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102. なんとかロックドラゴン

 シオンの演奏が終わり、集まっていた人々が散り始める。

 部屋から出る者、シオンに話しかける者など思い思いに動く人々の中、一人がこちらを振り向き、パッと顔を輝かせて「ねえちゃん!」と駆け寄ってきた。


「トリス」


 リアが駆け寄ってきた弟を抱きとめて微笑む。

 エリカの手当てを待つ間、幼いトリスだけは他の子供に面倒を見てもらっていたようだ。

 トリスはぎゅっとリアにしがみついた後、顔を少し上げてエリカの足を見た。治療をして包帯を巻いているが、着替えを用意していなかったため破れたボトムスをそのまま着ている。破れた生地を染める血の跡がかなり痛々しい。


「エリカ、だいじょうぶ?」

「うん。リアに手当てしてもらったから大丈夫。ありがとねトリス」


 エリカに撫でられてうれしそうに歯を見せて笑ったトリスは、ちらりとルルシアとアドニスの方を見て、そしてぎゅっと眉根を寄せたかと思うと再びリアにしがみついた。


「…嫌われてしまいました」


 嫌われたところで別に構わないし無条件に好かれると思っていたわけでもないが、幼い子供からこうも露骨に嫌悪感を示されるのは若干傷つくものがある。しゅんとして呟いたルルシアに、アドニスが顔をしかめた。


「…まさかとは思うがあんた、自分が顔隠してること忘れてないか?」

「…あー……忘れてました」


 そう言われてみれば、ルルシアは今マントのフードを目深にかぶっている状態だ。ついでに言うとこのマントには軽い認識阻害の魔法がかけられているため、なんとなく影の薄い人物という印象になっているはずだ。

 デフォルトで不機嫌顔の男となんだか得体のしれない顔も見せない女(少年に見えるような恰好をしている)――という組み合わせは確かに不審かもしれない。

 アドニスの何度目かの呆れ顔にルルシアが「へへへ…」と笑ってごまかしていると、楽器を片付けたシオンがこちらへ向かってきているのが見えた。


「エリカ、怪我したって聞いたが…足か。噛まれたのか?」

「シオン様。うん…ちょっといっぱいいたからさばききれなくて…あっ、でももう手当てしてもらったから大丈夫だよ」


 傷の具合を見ようとしたらしく足元にかがみこんだシオンを、エリカが慌てて「ほら、包帯巻いてあるでしょ」と言いながら立たせようとした。だが、シオンは顔をしかめてエリカを見返した。


「手当って言ってもここにまともな薬はないだろ。噛まれたなら化膿しやすいし…」

「あ、シオン様。薬はそこの人が譲ってくれたやつ使ったの。多分ここにあるやつよりまともなやつ」


 シオンの言葉の途中でリアが声をあげて、ルルシアの方を指さした。

 一瞬ぽかんとしたシオンは、ひどく不審気な表情でルルシアの方を睨みつけると「譲って…?」と低い声を出した。

 この大量生産のできない世界で薬はどの国でも比較的高価なものではあるのだが、サイカでは特に貴重なものなのだろう。それを子供に簡単に譲るなど、裏があると疑われても仕方がない。


「…あんたらは?」

「シオン様、すっごく怪しいけど、この人たちが黒狐から助けてくれたの」


 『すっごく』がつくほど怪しいかぁ…とちょっと悲しくなりながら、ルルシアはフードを外した。髪の毛で隠れて耳は見えないはずだ。


「初めまして、ルルシアと申します。こちらはアドニス。イベリスから来た冒険者です」


 エルフとしてはいまいちでも、人間に比べれば割と整っている自分の顔を最大限活用するつもりでニコリと微笑んで、名を名乗る。ルルシアの思惑通り――かどうかはわからないが子供たちもシオンも驚いた顔をしている。案の定ルルシアがもう名前を忘れてしまったオレンジ髪の少年クレオは分かりやすく頬を染めているので、少なくとも悪印象ではなかったようだ。


「たまたま彼らが襲われてるところに行き会って、状況がよくないようだったので手出しさせてもらいました。…薬も、こちらにあった物はだいぶ古くなっていて逆に悪化させそうだと思ってわたしの手持ちを渡しました。常にある程度の量持ち歩いている物ですし、貴重な物ではないですよ」


 なぜかアドニスまで若干驚いた顔をしているのは、もしかしてルルシアがまともな口調で話せると思っていなかったのだろうか――などという疑念がルルシアの中で湧き起こるが、今はシオンの警戒を解くことの方が重要だ。


「イベリス、か。なるほど」

「平和ボケの国ですから」


 ルルシアが先回りして言うと、シオンは一瞬だけ自嘲するような笑みを浮かべた。だが、すぐに笑みを消す。


「助けてもらって悪いが、こっちは見ての通り報酬に渡せるもんなんかないぞ」

「穴に落ちそうな子供がいたら、損得関係なく助けるものだと言いますし」

「……この辺じゃそうでもない」


 性善説か何かの話を引用しようと思ったが、ふんわりとしか覚えていないのでなんだか中途半端なたとえ話になった上にあっさり否定されてしまう。ふんわりとしか覚えていないのは前世の記憶が薄れてきているせいであって、古典の授業で居眠りをしていたせいではないと心の中で言い訳する。


「…まあとにかく、恩を売ろうとしたわけではないのでお気になさらないでください。わたしたちはサイカの中央の方へ行く予定ですからすぐお暇しますし。…あ、でも連れがあと二人別行動しているので、その二人と合流するまではここにいさせて欲しいのですけど…」

「別行動?」


 まだ不信感はぬぐえていないらしく、ぴくりと片眉を上げたシオンの腕をアキレアが「俺らのせいだよ」と引っ張った。


「黒狐を倒すために二人残ったんだ。逃げ込める場所を聞かれたから公民館って答えたら、先に逃げろって言って」

「あの大きな剣の人、すごく強かったしカッコよかった」


 リアが少しうっとりとした表情でそう口にしたのでルルシアは思わずピクリとそちらを見てしまう。彼女たちをすんでのところで救ったのはディレルなので吊り橋効果というあれだろうか。深い意味はないと思いつつも、ルルシアとしてはあまり心穏やかではなくてそわそわしてしまう。


「たくさんいたけどへいきかな…」


 そんな姉の様子とは対極に、黒狐の群れに囲まれたときのことを思い出したのかトリスが体をぶるりと振るわせて不安そうに顔を曇らせた。


「…だ、そうだが?」


 トリスの頭をくしゃりと撫でたシオンがルルシアに視線を向けた。


「あのくらいなら問題ありません」

「即答か」

「冒険者ですから、魔物との戦闘には慣れています」

「…まあそうだろうな。イベリスから来たってことは魔物だらけの山を越えてきたんだろ?」

「ええまあ」

「それなら黒狐くらい問題ないだろうな。仲間を待つなら勝手にすればいい」

「ありがとうございます」


 とりあえずすぐに追い出されることはなさそうだ。ルルシアはほっと息をはいて微笑んだ。シオンは少しの間だけそのルルシアをじっと見ていたが、ふいっと目をそらしてアドニスの方を向いた。


「あんた、前たまに中央に来てたよな。物資を持ち込んでたはずだが商人じゃなかったのか」

「商人が直接持ち込むと護衛が必要で経費がかさむから、戦える奴に代理で運ばせるんだ。護衛をつけても本人が危険にさらされることに変わりはないし、それなら信用できるやつに任せた方が利益が出る」

「ああ…なるほど」


 アドニスの返事に頷きながら、シオンは再びルルシアに探るような視線を向けた。


「中央に行くって言ってたが、商用じゃないんだな。しばらく滞在するのか?」


 まるで事情聴取だなと心中で呟きつつルルシアは頷いた。


「その予定です。依頼で珍しい魔物を探さないといけないので、ある程度長期になると思います」

「珍しい魔物?」

「ええと何でしたっけ…くろ…っくどらごん?」

「クレセントロックドラゴン」


 ターゲットの魔物の名前を思い出せないルルシアをあきれ顔で見ながらアドニスが言葉を継ぐ。ルルシアはそうそれ! とアドニスを指さした。


「それです。そのなんとかロックドラゴンです」

「…そんなに覚えにくい名前か?」


 シオンもあきれ顔を見せる。それに対してアドニスがため息をついた。


「すまない、こいつは少し賢くないから」

「え、アドニスさんひどくないですか? あれ、でも馬鹿って言われるよりはマシなのかな?」

「…確かに賢くないな。しかし、そのドラゴンならもう何年も見たって話を聞かないぞ。乱獲で絶滅したんじゃないかって話だ」


 ルルシアが賢くないことになのかドラゴンがいないことになのか、どちらに対してなのかわからないが、シオンはルルシアたちに対して憐れむような表情を浮かべる。

 だが、むしろサイカに滞在する口実にするつもりなので簡単に見つかってもらっては困るのだ。ルルシアは少し肩をすくめてみせる。


「まあ依頼は依頼ですから…一応期間内は探して、いないってことを確認しないと」

「…金持ちの考えることはわからんな」

「ええまったくもって」

「…長く滞在するつもりなら、あまり目立つのは避けるんだな。――今のサイカはきな臭い話しか聞こえてこないからな」

「ご忠告痛み入ります」


 そうやって話しているところに、一人の中年男性が近づいて来た。彼の手にはシオンの荷物らしきものを持っている。


「シオン様、そろそろ時間じゃないですか?」

「…ああ、行くよ」


 ルルシアの気のせいなのかもしれないが、返事をしたシオンの表情がワントーン暗くなったように見えた。そして荷物を受け取ったシオンは、ルルシアとアドニスの顔を交互に見ると、頭を下げたのか下げていないのか微妙なラインの会釈をした。


「あー…なんだ、その、こいつらを助けてくれたことは感謝する」

「いえ、当然のことですから」

「ま、せいぜいドラゴン探し頑張れ」


 そう言って、彼は部屋から出て行った。

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