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109. 俺が焦ってる

「うーん、そっか。じゃあいいや。とりあえず勝手に入って、もし彼女が外に出たいっていうなら連れてっちゃうからさ、その後ちょっとのあいだ情報のかく乱とかしてくれないかな」

「…っ…勝手に入って、連れてくなんて…」

「できるよ。残念ながら。だから何か現場を混乱させる方法を考えといてね」


 セネシオは恐ろしく簡単に、バッサリとシオンを切り捨てて方針を変えた。

 対するシオンはあっさりと話を切り替えたセネシオに完全にうろたえていた。


「じゃあ話はここまでかな。あまり長く話してると怪しまれちゃうし」

「おいっ…」


 にこりと笑ったセネシオはシオンの肩をポンと叩くと、呼び止める声に振り返ることもなくさっさと出て行ってしまった。


 ――さてどうしたものか。ルルシアが部屋に残ったディレルとアドニスに目を向けると、二人ともルルシア同様に『どうしようか』という視線を返してくる。

 気まずい雰囲気の中、最初に動いたのはシオンだった。


「…話を聞くだけって約束だからな。お前らも戻れよ。もうすぐ日が落ちるし」


 深くため息をついて、けだるそうに壁に寄りかかったシオンはこちらを向くことなくそう告げると片手だけ挙げて追い払うようにひらひら振った。

 ここでとどまったところでかける言葉も思いつかない。もう一度三人でアイコンタクトして、軽く頷くとルルシアは「――では、失礼します」と声をかけて部屋の扉を開けた。

 その扉を閉めるときも、うつむいたシオンがどんな表情をしていたのかは見ることができなかった。



***



「空気悪くしておいて一人で出てくのひどいと思います!」


 気まずい空間から抜け出た後、公民館の外に出たすぐの場所で子供たちと遊んでいたセネシオと合流して借りている小屋に戻ったところでルルシアは口を尖らせた。ぷくぷくと頬を膨らませて不満を表明するルルシアに対し、セネシオは「ごめんごめん」とまったく悪いとは思っていないであろう笑顔で返しながら椅子に腰かけた。


「せめてごめんって顔してごめんって言ってください」


 ルルシアはテーブルをはさんでセネシオの向かい側の椅子に勢いよく座る。座った瞬間に古い椅子がギッと派手な悲鳴を上げたのでルルシアは慌てて少し腰を浮かせたが、まだ断末魔の声ではなかったようでホッと息をついて今度は静かに腰を下ろした。

 そのルルシアの動きにディレルは少し笑いながら彼女の隣の椅子に座り、そして彼もまた非難を含んだ視線をセネシオに向けた。


「傍観者でいるつもりなんだと思ってたのにがっつり首突っ込んだよね」

「あー、傍観者でいたいんだけどさ。ここ数日色々見てみたけど、サイカはもう本当にダメじゃん? 俺が思ってたよりも状況は悪いし、手を打つならすぐ動かないと手遅れになっちゃうでしょ? シオン君が動いてくれるならどうにかしようもあるかなって思ってさ」

「その割にばっさり切り捨てたみたいだけど」

「うん。シオン君も状況はわかってるみたいだったけど…彼は自分で行動する覚悟がないというか、もう諦めちゃってるよね。駄目なものは仕方ないって顔に書いてあるもん。彼をあてにするより他の手段を考える方がいいなって思って」

「…まあ確かにね」


 シオンの様子を思い出しながらディレルは相槌を打つ。彼はそもそも初めから自分には何もできないと予防線を張っていた。問題があることを認識して、そのうえで自分は何もできないと宣言したのだ。

 そこで、今まで視線を彷徨わせていたルルシアが小さく片手をあげた。


「質問いいですか」

「はい、何ですかルルシアちゃん」

「どうしてシオン様とアルニカさん? に話をさせようとしたんですか? リーダーとかリーダー代理…は駄目だとしても他の幹部っぽい人たちじゃなくってなんでシオン様なのかなって」


 正直ルルシアはまったく話についていけていなかった。今のやり取りを聞くとディレルは理解していたのだろう。アドニスは我関せずという態度で通しているので分からないが、微妙な表情からおそらくルルシア側ではないかと思われる。

 セネシオは「ああごめん、説明が足りなかったね」と言いながら、くの字に曲げた人差し指をあごにあてて少し考え込んだ。


「そうだねえ…まず状況を整理しようか」


 初めに知ってるところからね、とセネシオは前置きする。


 サイカが組織的な魔物の討伐をやめて既に二年ほど経過し、その結果増えた魔物が勢力を拡大して人の住める土地を大幅に奪っている。すでに中央の壁付近まで影響が出始めており、壁の中ですら安全とは言えなくなる日も近いと思われる。

 その討伐をやめた責任者は現在のリーダー代理である。それでただでさえ反感を買っているというのに代理とその取り巻きは問題行動も目立ち、住民からの不満はもちろん、組織内部からの不満の声も抑えられない状況になっている。

 そしてその声は代理たち当人だけではなく、前代理への遠慮から現代理を諫めることが出来ない組織上層部へと向かい始めている。


「内も外もボロボロってことですよね」

「うん、で、ここに来て俺の目的の人物が組織に捕まった。アルニカちゃんね。彼女はサイカで正当な理由なく捕らえられた人たちを逃がす活動をしていた。組織…まああとは現代理に逆らったりして睨まれた挙句罪をでっちあげられて捕まった人とか、他地域から流れてきた亜人とかをグロッサとか、あとはイベリスとかに逃がしてたわけだ」


 それも事前に聞いていたので知っている。ルルシアが頷くとセネシオは「でね」と続ける。


「もしルルシアちゃんが捕まって、まあ詳細は避けるけどひどい目に遭ったとして、そんな中なんとか逃げのびたとする。それで、逃げた先で『サイカに復讐したくないか』とか、『これ以上君と同じような被害者が出るのを防ぐのに協力してくれないか』と持ちかけられたらどうする?」

「…そういう状況にならないと分かんないですけど…他の被害者を出さないためって言われたら協力するかも…? です」

「でしょ? 協力っていうのは主に情報と伝手だね。情報は機密にかかわるものじゃなくても、例えば警備の巡回ルートや時間、流通してる品物の仕入れ先、品目、組織上層部の行動パターン…何曜日にどこの酒場で飲んでることが多いとか、そういう些細なことだって罠を仕掛けるためだと考えれば価値がある。あと、伝手っていうのは内部の知人にコンタクトを取ってもらって内通者になってもらったりね」

「ってなると、アルニカさんが捕まってた人を逃がしたのは人道的には立派なことだけど、サイカの安全のためにはすごく悪いことなんですね」

「そう。当然組織の人たちはそれがわかってるからアルニカを許すわけにはいかない。当たり散らす奴だっているだろうね…元々無実の人たちを拘束して暴行してたような奴らだし。そういう場面で、シオン君は今まで使ってなかった『リーダーの息子』っていう立場をフルに使ってアルニカちゃんに対する暴力を禁じて食事も提供するように命じたんだよ」


 シオンは自分に権力がないと言ったが、実際のところ現リーダーの息子という立場は組織の中では非常に力が強い。組織メンバーが不満を抱くことも住民から反感を買うことも分かったうえで、彼は自分の父親の持つ権力を借り、ふるったわけだ。

 情報を流出させた犯人をトップに近いものが庇うというその行動は、同義的に見れば正しいかもしれないが、今まさに崩壊の足音が迫るサイカの内部の者からしたら許しがたい裏切りに見えるかもしれない。外部からやってくる魔物と他地域からの攻撃に怯え、内部は疑心暗鬼でバラバラ。

 ――これが現在のサイカの状況である。


「亜人に関していえば、料理屋のおばさんみたいに比較的同情的な見方をする人はごく少数で大半は強い嫌悪感を持ってる。特にサイカから出たことのない若い人は亜人イコール拘束されて暴れている姿しか知らなかったりするからなおさらだね。そんな亜人をせっかく捕まえたっていうのにわざわざ逃がしてたアルニカちゃんは極悪人だと思ってる人すらいる。看守が短絡的な人物だったら殺されてもおかしくなかった」

「…でも、アルニカさんが死んだりしたらそれこそ取り返しがつかないですよね」


 話について行こうと眉根を寄せて聞いていたルルシアの言葉に、セネシオはその通りだよと嬉しそうに笑った。


「これからサイカが辿る道は、このまま魔物にやられて全滅、上層部への反発から反乱がおきて分裂して結局統率を失ったまま魔物にやられて全滅、グロッサとかシェパーズに食い物にされて全滅…と、全滅フルコースで、その全ての裏にサイカから逃げ出した人たちが潜んでる可能性がある。ただアルニカちゃんが生きてて、そして組織の拠点にいる限りは彼女に救われた人たちが攻撃をためらうはずだ」

「それがわかってるから、アルニカさんは出て行けと言われても出て行かない、ってことですね」

「うん。多分あの子ならそう考えるはずだ」


 ルルシアはうーん、と首をかしげながら頭の中で整理する。

 アルニカが救った人々はアルニカが無事なうちは過激な行動を起こさないと考えられる。それならば彼女の存在を前面に出してアピールしたほうがいい。でもアルニカが()()だけではだめだ。サイカがアルニカの行動や考えを受け入れたということも同時に示さなければ根本的な解決にならない。


「ええとつまり…セネシオさんがシオン様に言ったのは、亜人や無実の人々を救った英雄としてアルニカさんを持ち上げつつ、その英雄と手を組んだ次世代のリーダーとしてシオン様がサイカをまとめろってことですか」

「そう。…それで、無理だって断られたから次の手を考えるために早々に方針を変えたと」


 やっとあの時のセネシオとシオンの間の会話の意図がわかってパッと顔を明るくしたルルシアとは対照的に、話の続きを引き取ったディレルの表情は曇っていた。


「ディレル君はシオン君の肩を持つね。…いや、っていうか俺が焦ってるのか」


 セネシオはそう言いながら頭をガシガシと掻いた。そして表情を改める。


「グロッサが手引き…多分現リーダー代理のザースって奴を使ってるんだろうけど…グロッサが今の状況を仕組んだなら、サイカが魔物にやられて潰れた後にグロッサとシェパーズの間で戦端が開かれる可能性が高い――出来ればそれは避けたい。それを防ぐにはサイカがここで踏みとどまって、かつグロッサと対話するのが理想的だね。サイカが亜人との融和路線に舵を切るなら、グロッサは話し合いのテーブルを持つと思う」

「そのサイカの旗印として、今までとは違うってことを外に示すために全く新しいリーダーが必要なんですね。…そう考えるとシオン様が適任に見えますね」

「そうなんだよ。でも本人にやる気がなくっちゃどうにもならないからね…他の人を探しつつ他の方法も探していかないと」


 彼がなんとかやる気出してくれればいいんだけどね…とセネシオは腕組みして天を仰ぐと、大きなため息を一つついた。

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