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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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11. 刻まれた文字列

 感心しつつ庭園を眺めていると、奥の木の陰のあたりに石造りの小屋が見えた。

 美しく整えられた庭の中で、飾り気のない建物が隠れるようにポツンと建っているのが、やや場違いな雰囲気を醸している。

 窓辺に立って、あれは何だろうか……と見つめていると、隣にやってきたディレルがその視線を追って「ああ、あの建物ですか」と説明してくれる。


「あれは工房です。昔のギルド長の中に鍛冶が専門の人がいて、家でも仕事ができるように作ったらしいです。鍛冶は音がうるさいし、火も使うので母屋から離れたところに建てたそうですよ。今は私が勝手に使わせてもらってますけど」

「鍛冶を?」

「いえ、場所を借りてるだけです。私は魔術具専門なので」


 そういえばさっき聞いたばかりだった。

 一言で魔術具専門と言っても、道具を作るところからやる職人と、魔術紋様を刻み込むところだけをやる職人がいると聞いたことがある。彼はどちらなのだろうか。

 そう思って視線を向けると、彼は何か言いたげな表情でルルシアを見ていた。


「何か?」


 ルルシアが言葉を促すように首を傾げると、彼は真剣な顔で切り出す。


「……ルルシアさん、ご相談なんですが……もしよければ、魔弓を少し見せていただけませんか?」

「弓? いいですよ」

「えっ、そんな即答で?」


 腰のベルトにひっかけていた弓を外して渡そうとしたらものすごく驚かれてしまい、ルルシアは逆に戸惑う。


「え?……別に隠すほどのものではないですし……」

「自分の武器は生命線なので、人に触らせたくないっていう人は結構いるんですよ。怒り出す人だっていますし」

「ああ……愛着はありますけど、エルフの場合は最悪失くしても魔法を使えるので、そこまで重要視しないですね」

「そっか、あくまでも補助具なんですね」


 実際に失くしたりしたら数日単位で凹むとは思うものの、生命線とまでは行かない。

 ルルシアは弓で矢を射っているのではなく、弓を利用して魔法を使っているのだ。

 それに、彼はクラフトギルドの職人だ。武器や道具を乱雑に扱ったりしないだろう。


 ルルシアの弓は木製で、三つのパーツに分かれている。弧を描く二つのパーツを繋げ、中央をもう一つのパーツで補強する形式で、普通に弦を張って矢を射ろうとしたら、強度不足でほとんど飛ばせないだろう。

 武器というよりも、魔法や魔術を使うことを前提とした道具である。

 その弓を受け取ったディレルは、パーツを光にかざしたり指先でなぞってみたりと、熱心に表面に刻まれた紋様を確認している。その手付きは大切な宝物を扱うように丁寧だ。

 ルルシアにはよくわからない模様にしか見えないのだが、そんなに面白いものなのだろうか。

 ルルシアがディレルの真剣な横顔を眺めるともなしに見ていると、アンゼリカがお茶を持ってきてくれた。

 彼女は、集中してお茶を差し出しても全く反応しない自分の息子を一瞥すると、はぁ、とため息をついた。


「申し訳ありません、我が家の男どもは職人気質というかオタクというか……とにかく興味のあるものがあると夢中になってしまうもので……」

「はあ」

「珍しくルルシアさんの方を妙に気にしていたので、綺麗な女性だから気になるのかと思っていたのに……まさか……まさか魔術具目当てだったなんて……」


 そんなだからすぐフラれるしお嫁さんも来てくれないのよ……と、最後は独り言の愚痴になっていた。

 そう言われても、ルルシアとしてはなんとも言いようがないので「そうですか」と適当に相槌を打っておく。「ルルの魅力が足りないから仕方ないな」と余計なことを言うライノールの足を踏みつけようとしたが、さっと避けられた。


「あら、申し訳ありません!……つい日頃の不満が口から……ほほほ」


 アンゼリカは笑顔で取り繕いながらツツツ、とディレルの傍に立つと、持っていたお盆でパコンッと軽く彼の頭を叩いた。

 そして凄味のある笑顔を浮かべると、


「あんたお客さんほっといて集中するのやめなさいっていつも言ってるでしょぉ?」


 と、低い声で言いながらディレルの顔を覗き込んだ。怖い。あんなふうにされたら、ルルシアなら平謝りするところだ。

 しかし、彼は平然とした表情で「ああ、すみませんつい」とルルシアの方を見て謝罪を口にした。よくあることのようだ。


 まったく、この子の相手をしてると顔の皺が増えるわ、とブツブツ言いながらアンゼリカが去っていった後、ディレルは満足気な顔でルルシアに弓を返した。


「ありがとうございました。魔法のための魔術具は初めて見ましたけど、興味深いですね」

「普通の魔術具と違うんですか」

「そうですね……その弓、ご両親から?」

「昔、父からもらったものです。どこで手に入れたのかは知りません」


 魔法にあわせて作られたものならば、エルフの手によるものだろうか。

 エルフはあまりものづくりをしないので、てっきり人間やドワーフが作ったものを買ってきたのだと思っていたが。


「ルルの父親は自分で魔術具を作ってた。その弓もあの人が木を削って作ったものだよ」

「えっ」


 思いがけないライノールの言葉に、ルルシアは目を丸くした。まさか、お手製だとは考えもしなかった。

 だがディレルは「ああやっぱり」と納得したように頷いた。そして、中央をつなぐパーツの、ちょうど手で握るあたりを指し示した。


「……ここの内側に文字が彫ってありますけど、気付いてましたか?」

「文字?」


 気付くも何も、紋様自体きちんと見たこともなかったのだ。言われるままに、光にかざすとたしかに文字列が彫り込まれていた。


『わが最愛の娘 ルルシアを守るために』


「……これ、は」

「魔術具の職人は摩耗したり傷ついたりしにくいところに大事なことを彫っておくことが多いんですよ。商品であれば、こういう特殊な素材を使ってるとかの修理に必要になるメモだったりしますけど、特定の誰かのために作ったものの場合はメッセージを入れることもあるんです」

「ああ……ジルさんならやりそうだな」


 ライノールがつぶやいて少し目を伏せた。ジルは父の名前だ――その名前を聞いたのは何年ぶりだろうか。

 指先で刻まれた文字列をなぞると、表面の紋様のように丁寧に処理されていないので小さくささくれている。

 これを、父の手が刻んだのだ。


 ぎゅうっと胸が締め付けられて苦しい。鼻の奥がツンと痛くなる。みるみる間に文字が、視界の中のものすべてが、滲んで歪んでいく。


(昔あれだけ泣いたのに、こんなに時間が経ってもまだ涙なんて出るものなんだな)


 あのときはまだ幼くて、来る日も来る日もライノールや森長にくっついては泣いていたのだ。それを思い出して、少し笑う。

 強く目をつぶって静かに深呼吸をした。

 よし、大丈夫。

 伏せた顔を上げ、ディレルをまっすぐ見て笑ってみせる。


「――今まで気付いていませんでした。教えてくれてありがとうございます」

「……いえ」


 ディレルはルルシアの顔を見て一瞬動きを止め、そして少し複雑そうな、困ったような笑顔を浮かべた。


(そうか、父さんの死に、ギルド長が関わってるもんな……)


 気にしてほしくはないが、それも難しいだろう。とはいえ、しんみりした空気のままだとせっかく我慢した涙がうっかり零れ落ちそうだ。

 そんな事を考えていると、隣に座っているライノールに腕を引っ張られてそちらへ倒れ込む。


「な!? わぁっ」


 ライノールは自分の膝の上に倒れ込んだルルシアの頭をグシャグシャと乱暴な手付きで撫でた。

 髪の毛があっという間にぐちゃぐちゃになってしまった。ルルシアが上目遣いにライノールを睨みつけると、彼はニヤッと笑う。

 

「昔は俺にすがりついてメソメソ泣いてたのに、一応成長したんだな」

「……そうだね、わたしが成長した分、ライも着々と老人に近づいてるんだよ」

「クソガキ」


 口を尖らせ言い返すと笑いながらペチンと額を叩かれた。

 ディレルもライノールにつられたようにふっと笑った。それを見て少しホッとしてルルシアもへにゃりと笑う。


 空気が緩んだところに、アンゼリカが戻ってきた。

 そして、ライノールの膝に倒れこんでへらへらしているルルシアを見て一瞬だけだが「あらまあ……」という顔をした。


(タイミング!!!)


「コホン、お部屋が整いましたのでご案内させていただこうと思ったんですけど……お取込み中でしたか?」

「「いえ、取り込んでません」」


 かぶせ気味の返答が二人分重なってたじろぐアンゼリカの様子に、耐えきれなくなったディレルが声をあげて笑った。


 空気が明るくなった代償として、案内をしながら「やはりお部屋一つにした方がよかったですか」といらない気を遣うアンゼリカに、家族のようなものですから! ご遠慮は不要ですよ? 遠慮ではないです! とプチ問答する羽目になったのだった。

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