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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第6章 精霊の審判者
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(12)精霊の泉①

 別にカイルは目的地に急ぐそぶりはなかった。むしろ、彼はいろいろな物に気を取られていた。森の木々の種類から、雑草、小動物に至るまで、見つけては、馬で追随するハーレイに名前や特徴を尋ねてきた。


――好奇心が旺盛(おうせい)すぎる。


 もはや、ハーレイは、「精霊の泉」への案内人というより、森の説明人だった。

 だが、ハーレイは周囲に誰もいない今こそ、質問ができる機会であることに、ようやく思いあたった。


「カイル、倒れていたと聞いたのだが」

『イーレが言っていた?』

「ああ、和議が延期になったので、気づかず、こちらに戻ってしまった。身体は大丈夫なのか?」

『もう、平気だよ』

「……もしかして、俺のせいか?」

『いや、どぐされ精霊のせい』

「どぐされ――?」

『世界の番人に捕まってたんだ』

「!!!」


 まさかの世界の番人を性根の腐った者扱いするとは!ハーレイは血の気がひいた。


「カイル、精霊に聞かれるぞ!」

『知ってる。聞かせているんだ』


 さらにハーレイは血の気がひいた。


「頼む、カイル。村ではそういう不敬な発言は控えてくれないか?」

『ん?ああ、そうだね。村「では」控えるよ』


――しまった!懇願の仕方を誤ったっっっ!


 これは話題を変えるに限る。ハーレイは急いで別の質問を投げた。


「カイル……そのイーレも……精霊獣になったりできるのか?」

『こんな風に、できるのは僕だけだと思うよ。もともと、イーレを探すために僕のウールヴェを飛ばすつもりだったけど……。イーレの悲鳴が聞こえたから、てっきり事件に巻き込まれたかと思って、ウールヴェに同調してみたんだ。案外上手くいくもんだね』

「そんな、ちょっと散歩してみました、みたいな口調はやめてくれ」

『散歩より労力はいるんだけどなあ。でも悪くない散歩だよ。こうして西の民の領地を見ることができるとは、感激だ。もっと早く、このやり方に気づけばよかった』

「……イーレはなぜ子供の姿をしているんだ?ナーヤ婆はメレ・アイフェスの技だと言ってたが……」

『……あのお婆様、本当に凄いね……』


 カイルは感心したようだった。


『その通りだよ。僕達の外見は必ずしも実年齢に一致していない』

「イーレは何歳なんだ?」


 会話が不自然にとぎれ、すごく長い沈黙が訪れた。


『……その質問はしないでくれる?僕はまだ死にたくない……』


 精霊獣は本気で震えていた。どうやらカイルの首元にも、鎌は振りかざされているようだ。メレ・アイフェスの世界でも、女性の年齢に関する禁断の質問は存在する、とハーレイは学んだ。




 たどりついた精霊の泉はいつもと変わらず静かだった。数頭の鹿が水を飲んでいた。陽の光が差し込み、水面に美しく反射していた。


『綺麗だね。イーレと出会ったのは「精霊の泉」みたいだけど?』

「彼女はその岩にいた」

『なるほど』


 獣は巨岩の周囲を歩き回った。


「何をしているんだ?」

『イーレが着地した場所を探している』


 結局、カイルの探していたものは、少し入った森の中にあった。草が回転上に倒れて、わずかに薄い金色に輝いている。


「精霊の輪?」

『……見たことあるの?』

「ライアーの塚でよく見かける」

『……なるほど』

「ここにきた理由はこれを探しに?」

『いや本命は別』


 カイルはすたすたと大岩の前に戻って行った。


「?」

『ハーレイ、馬が逃げないように、ちょっと離れた場所に繋いでおいて』


 ハーレイは指示に従った。


「これでいいか?」

『うん』


 次の瞬間、ハーレイは遮蔽がなんたるかを悟った。

 カイルが遮蔽を解いたからだ。


 場の雰囲気ががらりと変わった。なぜ馬小屋で彼が遮蔽をしていたのか、今、馬を離れた場所に繋げるように警告したのか正確に理解した。

 目の前にいるウールヴェから赤いオーラが立ち上る。泉にいた鳥たちは、一斉に羽ばたき、水を飲んでいた動物達は逃げ出した。


 カイルは激怒しており、その怒りを今まで抑え込んでいたのだ。


『この腹黒精霊、でて来やがれっっっ!!』


 青年の激怒ぶりと、精霊に対するあまりの不敬さにハーレイは絶句した。





 セオディア・メレ・エトゥールは脳裏に響いた突然の罵声(ばせい)に、書いていた親書にインクをこぼした。


「……」


 西の民の領地に、カイルが意識を飛ばしている事情は熟知していたが、いったい彼は何をしているのだろうか。





 意識のないカイルの手を握って同調を補助していたファーレンシアと、それを見守っているシルビアは驚いて、顔を見合わせた。






 アドリー辺境伯であるエルネスト・ルフテールは、ぷっと吹き出した。

 彼と同じ声を聞いたのは、庇護(ひご)している黒髪の歌姫だった。彼女は歌うのをやめて首を傾げた。


「……閣下、今の声はなんでしょうか?」

「ああ、気にしなくていいよ、ミオラス。聖地で精霊獣が遠吠えしたようだ」

「遠吠え……ですか?」

 

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