(31)我が光を示される汝に栄光あれ⑤
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
謹んで鳥山明先生のご冥福をお祈り申し上げます。
まだまだ現役で活躍なさると思っていただけに……。
ブックマークありがとうございました。
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なんと無力だろう。
ファーレンシアは何もできない自分に打ちひしがれた。
身重な今、自分はただ守られているだけで、何もなしていない。それどころか警護に人員を割く羽目になり、明らかに足を引っ張っている。先見の力さえ失わなければ、もっとカイルの役に立てたのだ。
メレ・エトゥールは、俯くファーレンシアをしばし見つめ、言葉を投げた。
「カイル殿から伝言だ。『必ず帰るから、待ってて。愛している』と」
「――」
こんな時だというのに、カイルは自分の存在を忘れずに言葉を伝えてくれる。ファーレンシアはその優しさに救われると同時に切なくなった。彼は周囲の人間の心情に敏感で、察することに長けているが、誰が彼の計り知れない苦悩を理解できるだろうか?
「ファーレンシア、私はお前が良き伴侶を得たことに、安心した。彼は間違いなく、お前を愛してる」
「……………………」
しばらく視線を落としていたファーレンシアは、顔をあげた。
「お兄様、今の私にできることはないでしょうか?」
「ファーレンシア?」
「カイル様の伴侶として、私にできることをしたいのです」
「ファーレンシア、今は安全を確保して確実に生き延びることが、彼に対する――」
ファーレンシアは激しく首を振った。
「正直、泣きたい気持ちでいっぱいです。許されるなら、カイル様の元に駆けつけたい。でも、それができない。でしたら、私は『今』『この時』にできうることをしたいのです」
ファーレンシアの翠の瞳が、正面からメレ・エトゥールを捉えていた。
「私はエル・エトゥールの名を持つものとして、カイル・メレ・アイフェスの妻として、今できることをします」
「天幕の外はいつ暴動が起こるか、わからず危険だ」
「そう思います」
「ここなら、いざという時にアドリー辺境伯が防御壁で守ってくれる」
「引きこもって安全を図ろうとする王族に誰が従いましょうか?そもそも、お兄様は引きこもるつもりはありませんわよね?今から民衆を落ち着かせるおつもりですよね?」
セオディア・メレ・エトゥールは、妹の懇願にしばし考えこんだ。
「先見は?」
「何もありません」
「世界の番人とも繋がれないのか?」
「はい」
「世界の番人は消えたのか?」
セオディアの問いに今度はファーレンシアが考えこんだ。
「いえ……、いらっしゃる気配はあります」
気配は感じることができる。
子供を宿したことで、先見の能力が消えたと思っていたが、そうじゃない可能性があることに、ファーレンシアは気づいた。
占者ナーヤも先見ができない状態だと聞いている。
今、未来は均等に道が開かれている。
滅亡か救済か。
ではなぜ、世界の番人は沈黙を守っているのか。
未来への助言ではなく――。
「…………お兄様……ウールヴェは何か語りましたか?」
「いや、何も」
ファーレンシアのウールヴェも同じく沈黙を守っている。まるで、最初から喋れなかったように、言葉もない。
それは、世界の番人と同じだった。
「ウールヴェは世界の番人の手足――ウールヴェも喋らなくなったのは、何か意味があるかもしれません」
「カイルのトゥーラは喋っていましたが……」
側に控えていたシルビアは思わず指摘した。
「そういえば、そうだったな」
ディム・トゥーラが出現した現場にいたセオディアは、傷ついた天上の賢者を気遣う白い狼の思念を聞き取っていた。
「だが、カイル殿のウールヴェは、知能の発達の度合いが遥かに上だ。我々のウールヴェとは違う」
「確かに」
「シルビア嬢は世界の番人と何か会話を交わせたか?」
「あの、その前に……」
メレ・エトゥールの質問に、シルビアが片手を軽くあげた。
「私はいつまで、シルビア『嬢』とシルビア『様』なのでしょう?」
「「……………………え……」」
シルビアの言葉が、想像の遥か明後日の方向に着弾した。
シルビアは二人の反応に少し頬を染めて、珍しくモジモジとしていた。
「この混乱のさなか、何を言いだすのかと思われるかもしれませんが……この先どうなるか、わからないこそ……確認するのは今しかないかと思いまして……」
しどろもどろに言い訳をするシルビアの顔が次第に真っ赤になっていく。
「その……略式かもしれませんが、結婚の儀も行いましたし……ね、閨も共にしましたし……地上の風習かもしれませんが……そのもう少し……フレンドリーな呼び方でも……」
「貴方は私を『メレ・エトゥール』と呼んでいるが……」
ぐっ、とシルビアの方が詰まった。
「そ、それは、あくまでも私達が異国の客人であるといった建前のため、外交上非礼にならないように――」
「夫婦なのに?」
シルビアは羞恥に負けて、顔を両手で覆った。
かわいい――エトゥールの王族である兄妹は冷静沈着な治癒師の普段とのギャップに悶えた。




