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128. シオンの名前が持つ力

「ルルシアちゃんたちの方に半獣の女の子が接触してきたってさ」


 いったいいつ通信機を使ったのかわからないが、セネシオが別行動しているルルシア側の情報を伝えてきた。セネシオはのほほんと何やら手元で書き物をしているが、半獣はエリカを攫った側なのだ。それが接触してきたとなればそれはかなり緊迫した状況ではないのか。


「接触って…エリカは大丈夫なのか!?」

「今のところ無事。相手も害意があるわけじゃなくて、魔物がサイカを襲ってくるっていうのと、その時通るルートを教えてくれたんだってさ」

「………なんで?」

「エリカちゃんが『ゲームに勝ったから』らしいけど…よくわかんないね」


 ゲームというのはエリカが半獣の女から持ち掛けられた、逃げられたら勝ちというあの話のことだろうが、わざわざ自分たちの計画をばらす意味が分からない。

 頭の上に疑問符が飛び交っているシオンの隣を歩いているアドニスが、ちらりとセネシオに視線を向けた。


「そのルートが分かったっていうことは、あいつらは迎撃するつもりなのか」

「そうみたい。事前に撃退できれば今後修復とか再建の手間は省けるけど…」


 サイカと亜人との融和を考えるならば、魔物をサイカの中心近くまで引き寄せてから自分やルルシアの魔法の威力を見せつける方が()()()()()()。今後出ることが予想される、急激な方針転換に対する反発も押さえやすくなるだろう。――そう考えてセネシオは自嘲気味に笑った。中心に引き寄せるということは、当然、郊外の被害を見ないふりするということでもある。

 ルルシアがその方法に気付いているかはわからないが、少なくともディレルは分かっているはずだ。そのうえで迎撃という判断をしたのなら、ルルシアの意思を尊重した結果だろう。



 言葉を切ったかと思ったら急に皮肉っぽく笑みを浮かべたセネシオに、シオンは眉をひそめた。


「…けど、なんだよ」

「いや、向こうにいたのが俺じゃなくてよかったなって思って」

「そりゃ魔物の群れと戦うなんて避けたいけどさ……いや、っていうかそれ、どう考えても向こうの戦力足りてないだろ! 応援を出す…って言っても組織にもまともに戦えてすぐ動ける奴なんて…」


 セネシオの言葉を、『自分が魔物とエンカウントせずに済んだ』という意味に捉えたシオンは慌てる。そして、セネシオがルルシアたちを見捨てるような態度をとっていることに少なからずショックを受けてもいた。

 ならばルルシアたちはサイカが支援しなければいけない。むしろ、そもそもがサイカの問題なので矢面に立つべきはサイカの者たちなのだ。


 そんなシオンの決意とは裏腹に、やはりセネシオはのほほんとした声で答えた。


「大丈夫だよ。あの二人がいれば大抵どうにかなるだろうし、どうにもならなさそうなら俺のところに応援要請来るだろうし」

「どうにかなるって…ディレルはともかく、ルルシアは戦えるのか?」


 シオンはディレルもルルシアも、どちらも戦っているところを見たことがない。

 公民館の子供たちから聞いた話でディレルやセネシオの腕が立つというのと、エリカの奪還時にアドニスが実力者であるというのはなんとなくわかっているが…――シオンにとってルルシアは、かわいらしくてぼんやりしていて歌の上手い、まあとにかく戦闘とは無縁そうな少女だ。


「ここだけの話、ルルシアちゃんは純粋に攻撃力だけで言ったらアドニス君やディレル君よりも上だね。その代わり防御が苦手なのが心配だけど、今は防御が得意なディレル君が側にいるから大丈夫」

「……嘘だろ」

「信じるかどうかはシオン君に任せるよ」


 ルルシアがアドニスやディレルよりも強いなど、どう考えてもそんなことはあり得ない。名前の挙がったアドニスの顔を見るが、彼は特に反論するつもりはない様で黙っている。もともと無駄なことは言わない男なのでセネシオの冗談に呆れているだけかもしれない。

 だが彼はそれなりにルルシアをかわいがっていたはずなので、本当に危険であればもう少し慌てたりするのではないだろうか。実は別動隊が控えているとか、そういう奥の手が存在するのだろうか。

 セネシオに対する不信感を募らせながら、一行は目的の場所にたどり着いた。


「ここが例の洋品店だね」

「ああ…一応エイレンに準備は頼んである」


 目指していたのは組織の拠点の近くに店を構えている、エイレンの実家の洋品店だった。シオンはセネシオに言われて事前にエイレンにアルニカのための着替えなどの用意を依頼していたのだ。

 いつものように雑多に服が吊り下げられている店頭をくぐり中に入ると、店の奥の方で小山のような影が動いた。立ち上がったその小山――もとい、エイレンはシオンたちを認めるとにっこりと愛嬌たっぷりに微笑んだ。


「あら待ってたわ。そちらがセネシオさんね?」

「おや、頼りがいのありそうなレディだね」

「まあお上手ね。じっくりお話したいところだけど、そう余裕はないんでしょ? 二階ならお客さんも来ないし自由に使ってちょうだい」


 色っぽいドレスを着た、どう見てもガタイの良い筋肉男に顔色一つ変えずにレディと言えるところは本気で尊敬できるな、とセネシオを横目で見ながらシオンは二階に上がる。


「アルニカさんを連れ出すって聞いたんだけど、例のストラの事件で拠点内は今だいぶピリピリしてるの。ましてアルニカさんはまさにその容疑者だもの…シオンちゃんだったとしても会うことすら出来ないかもしれないわ」

「まあそうだろうな。ザース側の主張からしたらまさに首謀者なわけだし」

「ええ。それでも連れ出す目算があるの?」


 シオンとエイレンの視線を受けたセネシオはニッと笑ってから羽織っていたマントのフードを目深にかぶった。


「もちろん」


 そう一言だけ言って、セネシオは文字通りその場から『姿を消して』しまった。


「「!!!???」」


 人一人が、目の前から掻き消えてしまった。

 意味はないと知りながらもシオンは目をこする。だがやはりセネシオの姿はどこにもない。部屋に残ったのはシオンの他には口に手を当てて絶句しているエイレンと、頭が痛いのか顔をしかめて額に手を当てたアドニス。


「ちょ…え? 消え……アドニス!? どうなってんだこれ!?」

「あいつ…説明する前に行きやがった…」

「行った? あいつどこに消えたんだ?」

「…どうせすぐ帰ってくる。本人から聞いてくれ。俺には荷が重すぎる」

「帰ってくる……?」


 顔をしかめたまま、アドニスは面倒くさそうにため息をついた。少なくとも彼にとってセネシオの消失は異常な事態ではないのだ。

 消えて、帰ってくる。テレポーテーションか? 仮にセネシオが魔術師だったとしても、転移魔術は存在しないはずだ。昔、ファンタジー世界なのに瞬間移動はできないと知ってがっかりした覚えがある。伝説に出てくるような大昔のエルフならば出来たのかもしれないが…。


「ただいまー」

「…セネシオ! お前!!」

「転移後すぐ騒ぐと…ああほらこの間もそうだったのに学習しないなぁ」


 夢のようなことを考えていたら、何の前触れもなくセネシオが初めと同じ場所に戻ってきた。めまいを起こしたらしく足元をふらつかせ非常に具合の悪そうなアルニカを連れて。


「…本当に帰ってきたし連れてきた」

「エイレンちゃん、アルニカちゃんの怪我の具合診てくれるかな」

「……ハッ! あらやだ腫れてるじゃない! ちょっと見せて…殴られたのね…」


 ずっと固まっていたエイレンは名前を呼ばれて我に返り、アルニカの様子を見て真剣な顔になった。

 エイレンの言う通り、アルニカの頬は赤く腫れていた。先程肩を押さえて顔をしかめていたので、服で見えない場所にも怪我があるのだろう。

 シオンが暴力を禁じていたのに、それはすでに守られていなかったのだ。


「せめてもう少し説明してから行けよ」

「ごめんごめん。ちょっと気が急いてね」

「…まあ、急いだのは正解だったみたいだがな」


 そう言ってアドニスがエイレンから手当てを受けているアルニカに目を向けた。

 連れ出すのが遅れていればもっと酷い傷を負っていたのかもしれない。結局、シオンの名前が持つ力などその程度なのだ。

 ギリ、と歯噛みして、拳を握りしめる。


 肩を叩かれて、うつむいていた顔をあげた。シオンの肩を叩いたセネシオはローブを深くかぶっているので表情は見えなかった。


「シオン君、説明するね。――俺たちのことと、これからのこと」

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