(9)我は汝を支えん①
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ディム・トゥーラは待機するシャトルの中で、観測ステーションの旧区間の爆破を確認して、ほっとした。とりあえず第一関門は突破したのだ。
一度ゼロまで達したカウントダウンは、あらたな数字を示し、刻み始めている。2回目のカウントダウンだ。3時間後に分裂した恒星間天体βが飛来する。こちらがディム・トゥーラにとって、本命だった。
旧観測ステーションの施設廃棄を目的とした爆薬は、先程の恒星間天体を巻き込んでの爆発で全て消費された。残りはディム・トゥーラのシャトルに積載された地上で精製された爆薬のみである。
中央の目を誤魔化す苦肉の策だったが、今はそれだけが地上文明を存続させる武器だった。
ある意味、ロニオスの『丸投げ』は、成功の保証であったのかもしれない――ディムはそんなことを思った。
しかし、こちら側に一言もないのは、どういうことだ。こちらにも丸投げ宣言はあってしかるべきだろう。
「あの酔っ払い糞親父め……」
ディム・トゥーラが担当する惑星への侵入角度を変える――それは簡単のようで簡単ではない。ジェニ・ロウが作成していた計算プログラムをシャトルに組み込むことでようやく目標軌道の確定が成立したぐらいの難易度だ。
シャトルの速度と爆薬の総量、恒星間天体の速度と質量、その周辺の岩石デブリの影響、シャトルの衝突角度と爆破衝撃、それによる恒星間天体の軌道変位――それらが複雑に組合わされて目標点に落とさなければならない。
前提と難易度が、観測ステーションの旧エリアの単純爆破とは、違うのだ。
――それを丸投げ?ロニオスが?
何かがおかしい。
アスク・レピオスと因縁があっても、ロニオスが要の作戦を放り出すということがあり得るのだろうか?
そもそもアスク・レピオスはなぜ惑星救済の妨害に走ったのか?
中央の不干渉の原則からいえば、いくら特例が認められたプロジェクトとはいえ、前提の恒星間天体の惑星衝突を回避する行為が認められるものではない。
それはディム・トゥーラは痛いほど理解していた。
ジェニ・ロウの中央に対するコネがどれほどのものか不明だったが「実験で恒星間天体をぶっ飛ばしましたので文明は存続しました」が通じるとも思えない。
そうなると当初の条件通り落下させようとするアスク・レピオスの行為の方が正当性が出てきてしまう。
文明滅亡を前提とした文明接触の大前提を覆すことが許されないので、是正を試みたという大義名分が彼に与えられる可能性すらある。
おまけにアスク・レピオスが当時の医療担当者でありながら、ロニオスの伴侶に治療もせず見殺しにしたというのもおかしい。
中央に所属していない原始文化の地上人とはいえ、ロニオス・ブラッドフォードが伴侶として選んだ女性は、彼の家族として保護の対象のはずだった。その権利をアスク・レピオスが踏みにじったことになる。
地上文明の滅亡を望む者と救済を望む者――アスク・レピオスとロニオス・ブラッドフォードは対極にいる。
「……わけがわからない」
何かを見落としている。
ロニオスは時間があるときに、盤上遊戯をしてディム・トゥーラによくこう言った。
『目先の物事に囚われるのは、よくない』
彼の戦法は、最初は実力を隠し、油断した相手を容赦なく叩きのめすことだった。おかげで盤上遊戯に関するディム・トゥーラのプライドはズタズタにされ、消滅した。上には上がいる。ディム・トゥーラが思い知った事例の一つだった。
『物事は俯瞰してみた方がいい。そうすると、見えてなかったものが見える。思い込みが一番怖い。他の意見を取り込む余地を拒絶するからだ。狂信者という者はそうして生まれる。まあ、研究都市の連中は、大半が狂信者とも言えるね。自分が生み出した理論や仮説に執着するんだ』
「暴言です。俺が研究都市の人間だって忘れてませんか?」
『君は中央から派遣されている未来の技術官僚だろ?将来的に研究都市を統率する立場になるなら事実は認めるべきだ』
「事実って――研究都市の研究馬鹿達は狂信者並みにやっかいだってことですか?」
ウールヴェは笑ったようだった。
まあ、わからないでもない。研究に夢中になると、連中は法規を軽視する傾向にある。
そこにつけこんで、地上の現地文献を釣り餌に協力者を募り、カイル・リード救出用の防衛型移動装置を即席開発したのは、他ならぬ自分自身だ。




