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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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1. ルルシア(転生者)

 事故に遭って死んだと思ったら異世界に生まれ変わっていた。

 あるいは、ある日突然飛ばされた世界が異世界だった。――そういうお話は古今東西、掃いて捨てるほど存在している。

 だからある日目が覚めてそこが異世界だったら「これ、この間〇〇ゼミで予習したやつだ!」となってもおかしくはない。


「……いや、おかしい」


 寝起きにそう呟いて片手で顔を覆った少女の名前はルルシア。名字はない。

 必要な場合は、住んでいる場所の名前をつける決まりになっているのでフルネームは「ルルシア・オーリス」。

 イベリスという国の、テインツという領地にある、オーリスの森の中の集落に住んでいるエルフである。


 そう、ルルシアはエルフだ。

 そして何を隠そう、この世界にはなんと魔法が存在していて魔物が闊歩する――俗にいう剣と魔法の世界なのだ。

 この世界には人間だけではなく、『亜人』とも呼ばれるエルフやドワーフ、獣人などの多種多様な種族が暮らしている。

 そんな異世界で、ルルシアは昨日までは単にちょっと変わり者のエルフだった。

 だがしかし、今朝、ルルシアは『ルルシア(転生者)』として覚醒したのだ。

 ……まあ単純に、前世である『水森あかり』の記憶を思い出しただけ……と言えなくもない。


 ファンタジー作品におけるエルフといえば、美しく長命で、魔法に長け、自然と共に暮らす気高い生き物として描かれていることが多い。基本的にそれはこの世界でも変わらない。

 つまり『種族:エルフ』として生まれた時点で、若干の勝ち組感がある。――の、はずなのだが……残念ながら現実というものは厳しい。

 確かにエルフの中には、高名な魔法使いとして名を馳せる者も、見るものが思わず跪きたくなるくらいに神秘的で美しい容姿の者もいる。

 だがルルシアは――。

 ちょっと人間に比べたら長生きできて魔力が高くて顔が整ってるかなぁ?……くらいの、現代におけるエルフの中では割と多い、一般モブ系のエルフなのだ。

 顔が整っているというのも、たとえば下町の老舗の店番をやっていたら、『○○小町』といった名前をつけられて看板娘になれる可能性を秘めている(なれるとは言っていない)程度。

 エルフのもう一つの有名な特徴である、『長命』に関して言うと、一応最大で五百歳くらいまでは生きられるらしい。

 だがそこまで生きる者など稀で、魔物に襲われて死亡という事件が日常茶飯事なこの世界では、エルフが天寿を全うすること自体が少ない。

 平均寿命的には、二百を超えるか超えないかくらい。寿命ではなく病死や事故死が多いのが実情だ。


 こういった一般モブエルフとは別に、『古代種』と呼ばれるほぼ神様レベルのエルフもいて、そういう方々は数千歳まで生きたりするらしい。

 だが残念ながら、ルルシアはそういう御方にお目にかかったことはまだない。多分今後会うこともないだろう。古代種エルフというのはそのくらいのレアキャラである。

 この古代種エルフは、純血種と呼ばれることもある。つまり、現代のエルフは多種族との混血が進み、本来持っていたエルフとしての特性が弱まってきているのだ。

 要するに、この世界におけるエルフのスペックのボリュームゾーンはやっぱり、人間よりちょっと長生きで魔法が使えてついでにちょっと美形……くらいのレベルに落ち着く。ルルシアのように。


 でも結局は人間より優れてるんでしょ? と思うかもしれないが、そうでもない。


 まず、非常に打たれ弱い。

 筋肉が付きにくくて力も弱いし、防御力もほぼ紙。典型的な後衛職タイプ。


 次に、瘴気に弱い。

 この世界の魔物は、「瘴気」と呼ばれる独特な魔力のようなものを身に纏っている。この瘴気をくらって一番最初にバタンとダウンするのはエルフである。逆に一番強いのは人間らしい。


 あと、気温変化にも弱い。比較的気温の安定している森に住んでいる影響だろうか。


 これらをまとめると、長命なのに命を落としやすい。よく言えば儚く――普通に言うと生命力が弱い生き物。

 それが、この世界におけるエルフである。


***


 水森あかりは高校生だった。花も恥じらう十七歳の女子高生である。

 そんなあかりは、一限目の授業が始まる三分前だというのに、まだ通学路の途中にいた。夜ふかしのせいで寝坊をして絶賛遅刻中だからだ。

 ちなみに彼女は今年受験生だが、夜ふかしの理由は別に勉強をしていたわけではなく、友人と通話していたからだった。

 まあとにかく、眠い目をこすりつつ、あかりは立ち入り禁止の柵を越えて廃ビルの敷地に入った。

 あかりの通う高校は高台の上にある。

 この廃ビルの非常階段を8分目くらいまで登ると、ちょうど校庭のフェンスと同じ高さで、そこからフェンスに飛びついて乗り越えると、校庭のちょうど目立たない辺りに入れる。

 当然、そのルートは危険なので使用を禁止されている……というよりも、そもそもまっとうな人々にはルートとして認識されていない。

 しかしながら遅刻常習者には有名で、あかりを含めた皆が頻繁に使っていた。


 だから問題はないはずだった。

 少なくとも昨日までは。

 ……昨日も遅刻をしていたのはご愛敬である。


 その階段の踏板が、だいぶ錆びてボロボロになってるということは、あかりも以前から認識していた。当然危ないし使わないほうがいいということも。

 ――だが、この階段を使わないととても遠回りになってしまうのだ。

 時間にしたら全力ダッシュで三分の差。たった三分、されど三分。絶賛遅刻中のあかりにとって三分は貴重だった。あとできれば、朝から全力ダッシュはしたくない。


 足元の踏板がメリッと音を立て、体がふわりと浮いたところまでは覚えている。

 その瞬間、とっさにあかりの頭の中に浮かんだのは……。

 この場所で怪我人が出てしまったら、この廃ビルと非常階段は、完全に侵入できないように厳重に封鎖されてしまう、ということ。


 いつもここを使っているほかのメンツにぶち殺されるじゃん!!

 それが水森あかり、最期の記憶だった。


***


 異世界転生ものでは典型的な、死んで生まれ変わりタイプである。

 だが子猫や子供を守ってトラックに轢かれるとかの、人としてかっこいい感じではなく、遅刻中のショートカットという自業自得の末の事故死である。

 救いがあるとすれば、人を轢き殺して罪に問われるトラックドライバーが新たに世の中に誕生しなかったこと。

 あと、遅刻仲間にぶち殺される前に人生が終了したので、結果的に殺されなかった。なので遅刻仲間の経歴に殺人という犯罪歴が書き加えられる事態も避けられたのだ。


 さて、異世界転生といえば、特殊能力や前世知識によるチートがつきものだ。

 ではここで、水森あかりのプロフィールを。

 日本の普通の女子高生。成績はかろうじて中の上(自称)、部活は帰宅部、趣味は寝ることと歌うこと、特技は遅刻。

 次にルルシアのプロフィール。

 よくいる普通のエルフ。魔力はエルフの中で中の下、趣味は食事、特技は弓。


(……一般人が一般人に生まれ変わっただけだった……)


 前世の知識でチートできる人は、多分前世でも活躍している。前世で平凡だった者が生まれ変わったからといって、別になんかすごいことになんてならない。

 それだけのことである。

 本当はルルシア(あかり)も少しだけ、異世界のすごい魔法を使うすごい魔法使いとかすごい剣豪とかいう前世を持っていて今世で世界の危機を救ったり、前世で引き裂かれた恋人との再会だったり――。

 そういう、うっかりノートにでも書き留めていたら大人になったとき死にたくなってしまうような中二病な夢を見ていた時期もあるが、そういう恥ずかしい青春の一ページは心の中で厳重に封をする。


(……うん、ご飯を食べよう。おなかが減っていると悲観的になるから)


 のそのそと部屋を出て、台所に立つ。

 フライパンに油をひいて、香辛料を少々入れて熱をかけて香りを立てる。そして、前日から水につけて塩抜きしていた塩漬けの豚肉に、たっぷり胡椒をかけてそこに投入。

 豚肉の焼けるにおいに、香辛料の刺激のある香りが加わって食欲をかき立てる。

 ――実は、香辛料の刺激はエルフにとって毒となる。わかりやすく言い換えれば、エルフはすこぶる胃腸が弱い。

 普通のエルフは、胡椒やらなにやらを調理に使うことはないし、ついでに言うと油で胃がもたれてしまうから、肉もそれほど食べない。

 だが、ルルシアは肉が好物だった。

 冷凍庫などの保存方法が発達していないこの世界では、鮮度のいい肉はなかなか手に入らない。どうしても保存食の持つ独特な匂いや味をごまかすのに、香辛料が欲しくなる。だからルルシアは、香辛料も積極的に使っている。

 しかし、そんなルルシアも一応普通のエルフなので御多分に漏れず、胃腸は弱い。

 そこで――、ルルシアは好きなものを食べるために、自分自身に身体強化の魔法をかけていた。それも一時的ではなく、常時。

 これが他のエルフから変わり者扱いされる一番の理由でもある。


 肉の表面がこんがり焼けて、内側にも火が通り、スパイシーな香りが鼻をくすぐる。

 身体強化の魔法のおかげで、普通のエルフなら不快に感じる香辛料の刺激臭も、とても心地よい。

 皿に乗せると油汚れを落とすのが大変なので、フライパンから直接食べる。ジューシーで柔らか……にはほど遠いが、豚肉は確かな噛み応えで空腹を満たしてくれる。


(みんなこんな美味しいものを食べないなんて……)


 このルルシアの嗜好を理解するエルフには、今のところお目にかかったことがない。

 それもそのはず。わざわざ自分にとっての毒物を、あろうことか身体強化してまで好んで摂取しようとする者など、そうそういるはずもない。


「あ、なるほど。これ、前世の影響だったのか……」


 そんなつぶやきが思わず口からこぼれた。

 エルフの食事は菜食中心、たまに食べる動物性たんぱく質は狩りで仕留めた鳥や鹿の脂の少ない部位。ついでに魚は食べない。

 ルルシアがそんな食生活に耐えきれずに、たまに森へやってくる人間の行商人に頼んで、食材を手に入れ、自分で調理を始めたのは七年ほど前。

 そのきっかけは、両親の死だった。

 ――ルルシアの両親は、少し離れた森にある別の集落へ行って、そのまま帰ってこなかったのだ。


 ちょうど両親が行った日に、たまたまその集落に魔獣が入り込んだ。

 「魔獣」というのは、その辺をうろうろしている魔物の強化版で、ゲームでいったらボスキャラのようなものだ。

 魔獣のまとう瘴気は魔物と比べると桁違いの濃度で、瘴気に強いとされている人間ですら倒れてしまうことがあるほど。

 件のエルフ集落でも、不意をつかれなければ魔法で戦えたのだろうが、最初の段階で魔獣の放つその酷い瘴気にやられて、ほとんど戦いにならなかったそうだ。

 ――結局、近隣を巡回していた冒険者ギルドの人々が駆けつけて、やっと魔獣を駆除した時には、生き残っていたエルフはほんの数人だったという。

 その生き残りの中に、残念ながらルルシアの両親は入っていなかった。


 この世界ではこういうことが珍しくない。それでも、エルフの集落は基本的に結束が固くて、お互いに助け合う風潮が強い。一人遺されたルルシアも、そのおかげで生活に困ることはなかったのだが……。

 ある日、ルルシアは思い立った。

 一人なら、自分の好きなものを食べていいのではないか、と。

 そこで、食べたことはないのになぜかおいしいという確信を持っていた、脂の乗った肉や香辛料に手を出し始めたのだ。

 ここで問題となるのが、食材の入手手段である。

 ルルシアが食べたいものは、エルフが普通は食べないものがほとんどで、集落内での入手難度は非常に高い。

 豚肉も香辛料も、人間の行商人に頼んで少しだけ入れてもらっているが、その行商人もそれほど頻繁にやってくるわけではない。

 だいぶ前に入手してからちまちま食べていたこの塩漬け肉もこれでラストである。名残惜しいが、さすがにそろそろ傷んでしまうから食べなくてはいけない。

 これで、次に行商人が来るまでのしばらくの間、肉はお預け。名残惜しさを感じながら最後の一切れを噛み締めていると、不意に玄関のドアが開く音がした。


「また嫌なにおいがすると思ったら」


 勝手に玄関を開けて入ってきておいて、失礼なことを言ったのは背の高いエルフの男だ。

 ライノールという名前で、ルルシアにとっては、近所の幼馴染のお兄さんのようなものであり、両親がいなくなってからはほぼ保護者代わりの存在。

 彼はルルシアとは違い、エルフの中でもかなりの美形である。


「別に他所様に迷惑はかけてないでしょ」

「匂いが迷惑だ」


 部屋の中には香辛料の香りが漂っている、が、外には漏れていないはずだ。勝手にドアを開ける者がいなければ迷惑などかからないはずだった。

 ライノールは玄関から中には入ろうとせず、戸口のところに渋面で立っていた。ルルシアとて、魔法がなければ胃が痛くて同じ顔になっていたかもしれない。


「ああもう、換気するぞ」


 言うが早いか、ライノールは片手を振り、魔法で風を起こした。ルルシアの髪がその風に煽られバタバタと音を立てる。換気にしては少し強すぎるのではないだろうか。

 

「……今日はなんのご用ですか」

「討伐の仕事。魔物が牧場を襲うらしい」

「牧場! お肉の横取りはよくないね」

「お前なあ……」


 呆れ果てた顔をしたライノールに「じゃあすぐ準備する!」と言いおいて、ルルシアは2階の自室へ向かったのだった。

新しくスタートしました。

剣と魔法の世界への異世界転生ものです。

ぜひお付き合いください('ω')ノ

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