(32)我が光を示される汝に栄光あれ⑥
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「すみません。わ、忘れてください」
セオディア・メレ・エトゥールは、静かに恥じらっている賢者に近づいた。
「シルビア」
顔を覆っているシルビアの耳元で、セオディア・メレ・エトゥールは低い声で名前を囁いた。その行為は、シルビアの腰が砕けそうになる破壊力があった。
実際、シルビアは囁き声に驚き、よろめいた。
それを口実に、メレ・エトゥールはシルビアの身体を支えて、そのまま自然に抱きしめた。
「シルビア、エトゥール王族としてあるまじき発言を、ここだけの話として許してもらえるだろうか?」
「は、はい?」
「貴女に名を呼んでもらえるなら、大災厄襲来も悪くない――そう思ってしまった最低最悪のエトゥール王だ。名を呼んでくれるか?」
「――」
シルビアは顔をあげたが、変わらず真っ赤だった。
「セオディア…………様?」
「様はいらない」
「……セオディア……」
「最高だ、シルビア。大災厄に立ち向かう勇気を得た」
セオディアはシルビアの唇に軽い口づけをした。
ちゃっかり、ドサクサに紛れている――と、やりとりを見守っていたファーレンシアは思った。
その心の突っ込みが聞こえたかのようにセオディアが振り返り、ファーレンシアはやや慌てた。
「ファーレンシア、できることをしたいと言ったな?」
「はい」
「では、エトゥールの王族として、なすべきことを共にしよう」
「…………それは?」
「民衆を説得して、動揺を鎮め、暴動を未然に防ぐ。それこそが、カイル殿が求めていた任だ」
ファーレンシアは力強く頷いて同意した。
「シルビア、貴方も協力してくれるか?」
「も、もちろんです」
メレ・エトゥールはようやく抱きしめていたシルビアの身体を解放した。
「二人ともメレ・アイフェスの布地で作った例の外套を着込むように。いざという時に、あれなら革鎧より遥かに丈夫なことは証明されている」
「わかりました」
マリカがその言葉をきき、荷の中から3人分の外套を取り出した。メレ・エトゥールは、シルビアの分を受け取ると、彼女が袖を通せるように広げた。
シルビアは黙って、外套を着せてもらった。メレ・エトゥールとシルビアの外套には、赤い精霊鷹の紋様が意匠として組み込まれている。
「シルビア」
「はい」
「正直言えば、貴女が危険な目に遭わないよう、この初代の遺構である中でも一番安全な『かんりしつ』とやらに閉じ込めて、外から鍵をかけようかと思ったこともある」
意外なことをメレ・エトゥールが言いだした。
「それは監禁と言って、私達の世界では犯罪ですが……」
妙な突っ込みをシルビアがした。
「同じことをイーレ嬢に言われた。貴女達の世界では男女は対等であり、女性だからという理由で保護される謂れはない、と」
「その通りです」
シルビアはイーレが助言したことにも驚いたが、その点を認めた。
「私達の世界では、女性といえども、弱くはありません。男性に依存することなく、職をもち、生活することができます。性別による地位の差がありません。まあ。貴族も王族もいませんが……」
「そうらしいな」
「セオディア。私は貴方を支えたいのです。庇護される立場ではなく、対等に横に立つものとして。大災厄という重荷を均等に分かち合いたいのです……」
シルビアの言葉に、セオディア・メレ・エトゥールは微笑を浮かべた。
彼はいつものように洗練された所作で、エスコートするための手をシルビアに向かって差し出した。
「私の横の場所は永久に貴女の物だ、シルビア」
新たな殺し文句に、シルビアは自分の脈拍数が跳ね上がったことを感じた。西の民の占者の先見は正しかった。彼の言動に完全に振り回されている。
だが、彼の言葉を心地よいと思っている時点でシルビアに勝ち目はない。完敗なのだ。
シルビアはその手を取った。
「では、始めようか。王族として民を導く責務を」




