(14)絆⑭
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半身であったウールヴェを想い、泣いたことで、カイルの心は驚くほど軽くなった。
立ち直りつつあるカイルを見据えて、アードゥルは待ち構えていたように言った。
「では、論じようか?」
「…………何を?」
「山ほどネタはあるだろう。むしろありすぎる。ネタも時間も」
「……………………」
うっかり忘れていたが、アードゥルも初代ロニオスが選抜した研究都市出身の研究員なら、間違いなくと保証できるほどの研究馬鹿に違いない。
このような状況でありながら討論を望むことが、その事実と研究者特有の悪癖を証明しているのではないだろうか?
カイルはちょっと遠い目をした。
「まず、ここがどういう場所だと思うか意見を聞かせてもらおうか?死んだウールヴェが還る場所、使役主と死別したウールヴェが休む場所、ロニオスがアルドヴァートの姿で登場した場所、遮蔽されて支援追跡者とも連絡がつき難い場所、生きた人間が我々以外いない場所――」
「実は僕達は死んでいるというオチは?」
「あるかもしれないな」
あっさりと、アードゥルはその可能性を受け入れた。その肯定にカイルの方が青ざめた。
「やめてよっ!不吉なっ!」
「言ったのは、お前じゃないか。死人同士が意志疎通でき、情報交換までできるとしたら、ぜひ後世に残したい情報だ」
自分の死すらも、検証材料とする。どこまで本気だろう――カイルには判断がつきかねた。
「まあ、我々が死んでいるなら、ここは死後の国ということになると思うが。死後の国か……なかなか斬新で面白い概念だ」
カイルは複雑な思いでその感想を聞いた。世界の番人との会話がよみがえる。目に見えない宗教的概念を排除した世界。そこには死後の世界なども含まれるのだろう。
アードゥルの探究心は止まる気配がなく、カイルは観念してそれにつきあうことにした。
「ここがどういう場所か、僕もいろいろ考えていたんだけどね」
カイルも地平線に近い場所を走っていくウールヴェを見守った。
「境界線――という表現が正しいのかな」
「死者と生者のか」
「うん。ほいほいとこられる場所じゃないのは確かだよ」
カイルはウールヴェ達が目指している彼方を指さした。
「あっちの方に多数の人々とウールヴェの集団を見たことがある。人々はそれ以上近づくことはなかった。目に見えない境界線があるのでは、と僕は思った。ロニオスはあちらからやってきて――」
カイルは口をつぐんだ。
ロニオスが依り代としていたウールヴェ――アルドヴァートのそばにいた青い髪色の女性こそ、自分を産んだ母親だったのだろうか。
「カイル・リード、ここでロニオスと出会ったと言ったよな?」
「うん」
「死んだロニオスとあのウールヴェもここに戻ってくるのか?」
絆を冷凍保存していると主張するのと真逆に、アードゥルはロニオスを気にかけている。
だが、言われてカイルは、己の過去の行為を思い出した。
「あ…………えっとね……ちょっと僕は、彼に対してやらかしてしまって……ね?」
「どういう意味だ?」
カイルは諦めて、ぼそぼそと小声で全てを懺悔した。
話を聞いていたアードゥルは眉を顰め、その内容に唖然として、やがては驚愕の叫びをあげた。
「なんだって――?!!!!」
その反応はカイルの先見の通りだった。
『ディム・トゥーラ、音声と重力波に異常が発生しました』
クトリの警告に、一行は足をとめた。相変わらず深い森で、異常の発生は視認できなかった。
「わかった。今から座標を拾う。そのまま重力波の測定値をこちらに転送してくれ」
『了解です』
「どうするの?」
イーレが問いかけた。ディム・トゥーラは肩をすくめてみせた。
「ここからは、非常に原始的な手法かな」
「どういう?」
「異常の発生元座標を計算から割り出す。イーレ達は休憩してくれ。俺が探す」
ディム・トゥーラは端末を確認しながら、1本のセコイアの大木に麻紐を巻いた。
そこを中心に東西南北八方向に歩みをすすめ、重力波異常が発生する境界と方向を確認した。その方向のセコイアの大木に新たな麻紐を結ぶ。
「彼は何をやっているんだ?」
「わかんない……」
しびれを切らしたイーレが周辺の探索をしているディム・トゥーラに呼び掛ける。
「ディム?」
「イーレ、多分、この麻紐の区域から先は武器を持ち込めない。馬も繋いでおいてくれ。イーレ達は待機で」
「でも――」
ディム・トゥーラは荷袋の中から安全帯を取り出し、身に着けた。それから特殊ワイヤーを基準になる針葉樹の大木にくくりつける。ディムはイーレに予備の端末を放り渡した。
「俺が戻らなかったら、馬を二頭残して帰還してくれていい。現在位置はそこに記録してある。おおよその進路履歴はとったつもりだ。ここから迷子になることはないだろう」
「ディム!」
「食糧がある限り残ります」
答えたのは、今まで黙って付き従ったミナリオだった。
「カイル様をお願いします」
「まかせろ。行ってくる」
支援追跡者は複雑に張られた麻紐の交点から、方向を割り出すと、さらなる森の深部にむかって歩き出した。




