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101. 重みが違うさ

 セネシオの魔法が、二頭の黒狐を一気に焼く。

 残った数頭は見、慣れぬ術で焼かれた仲間の姿に怯み、身をひるがえして草むらに飛び込み、姿を消した。


「こんなもんかな」

「そうだね。何頭か逃げたけど……手負いってわけでもないし、ほっといていいでしょ」


 周囲の気配を探っていたセネシオが頷いたのを確認して、ディレルは剣を布で拭って鞘に収めた。

 黒狐自体はそれほど強い魔物ではないのだが、連携して素早く動くせいで少し時間がかかってしまった。

 三頭ほど子どもたちを追っていった個体がいたが、ルルシアやアドニスがあの程度で苦戦することはないだろう。

 おそらく、彼らはもう目的地についているはずだ。


「セネシオ、さっき言ってたコウミンカンって何?」

「あー、公民館ね。サイカの壁のすぐ外側にある建物なんだけど、そこで子供とか体の弱い人に、簡単な日銭仕事をあげてるらしいんだよね。それと、孤児はそこで寝泊りできるように場所も提供してるとかも聞いたな」

「へえ……そういう福祉施設もあるんだ」

「いちおう昔からあったらいしんだけど、上手くいかなくて一度途絶えて、何年か前に復活したんだって。復活させたメンバーの一人がサイカのリーダーの息子さんだっていう噂だから、運が良ければ接触できるかも」

「リーダーの息子が慈善事業か。立派だね」

「っていっても運営は先細りみたいだけどね。サイカ自体がだいぶ斜陽って感じだし、お金も食料も厳しい状況だろうね」

「……そうだね」


 話しながらディレルはあたりを見回した。

 もう少し行ったところがサイカの中心部に当たるらしいのだが、周囲にはいまだに殆ど建物が見えない。

 ぽつんぽつんと置き忘れのように建っている小屋はほとんどが崩れ、どう見ても人が住んでいる気配はない。

 まあ、先程の黒狐のような魔物が群れで現れるようでは、危険すぎて暮らしていけないだろう。

 区画の雰囲気からして、過去に畑があったと思われる場所にも、今は雑草ばかりが勢いよく生え、動物や魔物が身を隠すのに適した環境を提供している。


「……生活できる範囲がどんどん狭まってるね。この感じだと、近いうちにその『壁』とやらの中でしか暮らせなくなるな」

「だねえ。でも、そうすると土地面積が足りなさすぎて、人も入り切らないし畑も作れなくて食料需給もままならない……と。見事な先細りでしょ」


 そうならないために、通常は冒険者や国の兵士などが遠征して、人の住む場所周辺の魔物討伐を行うものなのだが……。

 ギルドも国も機能していない今のオズテイルでは、自治組織と住民たちが、自ら対処しなくてはならない。

 それがうまくできなかったのが、今のサイカなのだ。


「サイカをまとめてる組織って、もともとは武力組織だよね? 戦えるくせに魔物をここまで放置するってのは何て言うか……随分杜撰じゃない?」


 道を行く途中で倒されていた黒狐の死骸から、ディレルは見覚えのある投擲用ナイフを回収し、バッグに仕舞いながらセネシオを見ると、彼は首を傾げていた。


「んー、俺も実際にサイカの内部で見てたわけじゃなくて、グロッサで聞いた情報だけなんだけど……少なくとも五年前くらいまでは、ここまでひどくなかったみたいだよ。こんなに荒れたのは、ここ数年のことじゃないかな」

「数年前に体制が変わった?」

「それがねぇ……組織の上層部が身内でギュッと固まってる感じで、内部のことって殆ど伝わってこないんだよね。でもリーダーは変わってない……ハズ」


 話の途中でセネシオが声のトーンを落とした。壁のある方から、サイカの住民らしき二人の男が歩いてきているのが見えたからだ。

 男たちは服装からして農民のようだが、どちらも短めの剣を持っていた。

 特に目を合わせるでもなくすれ違ったあと、「おい、これ……」と背後からひそひそと男たちの話し声が聞こえてきた。そしてすぐに呼び止められる。


「なあ! あんたら!」

「うん? 俺たち?」

「ああ。そこの魔物、あんたらがやったのか?」

「――いや、俺達が来たときにはもうやられてたよ」


 ディレルとセネシオは一瞬だけ目を見合わせ、知らないふりをすることにした。それに、来たときには倒されていたというのは嘘ではない。


「そうか……いや、こいつら群れで移動してるから、この周りに他にもいるはずだ。あんたらも気をつけな」

「ああ、わかった。教えてくれてありがとう」

「しかし、せっかく外れの畑に誘導したのに戻ってきちまったか……」

「……誘導? 畑に?」


 セネシオが片眉をあげた。

 彼の声は少し硬い響きだったが、男たちは気付かなかったようだ。

 男の一人が、ディレルたちが歩いてきた方向からは少し外れたほうを振り向き、「あのへんだな」と遠くを指差した。


「向こうの外れの方で、親無しのガキどもが見様見真似で畑をやってるんだよ。狐も、食い物が簡単に手に入れば人を襲ったり他所の畑荒らしたりしないからさ。……ま、動物やら魔物に畑襲われるのも『勉強』ってやつだ」


 つまり、自分たちの畑の被害を減らすために、餌か何かでわざと魔物を子どもたちの畑におびき寄せたのだ。そのせいで、畑に行った子どもたちがその魔物たちに襲われたのだろう。

 なんだかな……と思いつつ、ディレルは口を開いた。


「……でもそれだと、子どもたちが襲われるんじゃないの?」

「まあそりゃ仕方ないさ。こっちは家族養わなきゃならんが、あっちは孤児や流れ者の子供だ。それにああいう子供は、公民館でお優しい方々の施しを受けられるが、こっちは受けられないんだぜ? 同じ畑一つでも重みが違うさ」

「……ふーん、そういうもんか」


 ――子どもたちの畑が食い尽くされれば、すぐに自分たちの番だろうに。

 ディレルは薄く笑う男に軽く目を眇めたものの、表情は崩さず、相槌だけを返した。

 自分に累が及ばない間は他人事だ。先々を考えて対策を打つような余裕は、金銭的にも精神的にもないのだろう。


***


「やあ、清々しく駄目すぎて、ルルシアちゃんあたりだったら怒り出しそうな話だったな。子供たちについていかせたのは正解だったかもね」


 男たちがいなくなった後、彼らが去っていった方向を見ながらセネシオが笑った。

 ディレルはそれに対して肩をすくめる。


「でも、こんな環境に暮らしてる人たちの心が荒れないわけがないし。ルルだってそのへんは分かるでしょ」

「分かって飲み込めるのと、それに対して怒りを感じるのは別問題だよディレル君。ルルシアちゃんは義憤を覚えるタイプじゃん?」


 確かに、ルルシアは物分かりがいい反面、本人も無自覚のまま、自分の中で燻ぶらせるタイプに見える。

 だが、セネシオに言われるのはなんとなく腹立たしい。


「まあね……なんか気分的に疲れたから早く合流しよう」

「ルルシアちゃんに癒やされたいと」


 ニヤニヤしているセネシオを、ディレルは半眼で睨みつける。


「……そうだよ。なにか文句でも?」

「文句はないけど不満はある。俺も癒やされたい」

「……」

「ディレル君って、時々暗殺者みたいな目をするよね」

「暗殺者みたいな目って何だよ。暗殺者が暗殺者って分かる目をしてたら暗殺できないじゃん」

「……言われてみたらそうだね」

「まあセネシオのことは、時々殺してやりたいって思うけど」

「うん。背後には気をつけるよ」


 中央の『壁』に近づくにつれて、民家らしき建物は増えているのだが、人のいる気配はあまりしない。

 このあたりに住む人々は、ほとんどが日中は

ある畑で仕事をしているか、壁の中で下働きをしているのだとアドニスが言っていた。

 壁の外にあるのはほぼ寝に帰るだけの家で、しかも夜は魔物の行動が日中よりも活発化する傾向があるので、皆できるだけ建物からは出ないようにしている。

 ――つまるところ、一日を通して人が出歩いている姿は殆ど見られないのだ。


「見えてきた。あの倉庫みたいな建物が公民館だよ」


 セネシオの指差す先の建物は、少し不安になるくらいにボロボロだった。

 しかしその周りでは子供が遊んでいたりして、これまでの閑散とした雰囲気と比べると、ずっと明るくにぎやかに見えた。


「勝手に入っていいものなの?」

「うーん、多分?」

「……誰かに声かけて、ルル達がいるか確認してもらおう」

「了解ー」


 ディレルが外で遊んでいる子供の中で一番年長らしき子に話しかけようとしたその時、ちょうど中から一人の男が出てきた。

 男はディレルが子供に声をかけようとしていることに気がつくと、警戒した視線を向けてきた。


「ここに、何か用?」


 長い亜麻色の髪に華奢な美形。

 外見的な特徴が一致して、かつ、この施設の関係者のような口ぶりということは、彼がリーダーの息子のシオンだろう。


「……ここに、怪我した子供が来てませんか? 連れが付き添って来てるはずなんですが」

「……ああ、あの二人か。後から連れが来るって言ってたな。……中にいるから、勝手に入って探してくれ」

「どうも」


 現段階であまり警戒させたくないので、ディレルは微笑んで礼だけ告げ、中に入ろうとする。


「あ……」

「? 何か」


 シオンが何か言いたげな顔をしているのでるディレルが振り返って首を傾げると、彼は言葉に迷っているように口をパクパクさせてから、つんと顔を逸らした。


「……チビたちを助けてくれてありがとう」

「いえ、たまたま行き合っただけですから」

「そうか。……じゃあな」


 むすっとした顔でそう言い、シオンは足早に去っていった。


「シオン君は照れ屋さんかー」

「それ、本人の前で言ったら、多分二度と会ってもらえないぞ……」

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