謎だが、どう割り振ってもアドニスが中々可哀想になる面子である。
ルルシアは共有スペースとなっている部屋のメンバーを見回して首をかしげる。
「あれ、…そういえばライがいない」
「あのエルフの兄さんならセネシオと一緒に捕まえた連中のとこに行ってる。魔力封じる?とかなんとか」
「ああなるほど…」
セネシオは転移のせいでかなり疲れていたようなので、魔力を封じるのも今すぐというわけではないと思うのだが。…が、それならばそれで魔法薬が効いているかの確認が必要なのだろう。エルフは口を塞いでも魔法が使えてしまうので目覚めると危険なのだ。
いないならば仕方がない。本当はライノールに聞くつもりだったのだが――ルルシアは両手を腰に当ててディレルに目を向けた。
「ディル、さっき話をそらされたことについてお聞きしたいんですけど!」
「…なんでライがサイカに来てるかってこと?」
「そう! どうして教えてくれなかったの? そもそもなんでライが来てるの? ついでになんでキンシェさんが一緒?」
「あ、俺はついでなんですね…」
「あっ…ごめんなさいキンシェさん。言い方が悪すぎました…ええと、護衛だとしても冒険者ギルドの人とかではないんだなと思って…」
いいんです、俺はついでの男なんで…と、いかにもショックを受けたようにキンシェが片手で目元を覆った。が、口が笑っているので放って置いて良さそうだ。
ディレルは困った顔で「ええっと…ライが来た理由ね」と話し始める。
「今回相手にエルフがいるっていうのが明らかだったから魔力を封じる必要が出てくるはずだってセネシオが言って――でも、エルフの魔力を封じるのって許可がいるんだってね?」
「…知らない」
ふるふる頭を振ったルルシアをシオンが呆れたように見やる。
「なんで知らねえの? エルフのことだろ」
「魔力…魔法を封じるのって難しいんです。エルフは血で魔法を使いますし…そう簡単に使用禁止! ってできるわけじゃないんですよ。だから魔法で罪を犯したエルフは基本死罪ってわたしは教わってましたし」
呆れられても困る。人間の魔術師ならば魔術文様の発動を阻害する文様を体に刻んだりして魔術を使えなくするらしいのだが、エルフは魔術文様や呪文ではなく血で使うため封じることが出来ないというのがエルフの中でも一般的な考え方なのだ。ディレルもそれは知らなかったらしく、そうなんだと驚いたように呟いた。
「…そういえばルルはこの間まで魔法が封じられるの知らなかったもんね。まあ、とにかく上層部の――テインツで言ったら事務局局長級くらいに偉い人の許可が必要なんだってさ」
イベリス各領の事務局局長級というと、その領内のエルフをまとめる存在である。テインツ局長のユーフォルビアはいつでもへらりとしているが、実は彼はエルフ界ではかなり偉い人なのだ。
しかし考えてみればそのクラスの許可が必要なのも当然のことである。魔法を封じられたエルフなど豆腐よりも脆い。そうそう簡単に封じられてしまったら大変なことになってしまうのだから。
「んー…なら、ライが局長の代理として来たってこと?」
「そう。国外ってこともあるし、局長が任地を長期間空けるのもまずいしで直接出向くのはあんまりうまくないからね」
オズテイルはイベリスほど組織がきちんとできておらず、そもそも亜人が少ないので局長クラスに該当するようなエルフがいるのかどうかもわからない。仮にいたとしてもいきなりコンタクトをとるのは難しい。
そこでセネシオはイベリスの方で許可を取ることにしたのだ。
テインツのユーフォルビアならば事情を把握しているし、封印に関してもシャロという前例がある。更に、テインツにはセネシオの頼みを断りにくい理由もある――。
ユーフォルビアの苦笑する姿が目に浮かぶようだ。
そして、同じく事情を把握していて一人で危険な場所に放り込まれてもある程度なんとかできそうなライノールに白羽の矢が立ったということらしい。
「エフェドラの冒険者ギルドから護衛をつけようかって話もあったんですよ。でも冒険者ギルドは一応国のものですから。後々他国の内政に絡むところへ手勢を送ったー…なんて話になっても困るし、ライノールさん本人も別にいらないっていうしで話が消えまして。でも一人で行かせるのも…ってことで、『神の子が危険な土地に行く友人を心配して私兵を貸し出す』――っていう体にして俺がついて来たんですよ」
「ああー…二人にお礼しないとですね」
「ルルシアさんが教会に寄ってくれるだけで大喜びしますよ、二人とも」
今エフェドラは比較的安全とはいえ、キンシェは名実ともに神の子の護衛の筆頭である。そんな人物を貸し出すというのはもう特別の中でも最上級の特別扱いとしか言いようがない。
寄るだけで喜んでくれるとしてもそれだけとはいかないだろう。
「まあ、お礼は後々考えるとして…で、ディルはなんでそれを内緒にしてたの?」
「えーと…ライの意向で」
「…秘密にしてたのはディレルさんの意思ではないですよ」
「どうせライが『黙ってたほうがルルのアホ面拝めて面白いだろ』…とか言ったんでしょう」
むくれて頬を膨らませたルルシアにディレルが苦笑する。そしてキンシェは目を丸くして「一言一句違わず合ってるってすごいっすね」と、ぱちぱち拍手をした。
そのやり取りを眺めていたシオンが不思議そうな顔でルルシアを見る。
「…なあ、あの兄さんとルルシアの関係ってなんなんだ? 兄弟かなんかか? 兄弟だとしてもやたらと距離が近いが…」
ルルシアとライノールの距離は比喩ではなく物理的な意味で近い。基本的に恋人であるはずのディレルよりも近くにいることが多い。しかもルルシアの方から寄っていくのだから、シオンから見ると本当に謎の関係だった。
「ああ、距離といえばライノールさんがルルシアさんの服に手を突っ込んだときの女の子たちのびっくりした顔面白かったですね」
「服!?」
「へ?」
あはは、とキンシェが笑いながらもたらした新しい情報に、人前で服に手を突っ込む関係!?…って何だ? とシオンはさらに混乱する。
当のルルシアもキンシェが何のことを言っているのか分からずに首を傾げた。
「服っていうかマント。ほら、腰のポーチの中から結晶出したときの」
ディレルの補足でルルシアもそれに思い至る。が、
「ああー…え、エリカさんたちそんな驚いてました?」
恐る恐る尋ねたルルシアに、キンシェはもちろんディレルも頷く。
「ディレルさんのことも見てましたよ。『お前黙ってていいのか!?』って感じで。俺吹き出しそうになりましたもん」
「見てたね…」
「ええー…」
なるほど、それでリアの口から『本命がそこにいる誰なのか』などという言葉が出てきたのか…とルルシアは今更納得する。
「…わたしの両親がライの魔法の師匠だったんです。そんでその両親が死んじゃった後はライがわたしの面倒みてくれてたんですよ。なので…うーん、親とか兄弟みたいな感じなんです」
「あーなるほど…もしかしてセネシオが言ってたルルシアの保護者ってやつか」
「たぶんそうじゃないでしょうか」
この世界の成人年齢は十五歳でルルシア自身はすでに成人しているし、別にライノールが保護者だという認識はない。が、ライノールがたまに自分で保護者を自称していることがある。
「ライノールさんってよくルルシアさんを『うちのチビ』とか呼んでますよね」
「…うちの小動物ともよく言ってますけどね」
キンシェの指摘にルルシアはハハっと乾いた笑いとともに付け足す。
ちなみにルルシアのいないところでは『俺の』という言い方もするのだが、混乱を招きそうなのでディレルは黙っていることにした。
正直なところ二人の関係性はディレルにもよくわからないし、言ってしまえば本人たちも分かっていないのだ。
「セネシオがさ、ルルシアになにかあったらあいつとアドニスはルルシアの保護者に殺されるって言ってたんだよ」
「殺されはしないと思いますけど」
単なるオーバーな比喩だ。
ルルシアは呆れて笑ったのだが、キンシェとディレルは揃って首を振った。
「いや、殺されますね」
「俺もそう思う。多分オーリスの森長も一緒になって殺しに来ると思う」
「なんならうちのお子様がたも結託して追手を差し向けてきますよ」
「そ…そんなこと無いと思う…」
「そう思ってるのはルルシアさんだけです」
きっぱり言い切るキンシェにルルシアは「ええー…」と首をかしげる。
「…まあその前にディレルに殺されるだろうけどな」
「否定はしません」
ボソリと呟いたシオンに、ディレルが笑顔で返す。
「しないのかよ! ルルシア、お前爆弾抱えすぎだろ」
「…抱えた覚えはないんですけど…」
アドニスはライノールとあまり関わりたくないなあ(殺されそう)と思いながら空気のように黙っています。




