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104. 不意打ちでよくわかんなかった

気付いたら100話超えてました。

ここまでお付き合いくださってありがとうございます!

あとしばらく続ける予定ですので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。

 タオルを被って居間スペースに戻るとそこにはディレル一人しかいなかった。

 他の二人は少し前に情報収集がてら食べ物の買い出しに行ったらしい。

 ディレルが入れ替わりで浴室に行き、一人になったルルシアはギシギシと頼りなげにきしむ古い椅子に腰掛け、肘をテーブルにつくと顔を覆ってため息をついた。


(なんか気まずくて顔が見られなかった…)


 他の人もいると思っていたのに二人きりだったので驚いてしまったのだ。

 しかし、考えてみれば時間が遅くなってきているのでそろそろどこの店も酒提供がメインになっている頃だ。ただでさえ外部の旅人はほとんどおらず、かつ小さい店しかないのでほぼ身内と言っていいような常連の飲み客ばかりのはずだ。少なくともルルシアを連れて行くのはあまり賢いとは言えない選択である。

 人選としては土地勘があって慣れているアドニスが適任で、かと言って立場上一人で行かせるわけにはいかないのでセネシオが一緒に行ったのだ。セネシオが結界を起動させたので、彼は離れていてもこの建物への侵入があれば察知することができるため、こちらも適任であると言える。

 つまり、小屋に残るのはルルシアとディレルの二人というのが自然な流れだ。


 顔を上げて、意識を集中させて魔法で風を起こす。

 まだ水分を帯びた長い黒髪がその風になぶられて空中でバサバサと踊る。このまま少ししたら乾くはずだ。

 ライノールであればうまく気流を操ることができるのでこんなに派手に髪を巻き上げることはないのだろうが、ルルシアは細かい制御ができないので適当に風を起こしているだけである。それ故、乾かしている最中の姿はメデューサよろしくと言った様相で、一人のときにしかできないという難点がある。


(でもそういえば…封印が解けて、体内の魔力の流れが前よりもスムーズになってるはずってライが言ってたよね)


 一番自然で無駄な力が入らないのが本来の形だとも言っていた。

 最近は矢を放つ時、自分の魔力の流れを意識して同調するつもりでやっている。そうすると以前は常に感じていたノイズがなくなり、感覚が研ぎ澄まされるようになったのだ。

 この風も同じようにやってみたらうまく水分だけ飛ばせるかもしれない。

 魔法を解くと、バサバサと宙を舞っていた髪がまだ濡れたまま一斉にバサリと勢いよく落ちた。


 改めて、髪の毛の一本一本に風をまとわせるように、髪全体にふわりと風を含ませて余分な水だけをとばすイメージを織り上げる。そして、発動。

 ルルシアの長い髪が一瞬だけふわっと風を含んでふくらみ、すぐにさらさらと落ちる。顔にかかった髪を一房つまんでみると見事に乾いていた。


「おおおー」

「? どうしたの」


 髪をつまんだまま自分の魔法の成果に感動していたルルシアは、急にかけられた声にビクッとして肩をはねさせた。魔法に集中しすぎてディレルが戻ってくる気配に気付かなかったのだ。


「びっくりした…魔法の制御の練習してたの」

「制御? なんか集中してたね」

「こっち、ここ座って」


 首を傾げたディレルに、ルルシアは自分の隣の椅子を指し示した。顔に疑問符を浮かべたまま、それでもディレルは言われたとおりにルルシアの隣に座る。


「ちょっとじっとしててね」


 そう言ってルルシアはディレルのまだ濡れている髪に触れ、目を閉じた。先程と同じように魔法を織り上げて発動させる。


「うわ」

「ね、ね、乾いてるでしょ?」

「びっくりした…風の魔法? あ、ほんとに乾いてる」

「今まで上手くできなかったんだけどね、そういえばライが『封印が解けたならスムーズに制御できるはずだ』って言ってたなーって思って。これなら他の生活魔法とかももっとちゃんと制御できるかも」


 嬉しそうに笑うルルシアの様子に、ディレルも微笑む。


「なんかさっき様子変だったからどうしたのかと思ったんだけど、大丈夫そうだね?」

「あ、…あー、さっきはちょっと考え事してて」

「困りごと?」

「そういうわけじゃないけど…自己嫌悪?」

「なんで急に」

「んん…ディルって普段周りに女の人いないからあんまり意識してなかったんだけど、優しいし強いし、モテるタイプだよね。確かセネシオさんとかにも言われてたし」


 ディレルは急に何を言いだしたのかと戸惑った表情を浮かべる。それに、モテるなどと言われてもディレル自身は自分の魅力によるものだとは思っていないので、いつも返答に困るのだ。


「…どうだろうね。まあ、家の立場的にウケはいいみたいだけど」

「だからね、他の子がディルのこと見てたり話してたりすると嫌な気持ちになるの。ディルはわたしのなのに! って。でも、考えてみたらわたしってば魔力も見た目も中途半端だし、頭悪いし、魅力がなさすぎるのに図々しいよねって思っ…て…」


「……」

「ディル?」


 ルルシアがつらつらと喋っている途中で、ディレルは両手で顔を覆ってうつむいてしまった。もしや、ルルシアの言ったことがおかしすぎて頭痛でも起こしたのだろうか、と、手を伸ばしてディレルの頭を撫でた。


「…もしやさっきの魔法で怪我したとか…?」

「してないよ」


 心配して眉を下げるルルシアに、ディレルは大きくため息を一つついてから頭を撫でる手を掴んだ。

 そのまま自分の口元に引き寄せると、手のひらに口づける。


「…!」

「そういう話は邪魔が入らないところでしてくれる?」

「そういう話? わたしが図々しいって話?」

「違う。――俺がどれだけルルの事好きか分かってる? あの二人が帰ってこないなら今すぐ押し倒したいくらいなのに。煽るようなこと言わないで」

「…煽ってない」

「ルルは無自覚なのが()()の悪いところだよね」

「…だってそんなつもり無いんだもん」


 ディレルは笑いながら椅子から立ち上がり、頬を染めつつも不満げな表情を浮かべたルルシアの座る椅子の背もたれに手をついて、体を寄せると軽いキスをする。

 すぐに体を退こうとしたディレルの腕をルルシアが押さえて上目遣いに見上げた。


「今の、不意打ちでよくわかんなかったからもう一回して」

「……ルル、そういうところだよ…?」

「?」


 やや潤んだ目で不思議そうな表情を浮かべる少女の姿に、ディレルは割と真面目に頭痛を感じる。「…拷問かな…」と小さくつぶやきながら、リクエスト通り今度はゆっくりと唇を重ねた。

 だが、小さな音を拾ったディレルはすぐにパッと体を離した。


「…時間切れだ」

「…じかん?」

「ちょっと声が聞こえた。二人が戻ってくる。…ルル、顔真っ赤だよ」


 少し頭がぼうっとしていたルルシアは言葉の意味が理解できるまで数秒かかった。そして、理解できた瞬間にガタッと椅子から立ち上がると「顔冷やしてくる! あとついでにお湯用意する」と浴室の方へ駆け込んでいった。



***



「ただいまー! …あれ、ルルシアちゃんは?」

「お湯用意するって言ってた」

「ああ、別に俺がやるのに」


 買ってきた食べ物をテーブルの上に置くと、セネシオはギッと派手に音を立てて椅子に座った。「…壊れるぞ」とセネシオに注意をしつつアドニスも荷物を置いた。


「なんかね、今のリーダー死亡説が流れてたよ。だいぶ指揮系統が混乱してるみたい」


 セネシオはテーブルの上の袋の中からパンを取り出すとかじりつき、口に入れたままモゴモゴと聞いてきた情報を話し始めた。


「死亡? サブリーダーとか後継者は?」

「リーダー代理がいたんだけど、そっちはちょい前に魔物にやられて死んでるって。こっちは噂じゃなくて事実」

「昼間、五年前はここまでひどくなくてここ数年で荒れたんじゃないかって言ってたけど、関係あるのかな」

「リーダーがあんまり表に顔を出さなくなって何年か経ってるっていってたし、関係ありそうだねぇ」

「…この短時間でよくそこまで踏み込んだ内容を聞いてきたね」


 ディレルが感心すると、セネシオは「まあ慣れてるからね」とニッと笑った。

 そこにひょこっと顔を出したルルシアが、アドニスを見つけて嬉しそうな顔をした。


「アドニスさん、お湯がとても適温に調整できたから早く使ってください」

「…魔法をものすごく無駄に使ってる気がするな」


 アドニスが呆れたような声を出すと、居間に戻ってきたルルシアは不満げに口をとがらせた。


「無駄じゃなくて魔法の制御の練習です。今までは冷たい・生ぬるい・熱すぎるの三段階だったけど、なんと『ちょうどいい』ができるようになったんです」


 得意げなルルシアに、セネシオが「おー」と拍手を送る。


「ルルシアちゃん生活魔法みたいなの苦手だったもんね」

「そうなんです。細かい調節が苦手で」

「ああ…さっき生ぬるかったっていうかむしろ冷たかったしね」


 ディレルの言葉にルルシアは目を丸くする。

 そういえばディレルに触った時冷たかったな、と今更ながら思い出す。どうも頭の中がぐるぐるしていたので失敗していたらしい。


「…えっ…あー…考え事してたから…ごめんね」

「いや別に水でも気にしないけど」


 冒険者は水浴び自体できないことも多いし、できても文字通り水を浴びるものであって、お湯など用意する手間は普通かけない。それはそうなのだが、ルルシア的にはそういう問題ではないのだ。


「…まあ、ありがたく使わせてもらう」


 ややしおれたルルシアの頭をアドニスがぽんと叩くと、ルルシアは顔を上げて「はい!」と笑顔を見せる。


 ――だからそういうところなんだけどなぁ…と心のなかでぼやきながら、ディレルは小さくため息をこぼした。

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