113. 説明しなさいクソエルフ
ルルシアは念のために用意していた通信用の魔術具をシオンに渡して別れた。二個セットのトランシーバーのような魔術具で、割と高価なものなのであまり気軽には使えない代物である。
これで打ち合わせして落ち合ってくれと片割れをセネシオに押し付けようとしたのだが、
「俺がアルニカちゃんの捕まってるところに行ってシオン君と落ち合うより、もうアルニカちゃんとシオン君をここにつれてきた方が周りを気にせず話できるよね。――というわけでルルシアちゃん、アルニカちゃんの監視がなくなるなり緩むなりして攫っても大丈夫そうな時間と、ついでにシオン君自身がその時間にここに来れるかを確認してもらえるかな」
「…昨日切り捨てたばかりのシオン様と話すの、気まずいんですね?」
「えへへ」
「セネシオさんにもそういう人の心みたいなのがあったんですね」
「俺はとても繊細だよ?」
「繊細の意味を辞書で調べたほうがいいですよ」
ということで結局ルルシアが連絡を取ることになってしまった。
早速連絡をした結果、作戦決行は今夜――ちょうど日付の変わるころとなった。
そして夜も更け、決行のとき――
「何なんだ突然! それにあんた誰…ああもう、どうせセネシオだろ! こんなことしでかすクソはセネシオしかいないからね!」
「もー、アルニカちゃんってば照れちゃって。昔は大きくなったらセネシオお兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたくせに」
「黙れくたばれクソエルフ」
「あははは、アルニカちゃん何日も捕まってた割に元気いっぱいだね」
じゃあアルニカちゃん迎えに行ってきます、と言い残して消えたセネシオはほぼノータイムで戻ってきた。おそらく何の説明もなく突然転移させられたらしい女性とともに。
そして女性は現れると同時に前述のようにまくし立て始めたのだ。
シオンが婆さんなどと呼んでいたので、ルルシアは女性――アルニカのことをなんとなく老人だと思っていたのだが、実際の彼女は前世風に言うならやり手女社長とか極妻を想起させる迫力ある中年の女性だった。
年齢的には五十の声がかかるくらいだろうか。今は柳眉をつりあげて恐ろしい顔でマシンガンのようにセネシオに対する罵詈雑言をまくし立てているのだが、おそらく普通にしていたら美人の部類だろう。
「クソエルフが何考えてるかは知らないが、あたしは逃げるつもりはないんだよ」
「知ってる知ってる。落ち着いて。ほらルルシアちゃんとかびっくりしてるから」
クソエルフことセネシオが、ほらぁとルルシアの方を指差したのでアルニカは「ああ!?」と目を三角に吊り上げたままルルシアの方を向いた。
その勢いに驚いて思わずビクッと肩をはねさせたルルシアを見て、アルニカは一瞬「しまった」という表情を浮かべた後、ゴホンとひとつ咳払いをした。
「…状況を、説明しなさいクソエルフ」
「はいはい。だいぶきな臭いよ。わかってるだろうけど」
にっと笑ったセネシオに、アルニカは顔をしかめて大きなため息をついた。
***
「本当に連れ出してるし…」
小屋に入ってきたシオンは椅子に座ってくつろぐアルニカの姿を見て顔をひきつらせた。彼女はシオンが来る前に水を浴びて身なりも整えており、先程までのセネシオ相手の取り乱し方が嘘のように余裕の表情を浮かべていた。
「おや、遅かったじゃないか坊や」
「…色々ツッコみたいが、それほど時間があるわけじゃないから後回しにするわ」
「賢明だな。なら早速これからの話をしようか」
アルニカがフッと微笑んだ。そういう様子はまるで闇組織の女ボスのような雰囲気でかっこよかった。のだが、彼女が水浴びをしている間にセネシオが暴露した話――アルニカの一人称が十歳になるまで『あーちゃん』だったとか実は今でも砂糖なしの紅茶が飲めないとかという話がなければもっとかっこよく見えていただろう。
「というわけでクソエ…セネシオ。企んでることを話しな」
「企んでるって言い方やめてよー」
アルニカはクソエルフと言いかけて呼び直した。ここにいるメンツに亜人が混じっているということと、その事実をまだシオンには隠しておきたいということはアルニカに伝えてある。アルニカは「まあ坊やを守る意味でもその方がいいだろうね」とそれに賛同したのだが、『クソエルフ』という名称が口になじんでいるらしく油断すると出てきてしまうらしい。
「えっと、まあ要は、シオン君にサイカの代表になって欲しいんだよね。で、そのサポートとしてアルニカちゃんについて欲しい」
「アルニカちゃんって…とにかく亜人フレンドリーなサイカですよアピールしろってことだよな」
古代種のセネシオからしたらルルシアもアルニカもどちらも年齢的に大差がない。彼から見れば今生きている女性は全員少女だし男性は少年なので全員『○○ちゃん、○○君』と呼んでいる。ルルシアたちは慣れているし年齢のことも知っているので気にならないのだが、シオンからすると見た目はほぼ自分と同じくらいのセネシオがどう見ても年配なアルニカ――しかもやり手女社長系、を『ちゃん』付けで呼ぶことに違和感が強いらしい。
「対外的にはね。でもサイカの中の人たちはそれじゃ納得できない人が多いはずだ。亜人がいやだからサイカにいるって人もいるだろうしね。外から支持されても中がついてこなきゃ意味がない」
「そうだな。急に亜人と仲良くしましょうって言われても、俺も含めて亜人自体をよく知らないってやつも多いしな」
シオンの言葉にセネシオは「だよね」と頷く。
「中の人たちを納得させるには今のリーダー代理のザースによる専横を終わらせる必要がある。そこで、ちょうどお誂え向きに、アルニカちゃんは亜人だけじゃなく冤罪で捕まった人たちも逃がしてたという事実があるのでそれを利用させてもらう。ザースが私利私欲のために無実の人たちを投獄していたこと、それをアルニカちゃんが救っていたことを噂として流して、『ザースは敵』で『アルニカちゃんおよびアルニカちゃんと協力体制をとっているシオン君は味方』っていうイメージを住人に植え付ける」
「…今まで亜人は敵って言って団結してた連中の敵役をザースにすり替えるってことか」
「そう。まずは内側をまとめること。それと並行して亜人と友達アピールで外側の根回しだね」
サイカの内部をまとめつつ、亜人との融和路線を執り、国外からの支持を集めそれを利用してグロッサと手を組む。それがシオンに求められる仕事だ。
「現時点ではグロッサもシェパーズもサイカの敵だ。で、目指す最終的なゴールとしてはグロッサと手を結んでシェパーズの奴隷制度を撤廃させて『オズテイル』という一つの国としてまとまって国際社会への復帰をはかる、と」
「…ゴールが遠すぎるんだが」
シオンが遠い目をする。彼はそもそも自分には無理だと言い切っていたのだ。あまりゴールを遠くに設定しすぎると折れてしまうのではないだろうか。ルルシアが心配していると、セネシオも同じように思ったらしくひらひらと片手を振った。
「そこは将来的にそうなるといいよね、って話。とりあえずの目標はグロッサと手を組むところだね」
「だが、そっちの予想だとザースを操っているのがそのグロッサだろ? こっちを潰そうとしてる相手と手を組むのか。そもそも組んでも旨みがないって判断されたから潰そうとしてんだろ」
「グロッサの目下の悩みは何だと思う? ルルシアちゃん」
完全に油断をして紅茶を飲んでいたところに突然振られたルルシアは目を白黒させて危うくカップを落としかける。
グロッサの悩み。確か前にその話は聞いた覚えがあるぞ…と宙を睨んで記憶をたどる。
「………シェパーズが悪いやつなので手を切りたいけど、食料供給をシェパーズとの取引に頼っているので切れない?」
「お、正解。じゃあどうしたらいいかな?」
「うえ!? 応用問題!? ええと……食べ物が欲しいので…、グロッサは…イベリスのピオニー領と隣接してるので、そっちと取引できればシェパーズとの取引を絶てる…とか。ピオニーは農業と酪農が盛んだし、テインツにも売り込みに来てるから国外への輸出ルートができるのは喜びそう…?」
「そうだね…やっぱりルルシアちゃんって発想は賢いよね」
「発想『は』」
「褒めてるんだって。ま、突然切り替えたら色々と問題が起こるだろうから品目や量を絞ってちょっとずつってことになるだろうけど、ピオニーは新しい顧客を得られるし、グロッサは奴隷政策を敷いてるシェパーズと距離を置けるしで上手くいけばwin-win。ついでにグロッサっていう大口顧客を失うシェパーズには継続的に損失を与えられて、周辺国からの心証もよくなるっていうおまけつきなわけだ」
win-winかもしれんが…とシオンは眉間のシワを深くする。
「そのピオニー領とグロッサの取引ルートをサイカの俺が開拓をしろと…?」
「いやさすがにそれはシオン君にやれとは言わないよ。そこはこっちの仕事。イベリス側で少なくともテインツとエフェドラの協力は得られるだろうし、いざとなったらクラフトギルド長の御曹司を人質にしてギルドに動いてもらってもいいし」
にっこりとディレルを見たセネシオに、ディレルもにこりと微笑みを返した。
「へえ? 何それ面白そうだね」
「面白そうでしょ? ところでディレル君のその笑顔マジ怖いよごめんね」
「冗談はさておき、ピオニーは商業ギルドの天下だからクラフトの影響力弱いよ」
「ルート開拓の提案くらいならいけるんじゃないかな。ほらアンゼリカさん商業ギルドの支部長と仲いいし。毎週ノースカフェでお茶してるよね」
毎週水の日にさ、と言ったセネシオに、ディレルがぴたりと動きを止める。
「…確かに仲はいいけど…会う頻度とか場所まで、何でセネシオが知ってんの」
「何かの役に立つかなと思って」
「…何かの役? …脅迫の?」
ディレルはものすごく不審そうな表情でセネシオを睨む。自分の母親の日常の行動を知られていたら気味が悪くて当然だろう。その理由をセネシオが説明するよりも先に口を開いたのは、砂糖入りの紅茶を飲んでいたアルニカだった。
「少年、大丈夫ではないが大丈夫だ。そのクソ…セネシオは気持ち悪いくらい女を口説くために役立ちそうな情報にアンテナを張っている上にそれを忘れないってだけだ。気持ち悪いだろう」
「ひどいアルニカちゃん。そんなに気持ち悪いって強調しなくても」
「気持ち悪いですね」
「ルルシアちゃんまで。――ちなみにルルシアちゃんは木の日にベロニカちゃんといつもご飯食べに行ったあとジューススタンドに寄る」
「無理無理。気持ち悪い超えて怖い」
その会話を脇目に、シオンはアドニスに目配せをした。会話に加わらず関わりたくないという顔をして黙っているあたりが一番まともに見えたのだ。
「やっぱり不安なんだけど大丈夫なのあいつ…」
「…だめかもしれないな」