129. シオン
既に安全な場所にいるというのにセネシオは目深に被ったフードをはずさずに椅子に座って足を組んだ。
「シオン君にはすでに説明した通り、俺らの目的はアルニカちゃんの救出です。俺らっていうかまあ俺一人の目的に他の三人を巻き込んだんだけどね」
まあ座って話そうよ、とセネシオはシオンにも椅子をすすめた。
「そのついでに、サイカがどうなるのかっていうのを見ておきたかったんだ。本当は基本傍観して、アルニカちゃんが駄々をこねるなら何とか納得してくれる程度まで裏で動いて、それで離れるつもりだったんだよね。でもさ、蓋を開けたらだいぶ状況が悪いし、どうやらザース君の悪事の根幹にエルフが関わってる――そうなるとね、見て見ぬふりはできないんだよ。俺と、ルルシアちゃんは」
「…なんで、あんたとルルシアだけなんだ?」
シオンの疑問に、セネシオは微かに口元を笑みの形にしただけで答えなかった。そしてそのまま話を続ける。
「エルフには厳しい規律がある。細かい決まりは色々あるんだけど、その中の一つ、魔法や魔法を混ぜ込んだ薬を人に危害を加える目的で使用してはならない…現時点でストラはこれに違反してる。――でね、規律違反を発見した場合、発見したエルフは事態の収拾を図らなければならない。これも決まり事」
突然のエルフの規律の話にシオンは戸惑いながら頭を整理する。違反したエルフを見つけたら、見つけたエルフはその事態を収拾させないといけない、という決まりがある。という話らしい。
――見つけた、エルフ?
「じゃあ、見て見ぬ振りできないあんたとルルシアは…エルフなのか」
「正解。エルフの相手はエルフじゃないとちょっと大変だからね。ストラを見つけても危ないからシオン君は手を出さないでね」
シオンは呆然と目の前のセネシオを見つめる。
人間だと思って接していた相手がエルフ…亜人だった。
なぜ亜人がここに…いや、アルニカを助けるためだ。そのために潜り込んだ。別にサイカに害を与えようとしているわけではない。
彼らは亜人だというのに――むしろ、亜人のほうがサイカの人間よりもサイカのことを思って動いていたという事実に歯噛みする。
それと…それなりに心を許していた相手がそんな重大なことを隠していた、ということにもシオンはだいぶショックを受けていた。
「…いや、でもエルフってほら、耳長いんだろ? あんたはどう見ても…」
「ああ、俺見た目変える魔法使えるんだ。今まで魔法で人間の格好してたの。ルルシアちゃんはそういう小細工してないけど、基本いつも耳見えないようにしてたでしょ?」
そう言われて思い返してみれば、ルルシアはいつもフードをかぶっているか耳が見えないような髪型をしていた気がする。
「……エルフってとんでもなく美形で知的な生き物なんだろ。ルルシアはまあまあ可愛いけど知的じゃないじゃないか。それに、あのあほさ加減で俺よりずっと年上だってことか? 嘘だろ…」
「…それ、ルルシアちゃんの前で言ったら暴言だからね?」
セネシオの表情はよく見えないのだが、その後ろの壁に寄りかかって立っているアドニスはシオンの言葉に反応して顔を逸らした。おそらく、笑いをこらえている。
「エルフ・イコール年寄りっていう謎の思い込みってあるけど、ルルシアちゃんは見た目通りの年齢だよ。十七歳。エルフって二十歳過ぎ位までの成長ってほぼ人間と一緒なんだよ。その先の外見の老化がものすごく緩やかになるんだ」
「十七…なら知能はちょっと微妙だがあんなもんか…セネシオはいくつなんだ」
「えー? 秘密ぅ」
人差し指を口に当て小さく首をかしげたセネシオに、シオンはイラっとして思わず舌打ちをした。エルフの年齢など想像すらつかないが、アルニカと昔からの知り合いで、アルニカ『ちゃん』と呼んでいるくらいなので相当年上なのかもしれない。
シオンは大きくため息を吐いてこわばっていた肩の力を抜いた。
彼らは亜人だ。それが事実であっても、彼らが彼らであることに変わりはない。
「…分かった。要はあんたらはサイカのために力を貸してくれるってことでいいんだろ? それなら俺はあんたらがエルフだろうがドワーフだろうがなんでも構わない」
「あ、ちなみにディレル君は人間とドワーフの混血だね」
「あいつもかよ。じゃあアドニスはなんなんだよ」
自棄気味にアドニスを睨みつけると、彼は少しだけ肩をすくめた。
「期待に沿えなくて悪いが、俺は人間だ」
「いや別に期待はしてねえよ!」
彼らが亜人であることを隠していたのはサイカの現状を考えれば仕方がない事だ。
もともとシオン自体がこの世界でイレギュラーな存在だという意識もあり、落ち着いて一度受け入れてしまえば種族の違いにそれほど抵抗感はなかった。しかし…と、エイレンをちらりと見る。
「すまんエイレン…巻き込んじまった。お前が亜人に対して抵抗があるなら…」
「あらやだ。シオンちゃんってばあたしのことそんなちっちゃい人間だと思ってたの? 人間だろうが亜人だろうが男だろうが女だろうが、ざっくりくくったら皆生き物の一種よ。そんなのいちいち気にすることじゃないわ」
「ああ…まあお前はそうか。なんていうか『エイレン』っていう生き物だもんな…」
そりゃそうか、と思いつつもいつものようにおおらかに笑うエイレンにホッとする。
彼(彼女と言うべきか、シオンはいまだに迷っている)は変わり者と呼ばれているシオンを幼い頃からずっと支えてくれた人物なのだ。
「こちらの正体にご納得いただけたようなので、じゃあ次はアルニカちゃん救出の種明かしね。俺はエルフで転移魔法が使えるのでそんな遠くでなければ行ったり来たりできます」
やっぱりテレポーテーションだった。
転移は魔術ではできないが、魔法ではできるのだ。
ファンタジー世界にやや感動しながら、ふと引っかかるものを感じる。
「それ、エルフならできるもんなのか? エリカを助ける時ルルシアがやらなかったのは俺がいたから隠して…」
「あ、違う違う。転移使えるエルフはほとんどいないよ。古代種除いたら俺も一人しか知らないし、その一人も今は使えないし」
「古代種エルフって実在するのか」
「するよー。数は少ないけど現役バリバリで生きてるよ」
「まじかよ…」
「まじまじ。で、俺が転移でアルニカちゃん攫いに行ったら、今まさに殴られててね。頭にきたから魔法で三人ほどふっとばしてきたんだ。だから今拠点は大騒ぎしてるよ」
あはは、と笑いながらそう告げた。
一瞬部屋の中に沈黙が落ちる。
そこに、めまいと吐き気がおさまらないと言ってずっと頭を抱えていたアルニカが、まだ青ざめたままの顔をばっとあげた。
「…だから、なんでお前は騒ぎをわざわざ大きくするようなことしたんだ!」
「だって無抵抗の女性を羽交い締めで殴る蹴るってありえなくない? 俺そういうの許せないんだよねー。それにちょっと身動きできなくしただけで、別に殺したわけじゃないしね」
「だからってもっと他にやり方があっただろう! 仲間を攻撃されればあいつらだって態度を硬化させるに決まってる。あんたは穏当に進めたかったんだろ!?」
セネシオは組んだ足に頬杖をついて、やや大げさにため息を吐いた。
「ねえアルニカちゃん。俺は、無抵抗の相手に笑いながら暴力を振るえる連中を『仲間』だなんて呼ぶ奴らにおもねるつもりはないんだよ」
その声は淡々としていたが、どこか怒りをにじませていた。それに気付いたアルニカはぐっと言葉を飲み込む。
「セネシオさんの言う通りね。軽く小突くのだって論外なのに、アルニカさんは打ち身だらけだしこの感じだと肋骨も折れてるわ。…たとえ相手が本当に罪人だったとしても、正式な刑の執行でもなんでも無い暴力を振るっていい理由なんてないわ」
アルニカの怪我を診ていたエイレンが低い声で賛同する。「ねー。だよねえ」とセネシオが大きく頷いた。
「…だが、シオン坊やの立場はどうなる。これじゃあ完全に敵対することになるんだぞ」
アルニカは呻くようにそう言ってセネシオを睨みつけた。
セネシオが口を開きかけたその時、シオンは「いや」と声を出した。
「…俺も、セネシオの言うことに異論はない。サイカの組織はサイカを守るためのもので、暴力を楽しむ奴らがいていい場所じゃねえんだ。洗脳されてるんだかなんだか知らねえけど、アホザースにも、そのアホザースを代理に選んだくそ親父にも退場してもらう」
少し驚いたような顔をして振り向いたアルニカに、シオンはニッと笑ってみせる。
多分上手く笑えていないのは自分でもわかっているが、それでも続ける。
「でもこれからのサイカを支えるなら俺だけじゃ駄目なんだ。…だから、怪我してるところ本当に申し訳ねえが、アルニカ婆さん、手を貸して欲しい」
「…何だい坊や、改めて。あたしは言われなくてもそのつもりだが」
「いや、今までちゃんと言ってなかったなと思って。――それに、今まで『なんで俺が』っていうのがずっとあったんだ。でも誰かがやらなきゃ取り返しがつかなくなるし、俺がそれをできる場所にいるなら俺がやればいいんだよな。……他にもっと相応しい奴がいるなら喜んで譲るけどさ」
アルニカはしばらくシオンを見つめて、それから呆れたように――だがどことなく嬉しそうに微笑んだ。
「はあ…リザーにくっついて回ってたチビが言うようになったねえ…。最後のがなけりゃ満点やっても良かったのにな」
「…格好つかなくて悪かったな」
「いや、あんたらしくていいさ。…あたしの手で良ければ貸してやるよ、シオン」




