(15)ライアーの塚①
森を抜けていくと、唐突に高木のない広場に出た。その場所だけ植生が違う。人の腰までの高さしかない低木と草花だ。わずかに残る石畳の痕跡が、そこに何かあったことを示している。
「ここがライアーの塚だ」
賢人アストライアーの古墳は静けさにつつまれていた。
精霊の泉と同様に陽の光がそそぎ、明るい場所だった。かなり広い空間だったが、想像と違い、墓所への入口はどこにも見当たらない。
周辺の針葉樹が根本から折れ、無惨に倒れている。カイルは不思議そうに眺めていた。
「野生のウールヴェが暴れた跡だ。つい数日前、狩があった」
『ああ、イーレが肉を食べたがったヤツね』
「イーレのおかげで、通常より早く片がついた。彼女は強いな。すばらしい技術だった」
『口より先に手が出るタイプだよ』
「まあ、確かに、寝ているところを近づいて殺されかけた」
『――?!!!』
さらりと語るハーレイに遺恨はないようだった。
『……ハーレイが寝込みを襲ったとか……?』
「……どうしてそうなる。眠っているイーレと一緒に成人女性が見えたから、近づいて確認しようとしただけだ。そこに長棍が飛んできた」
『――』
「……イーレが回復したら、手合わせを申込みたいな」
西の民の若長という地位にある男のつぶやきに、カイルは肝を冷やした。
――二大怪獣大決戦が現実化してしまうっっ!!!
カイルは冷静を装って、回避方向に誘導する決意をした。
『どちらかが怪我をしたら、国家間の問題になるからやめて欲しいな』
「こちらは気にしないぞ」
『エトゥールは気にする』
「それは残念だ」
あっさりとハーレイは引いたように見えたが、違った。
「外交でメレ・エトゥールの承諾を得ればいいってことだな?」
『そんなこと言ってないよっ!なんで、そこまでこだわるの?!』
「強い者がいれば、挑戦する。それが西の民だ」
『イーレは確かに強いけどさ、負けたらどうするのさ』
「勝者に服従する。……なるほど、カイルは俺が負ける可能性があると考えるわけだな」
『いや、そういうわけではなく――』
「カイルの判断は正しい。俺もそう感じるから手合わせをしてみたい」
話が望まない方向に爆進していた。
『イーレは女性だよ。もっと優しくしてあげてよ』
「うむ、すでに皆が嫁に欲しがっている」
『はあ⁉︎』
何がどうなって、そうなるんだ?カイルは想像を超えた展開に愕然とした。
「俺の隠し子説や嫁説が出て散々だった。本人は知らぬが、村の男達は自分の親族の嫁候補にしようと虎視眈々と狙っている」
『やめて!絶対にやめて!』
「もちろん止めるが、心配はいらない。村の男達よりイーレの方が強い」
『心配はいらない、って言うけど、不安の要素しかないよっ!』
「彼女と出会ってからの記憶も見るか?」
ハーレイが馬から降りたち、右手を差し出す。
『……ハーレイは記憶を見られることに抵抗はないの?』
「前にも言ったが、別にやましいことは、ないから平気だ」
『豪胆だね』
「……さすがに亡き妻との閨の記憶まで見られると困るが……」
『そんな踏み込んだ記憶は見ないよっっ!』
精霊獣は慌てふためき、ハーレイはその反応に笑った。
「からかっただけだ」
『……イーレとの出会いを見せてくれる?』
ハーレイは精霊獣の頭に右手を置いた。まだ読んでいなかったハーレイとイーレの出会った直近の記憶をたどったカイルは冷や汗が流れることを感じた。
イーレはあまりにも自由すぎた。
『……なんか……うちのイーレが……いろいろとしでかして……すみません』
「こうしてカイルが来てくれて助かったところだ」
『……ですよね』
占者の件を除いて、彼女は西の地に順応していた。いや、順応しすぎていた。
『……西の地に住むって、言い出しかねないなあ……』
「なるほど、その手もあるな。ウールヴェの肉で、定住を口説けないものか……」
『イーレを餌付けするのは、やめてっ!』
「ちゃんと面倒を見る」
『そういう問題じゃないんだよっ!』
「だが、西の地に定住すれば、立派な西の民だ。エトゥール王の干渉はないだろう?」
『――』
「ほら、ライアーの塚で何かを調べるのだろう?早く調べないと陽が傾くぞ」
カイルの注意を逸らそうとするハーレイは、イーレとの手合わせを絶対に諦めていない。カイルは確信した。
イーレの心的外傷の元凶であるかもしれない土地から、イーレを引き離すはずが、逆方向に話が進むのはなぜだろうか?




