(35)我が光を示される汝に栄光あれ⑨
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ミオラスは不思議な空間で、歌いながら、それらを観察した。
見えない存在は、気配が大きいものから、小さいものまで様々だった。
聖歌が続いていくと、見えなかったものが淡い光でゆっくりと輪郭を取り出した。
――ウールヴェだ。
ミオラスは本能的にその正体を悟った。
まばゆいほど光輝く輪郭のものもいれば、今にも消えそうな小さな灯火のような輪郭のものもいる。見上げるような巨大な存在もいる。
彼らがなぜ、この空間に集合し、聖歌に耳をかたむけているのか、ミオラスには理解できなかった。
だが、彼女は歌った。
例え一人でも聴く者がいるなら歌う――それがミオラスの歌姫としての矜持であった。彼等は精霊であり、世界の番人の手足であり、友であり、世界を支える愛おしい存在だ。
彼女は全身全霊をこめて、高らかに聖歌を歌い続けた。
古代の地下遺構の避難所に歌声は響き渡っていた。
ミオラスの支援追跡者であるエルネストですら、仕掛人でありながら驚いていた。
彼女の声量に、用意していた音響装置など不要だった。
いや、何かが力を貸しているのだろうか?プロの歌い手であるとはいえ、この広い空間全体に声を響かせるなど不可能に近い。遺構の面積の大きさと空間から計算すると――。
自分の職業病的推察に、エルネストは苦笑し、考えることをやめた。
終末の星は接近していたが、誰もそんなことを気に留めなくなっていた。
歌姫の独唱による尊すぎる聖歌に、感動に震え、涙を流すものが多数いた。
その聖歌の歌詞はエトゥール人なら誰でも知っている。
子供が生まれれば祝福の歌になり、死者を弔う時は別れの歌になる。時には結婚した若い二人達の門出を祝う歌にもなった。美しく厳かな音階を誰が生み出したかは知られていないが、古代から貴族も平民も貧民も分け隔てなく口ずさむ音楽だった。
誰かが唱和しはじめた。
少しずつ唱和の声が増え、無伴奏の単一旋律が響いた。それを導いているのはミオラスだった。
――私達は夜明けに向かって歩き出す。光と平安と加護を願う。
ああ、あの時を思い出す。
ファーレンシアは我が子がいる腹部を優しく押さえながら、思い出していた。
出会った頃のカイルとともに、絶望の思いと共に聖堂で兵士達の治療に奔走した。カイルはあの時、己の無力さを嘆き、救えなかったファーレンシアにわびた。
なんて純粋な人だろう――当時、ファーレンシアはカイルのことをそう思った。
騒動に巻き込んだエトゥールの王族を詰ることなく、死にゆく存在に対して涙をこぼし、自分の行動を悔いるのだ。そして、自分の命を削りながら、他者を救おうとしていた。
ファーレンシアがカイルに対する恋心を自覚した時でもあった。
聖堂で全てをやり尽くして、あとは死に行く者達を見送ることしかできないと覚悟を決めた時、シルビアが降臨するという奇跡が起きたのだ。
当時、聖堂にいた人間にとって、それは間違いなく奇跡だった。
考えれば、彼等との出会いと交流がなければ、今頃、大災厄は海に落ち、巨大な津波が世界を覆って滅亡の道を歩んでいたのだ。
西の民との和議と交流、四ツ目使いとの邂逅、東国での対立、和解と協力、カストの大将軍との新たな関係――彼等はまるで切れかかっていた世界の命運を紡ぎ治しているようだった。
世界の番人よ。今、また奇跡を求めては駄目でしょうか?
ファーレンシアは、この場の醜い混乱の有様を世界の番人が静かに見つめていたことをずっと感じていた。
私達は愚かで、非力な存在です。暴力や欲望で支配する人間もいます。時には他者の命を奪い取ることも――。
でも多数の人間は、親を愛し、子供を愛し、伴侶を愛し、ささやかな幸せを理解し、精霊に感謝の祈りをささげる信仰心の厚きものたちです。
どうか世界の存続にご慈悲を――。
そしてこの世界を守るために力を貸している偉大な導師達に加護を――。
ファーレンシアは祈った。世界の番人の代弁者である彼女は、その場で誰もが求めている救済の祈りの想念をまとめあげて、祈った。
その想いを、丁寧に折りたたみ、供物のように厳かに両手で世界の番人に差し出す。
強大な存在にしばしの逡巡が見られたが、それを受け取った気配があった。
その時、遥か上空に虹色のガラスにも似た透明な巨大な盾が広範囲に突然出現し、炎を纏い落ちてきた巨大な天体と衝突した。
衝撃に虹色のガラスの盾は瞬時に砕けるが、次が出現した。
砕ける。
砕ける。
砕ける。
落下を続ける燃える岩石の凶器が、虹色の盾と攻防を続けていた。虹色の防壁は、砕けると新しいものを生み出していた。




