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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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14. ネコのサンドイッチ屋さん

 エルフの特徴的な長い耳がちゃんと隠れるように帽子を深くかぶり直しながら、少し前を歩くディレルについていく。

 朝市はどこもかしこも活気と人が溢れ、気を抜くとすぐにはぐれそうだ。

 特にルルシアは人混みを歩くのに慣れていない上に、帽子がずれないか気になってしまって遅れがちになる。


 朝市はテインツの名物であり、町の中心で毎朝開かれていて毎日たくさんの人が訪れる。

 本当はルルシア一人で見て回るつもりだったのだが、それは昨日ライノールを含めた全員から却下された。

 ルルシア的にはそれが若干不満だったのだが、市場に来て、この状況を見て皆の判断が正しいと悟った。

 一人だったら、人ごみに流されて目的地にたどり着けなかっただろう。

 そういうわけで、ディレルが一緒に来てくれている。彼はライノールからルルシアの好物の話を聞いたらしく、知っている店を紹介してくれるという。

 ルルシアの好物はエルフ的には非常にアレで、説明が面倒なため、それは非常にありがたかった。


「ルルシア、大丈夫? 手をつないでおく?」

「……お願いします……」


 昨日の夜、彼の工房を訪ねてそのままそこで爆睡して、挙げ句に部屋まで抱きかかえられて送ってもらう……という失態を犯し、「一応こっちは男なので、もうちょっと警戒心を持ってください」と苦言を呈され平謝りする……という出来事のせいで、若干気まずい。

 だが、この状態ではせっかくの朝市だというのに周りを見る余裕もない。

 背に腹はかえられぬ……ということで、差し出されたディレルの手を握った。

 

「もうちょっと行けば、道が広くなるから歩きやすくなるよ」


 今二人がいるのは雑貨などが売られている区画で、フリーマーケットのように一般の人達も店を出せるらしく、狭い通路には布を広げた上に商品を乗せただけ、というような店がひしめき合っている。

 いろいろな物があって面白いが、その分歩いている人も多い。

 ここを抜けると食事を提供する屋台が並ぶ広場で、そこから大通り沿いが食材を扱う店になっている。

 そちらは商業ギルドに所属して許可を受けないと出店できないらしい。

 二人が今目指しているのは、その屋台の並ぶ広場である。

 朝食を摂るついでに、討伐で一緒だった獣人のフォーレンがそのあたりで店の手伝いをしているらしく、彼に会いに行くのが目的だ。

 昨夜ディレルが魔術紋様を彫っていたのは彼の短剣で、完成した品を渡すのだという。


 通路を抜けると一気に視界がひらけて、ルルシアは目を大きく開いて「わ……」と絶句する。

 広場の周囲の建物の壁は明るい白で統一されていて、空の深い青とのコントラストが絵画のように美しい。

 中央にはカラフルなモザイクタイルで彩られた大きな噴水が涼しげに水を噴き上げ、その周辺に腰掛けて、食事をしている人達がいる。

 そして、どこの屋台からも美味しそうな匂いが漂ってくる。見たいところが多すぎてどこを見て良いのか、もうわからない。

 目をキラキラさせたまま固まってしまったルルシアに、ディレルは「時間はあるからゆっくり見よう」と笑った。


「とりあえずフォルのところに行こうか。途中で気になる店があったら教えて」


 ルルシアは手を引かれながらコクコクとうなずいた。


***


 フォーレンが働いているのは、広場の西側にあるサンドイッチを売る屋台だった。

 看板に猫の絵が入っていて、パンにも猫形の焼印が入っている。フォーレンと同じくネコ科獣人でエプロンドレスを着た女性が店主のようだ。


(ネコのサンドイッチ屋さん……あざとい……)


 ネコの模様が入ったパン、というだけでも最高なのに、売り子もネコだなんてもう反則である。

 屋台の前で固まるルルシアに目を向けたフォーレンが、元気よく「いらっしゃい!」と声をかけてくる。そしてワンテンポ遅れて、すぐ横にいるディレルに気付いた。


「……って、あれ、ディルじゃん」

「よ、フォル。これ預かってたやつ」

「わざわざ持ってきてくれたんだ、サンキュー」


 フォーレンは布に包まれた短剣を受け取って、嬉しそうに耳をピコピコ動かした。

 先にいた客の対応を終えた店主がディレルの方へ顔を向け、こちらも耳をぴょんっと動かす。耳につけられたイヤリングがシャランッと音を立てた。


「あれぇ、ディレル彼女連れ? あらまあ手なんてつないじゃって珍しい」

「あっ、そうだよディルいつの間に!」

「彼女じゃない。ほら、ルルシアだよ。フォルはこの間会っただろ? ギルドの関係で来てもらったんだけど朝市見たいって言うから」

「えっ、あ!? ホントだルルシアじゃん……格好違うからわかんなかった……てかなんで手繋いでんのさ」

「さっきからこの調子ではぐれそうだから」


 と、ディレルはルルシアに視線を向ける。フォーレンもルルシアに目を向け、ああなるほどと呟く。

 その話題のルルシアの目は、並んでいるサンドイッチに釘付けだった。よだれを垂らしていないのが不思議なくらいに、食欲に支配された顔をしているのだ。


(いろんなスパイスがかかったパストラミのサンドに、炙り焼きチキンの入ったやつ。野菜サンドのソースは何だろう。どう見ても美味しそうなソース……)


 店主がその視線に気付き、耳をピコピコさせつつニッコリしながら声をかけてくる。


「ルルシアちゃんっていうの? 可愛いねぇ。サンドイッチ食べる?」

「はい!」


 思わず即答する。どれがいいだろうか。どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。


「フォルの知り合いならお代はいらないわ。おすすめはこれよ」

「じゃあそれで。でもお金はきちんと払います」

「良いから良いから。ここ座って食べてって」


 パストラミのサンドを渡され、ルルシアは言われるままに店の脇の椅子に腰掛けた。

 お代不要の申し出に戸惑うものの、それよりも手元のサンドイッチの魅力が打ち勝つ。

 ええい、とかぶりつくと黒胡椒の香りが鼻を抜けていった。使っているのは牛肉ではなくて鶏むね肉で、肉自体があっさりとして癖が少ない分、香辛料の味が楽しめる。

 店主に「美味しい?」と聞かれたルルシアは、目を輝かせてコクコクと頷いた。

 ――ルルシアはエルフとしては微妙でも、整った顔であることに間違いはない。

 アンゼリカが用意した服の中では比較的地味で目立たなそうな一着を選んだものの、それでもやはり目を引くらしく、通行人の中から「あの子可愛い」とか「美味しそうに食べてるね」とかいう言葉が聞こえる。


「ふっふー。美少女が美味しそうに食べてるってだけで看板効果抜群よ」

「さすが姐さん商魂たくましい……」

「姐さん、うちの客人を勝手に広告に使わないで」

「まぁ人聞きの悪い。あたしは弟分の知り合いにご挨拶のサービスしただけよぉ」


***


 サンドイッチを食べ終わったルルシアが、ほうっ、と息をついて顔を上げると、先程まで談笑していた店主たちが忙しそうに動き回っていた。

 ルルシアが食べるのに夢中になっている間に、ネコのサンドイッチ屋には大行列ができていたのだ。


「うわ、大人気」

「ルルシアのおかげでね」


 呟いたルルシアの言葉に、横にいたディレルが苦笑気味に返してきた。

 ただ貰って食べただけのに、なぜルルシアのおかげなのだろうか。首をかしげる。


「わたし?」

「うん。それよりおなか一杯になった? まだ何か食べ……」

「まだ食べられる!」


 ルルシアは若干食い気味に答える。好きなものを遠慮せずに食べられる……こんなチャンスはまずないのだから逃せない。

 前のめりにならんばかりのその勢いに、ディレルは小さく噴き出し、肩を震わせながら「じゃあ次行こうか」と手を差し出した。


(なんか今とても馬鹿にされている気がする!)


 だが、そんなことよりも他の店の方が重要だ。差し出された手を取り立ち上がりながら、ルルシアは店主とフォーレンにありがとうございましたと声をかける。


「いえいえこちらこそ。また来てね~」

「また討伐でな~」


 二人とも客対応の合間に笑顔で手を振ってくれる。また店に来るのはだいぶ難しいだろうが、フォーレンとは討伐でまた会うことがあるだろう。


「フォーレンは、ディレルと同じように冒険者と商業ギルドの掛け持ちしてるの?」

「いや、ギルドに所属できるのは十五歳以上なんだ。フォルはまだ十三歳……十四だったかな? だからまだ未所属。あの店は手伝いしてるだけ」

「未所属でも討伐に参加できるんだ」

「ギルドに所属してるヤツが後見人になれば参加できる。いつもウッドラフが後見人になって参加させてるんだ。獣人は能力が高いし、特にフォルは才能があるから期待されてるんだよ」


 なるほど、十三、十四歳といえば年齢的には中学生くらい。子供っぽい言動が目立つと思ったら実際に子供だった。

 勝手な事したら次連れて行かない、とウッドラフが叱っていたのは「次は後見人にならないぞ」という脅しだったのだ。


 さて、次はどこを見ようかと話しながら、とりあえず広場を見渡せる噴水の方へ向かう。

 ルルシア的には随分ご無沙汰な揚げ物が食べたい気分……と辺りを見回した。すると――


 ザァ……


 突然、何かの気配を感じて動きを止める。

 

「ルルシア?」


 固まったルルシアに、ディレルが不思議そうな顔で声をかけてきた。

 だが、ルルシア自身も先ほど感じたものが一体何の気配だったのか、よくわからない。

 集中してみても特に何も感じないし、改めて周りを見回しても特に異常は感じない。他の人々も何か気付いた様子はなかった。


「……多分気のせい。何でもない。それより揚げ物が食べたいです」


 ふるふると頭を振って次の食事を促すと、ディレルはハイハイと笑った。

 結局ディレルとシェアしてもらう形でめぼしい屋台を制覇したのち、香辛料や保存のきく食材を購入し、ほくほくしながらランバート邸への帰路についたのは昼を少し過ぎたあたりだった。

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