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140. 俺が倒れるまで

 ストラの表情は絶望に染まったまま。

 その瞳には悲しみが渦巻いたまま。

 ぴたりと動きを止めていた。


「え、…どうなってるんすかこいつ」

「これ…時間を止める魔法?」


 ぽかんとした顔でキンシェがストラを見つめ、以前一度だけ同じ魔法を見たことがあるディレルは、それでも驚いた表情でライノールを見た。


「ああ。薬で寝ないし、殺すわけにもいかないからな」


 渦巻いていた魔力が散り散りになって薄れていくことにルルシアはホッと息をはいた。あまりにも乱れた魔力の流れのせいでもう少しで魔力酔いするところだった。


「ルル、セネシオを呼べ。魔力を封じさせろ」

「あい」


 返事をしてメモを取り出したルルシアの頭にライノールが腕を置いて、グッとルルシアに体重をかけながらため息をついた。


「疲れた」

「重い」

「軟弱な。んあ、なんかお前変な気配するな」


 そう言うとライノールは何の躊躇いもなくルルシアのマントの中に手を突っ込む。


「えっ」


 慌てたのはエリカやリアたちだった。思わずふたりともちらりとディレルの方を伺い、彼が全く気にした様子を見せていないことに戸惑いつつ顔を見合わせた。

 ディレルもキンシェもそんな少女たちの様子に気づいて苦笑を漏らした。

 が、そんな事にルルシア本人は全く気づかず、メモを書き続けながら「あーそれ多分ねー」とのんびり返事をする。


「ポーチのポッケにさっき話してた結晶が入ってるの。ディルが拾った」

「これか…なんだこれ、何かゴミが付いて…菓子クズか?」


 書き終わったメモを魔法でセネシオに宛てて送ると、ルルシアは結晶を光に透かしているライノールを見上げた。


「それはブラウニーですね。包み紙がオイルペーパーだったからちょうどいいと思って」

「あー…そうですか。――しかしこれ、人間の血を濃縮したって言ってたな」


 呆れた調子でため息をついたライノールは後半、声を少しだけひそめた。公民館の子供たちの気持ちを気遣ってだろう。ルルシアも合わせて声を潜め、頷いた。


「どういう手段で手に入れた血液だろうね」

「そこだよな。まあそれはグロッサとサイカが調べることだが」


 経緯から言って、献血のような平和的な形とはとても思えない。

 ルルシアは未だに固まったままのストラに視線を向けた。サイカを崩壊させる決定的な計画は失敗したと思われるが、神の子の襲撃画策も含めてここまでの間にも様々な罪を犯しているのだろう。


「余罪が凄そう…」

「魔力封じておしまいとはならないだろうな」


 ふん、とライノールは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 そうこう話している間も少しずつルルシアが重みに負けて傾いてきているのをディレルがそっと支えた。少し呆れたようにライノールを見上げる。


「ライ、この魔法はいつまでもつの?」

「俺が倒れるまで」

「…今現在だいぶルルに寄りかかってるみたいだけど、具体的には」

「三分もたない。そろそろ吐きそう」


 その言葉を聞いてルルシアはガバっと顔を上げてライノールを見た。


「え、吐くなら離れてね?」

「は? そんな薄情な娘に育てた覚えは無いんだが」

「ライの教えを守って育ってたら多分寄りかかられた時点で振り払ってるよ」

「お前は俺の教えの奥深さがわかってないだけだ」


 それだけしゃべる元気があれば大丈夫そうだな…と誰もが思い始めたところで、突然、誰もいなかったはずの場所にマントを羽織った人物が現れた。


「!!?」


 またしてもエリカたちは驚きのあまり言葉を失う。だがこの場にいる大人たちは皆平然としているため、子どもたちの驚きは『もしかしたらこれはサイカの外の世界ではよくあることなのだろうか…』という戸惑いに変わる。


「やあ、相変わらず仲良しだね」

「やっと来たか」

「ごめんね遅くなって。――それにしても時間魔法なんて久しぶりに見たな。さすがライノール君だねぇ」


 そう言いながら、現れたマントの人物――セネシオはすたすたとストラに近づいて顔を確認し、ため息をついた。


「やっぱりジアストラ君か。…強めの薬で寝かせるからちょっと待ってね」


 セネシオはストラを知っていたらしい。ユラのことも知っているようなので、グロッサにいた頃に所属していたという組織のメンバーだったのかもしれない。

 ――だが、薬とは。

 てっきり魔力を封じるものだと思っていたルルシアは首をかしげる。


「魔力封じるんじゃないんですか?」

「あれ結構魔力喰うから、こう転移連発してるときには使えないんだ。だからエイレンちゃんから薬分けてもらってきた」


 そう言ってセネシオは手に持っていた注射器を見せる。

 思わずルルシアは「う…」と軽くのけぞった。


「…セネシオさん、医師の資格はお持ちで?」

「大昔にちょっとお手伝いしてたことはあるよ」


 大昔って何百年前ですか、という質問は怖くてできなかった。

 セネシオは予想よりも手際よく注射を済ませた。が、途中魔法を解除していいと言われたライノールが、魔法を解いた後ストラの呼吸と脈を確認していたのでルルシアと同じ不安を抱いていたのだろう。

 意識のない状態にさえなってくれれば魔法薬を使うことができる。セネシオはストラの懐を漁って出てきた魔法薬を使って眠らせた。

 

「これで一応入り込んだグロッサの人たちは皆行動不能に…なってないですね?」


 やっと片付いたと思って喋り始めたルルシアだったが、途中でハッとしてユラの方を見た。あまりに普通に混じっているので忘れかけていたが、彼女はストラたちの一味である。


「ああ、あたしのことは気にしなくていいよ?」


 ユラはのんびりとした口調でそういうと、ニカっと笑った。が、彼女はエリカ誘拐に関わっているのだから気にしないわけにはいかない。

 ルルシアは口を尖らせ文句を言おうとしたが、先に動いたのはセネシオだった。


 ユラの足に草の弦がうねうねと絡みついて、彼女の動きを封じる。


「ぎゃ、何これキモチワル!」

「残念だけど気にしないわけにもいかないんだよねー。――ユラちゃんは一応監視が必要だから俺が連れてくよ。寝てる三人はどうせ動けないからそのへんに転がしといて、後で組織の人に回収してもらおう。…というわけで、話の続きは組織の拠点でしようか」


 ここで話してると子どもたちも落ち着かないみたいだし、と公民館の方を指差す。

 確かに二階の窓に子どもたちが張り付いてこちらを見ていた。ルルシアが見上げるとピャッと頭が引っ込んでいく。


「拠点…って、俺らが普通に入って大丈夫なの? ライとか目立つし、部外者どころの話じゃないよね?」


 ディレルが困った顔でセネシオに聞いた。ちなみに困っているのはライノールが今度はディレルに寄りかかっているからである。


「平気平気。俺さっきからこの格好でウロウロしてるし」


 ぱたぱたと手を振りながら軽い調子でセネシオが『この格好』と自分のマントを示した。ルルシアとライノール、ユラ、セネシオ…と、四人もマントやローブで顔も姿も隠している。正直、街中で見かけたら少し距離をとりたい集団だ。

 子供たちが代わりばんこで窓に張り付いているのも頷ける。


「そういえばセネシオさん人間やめたんですか? だからマントなんですよね?」

「色々語弊のある聞き方をするね、ルルシアちゃん。ちょっと防壁が必要でね」

「…なるほど」


 セネシオは他の種族に変身していても魔法を使えるが、何の具合なのか防壁を始めとした一部の魔法はうまく使えないらしい。防壁を使うために変身を解いた――。


(ということは、そういう事態が向こう側で起こってたってことだよね…)


「じゃあ俺は先に戻って犯人回収してもらうように話しておくね。はいユラちゃんは転移の刑~」

「転移ってなn…」


 言うが早いか、セネシオはユラを連れて転移していってしまった。

 後に残されたのはルルシアたちとエリカたち、それに昏々と眠る犯人たち。そして、目の前で行使された魔法の連続に興奮して窓越しにキラキラと瞳を輝かせる子供の集団。


「…子供の相手がしたくなくて逃げたな」


 ぼそりとディレルが呟いた。


「ああ、エルフは必要なこと以外喋らないから。説明頑張れディル」

「人に寄りかかった状態でその言葉が出てくるのすごいね」

「参考までに、子供たちが出てくる前に出発した方がいいと思いますよ。…好奇心を刺激された子供は厄介ですからね…」


 妙に実感のこもったキンシェの言葉に、神の子の世話係の苦労の一端を見てしまった気がしたが、確かに彼の言う通りだ。ルルシアは眠りの中にいる三人を見ながら口を開いた。


「…とりあえずこの寝てる人たちを一時的に施設の人に見てもらうように頼んで、拠点に行こう」

「ねぇ、…あの…」

「はい」


 マントを引っ張られて振り向くと、緊張と不安の入り混じった面持ちのエリカがマントの裾を握っていた。


「拠点、私も一緒に行ってもいいのかな…」

「そうですね、エリカさんからお話聞かないといけない場面があるかもですから、一緒に来てもらえると助かります」

「――うん!」


 エリカはルルシアの言葉にホッとした顔で頷いた。シオンのことが心配なのだろう。

 だがその前にまずは施設の人と話をしなければならない。そのために子供をかき分け…と覚悟を決めて公民館に向き直ったルルシアの前にアキレアとリアが立ちふさがった。


「えっと、お二人とも、どうしました?」


 そう言いながらルルシアは自分自身に『どうしました』じゃないよなあと突っ込みを入れる。

 人間のふりをしていたのに亜人だった。しかも目の前でエルフ同士の戦闘が始まって、おまけに転移魔法。どうしたもこうしたもない。むしろ亜人は公民館に近づくなと言われてもおかしくない状況である。


(いや、普通に考えたらまさにそういう状況だね!?)


 アキレアが口を開く。ルルシアはややしょんぼりしつつ言葉を待った。


「色々聞きたいこといっぱいあるんだけど、拠点に行かないといけないんだろ。ここの大人には俺が話しておくし、ちびどもも抑えておくよ」

「うん、私たちに任せといて。その代わり…ひと段落着いたら話してもらうからね。…エルフとか魔法のこととか」


 あとルルシアさんの本命がそこにいる誰なのか、とか。


 ルルシアの耳元でこっそり付け足された言葉に「え!?」と驚きの声を上げたが、リアはすでに笑いながら公民館の方へ駆けていくところだった。

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