(74)閑話:拠点の思い出⑤
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「ロニオスには感謝しているし、おかげでエレンに出会えた。子供の世話ぐらいどうってことはない。いくらでも協力しよう」
「ありがたいけど、貴方って本当にエレンにベタ惚れね……」
アードゥルは珍しく唇の端をあげ、肯定した。
ロニオス・ブラッドフォードが中央から帰還するまで、三人による育児は続いた。今まではロニオスが管理していたから、地上人が普通に世話をしていたという。
ロニオスは不在中に赤子が起こす超常現象が、パニックを引き起こし、無知な地上人の迫害犠牲になることを恐れ、ジェニ達に託したのだ。
「…………それって、すでに子供に情を湧かしてないのか?」
「気づかないふりをしてあげるのも温情よ?」
ジェニは、片目をつぶってみせた。
アードゥルが遮蔽をしてさえいれば、金髪と金色の瞳をもつ赤ん坊は、素直で愛らしかった。
赤子はアードゥルと共に過ごせばいつでも上機嫌だった。
「普通は女性の方に懐くものだけどね」
ジェニとエレンは、その様子を見て笑った。
「それは男性がこういう触れ合いをしないからだろう」
「違いないわ」
アードゥルはジェニに許可をもらい、ロニオスの赤ん坊に地下拠点への入場権限を与えた。さすがにアードゥル自身の日常の業務を放置するわけにはいかなかったのだ。
普段、無愛想で人付き合いの悪いどこか排他的なアードゥルが、見慣れぬ赤ん坊を片腕に抱いて地下拠点の廊下を闊歩した時、すれ違う研究員は皆、ギョッとして二度見していた。
未だかつて、これほどおかしな組み合わせがあっただろうか。
「アードゥル、どこから誘拐してきたんだ?!」
失礼極まりない驚愕の叫びに、アードゥルは発言者達を睨んで黙らせた。だが、その不釣り合いぶりは、何よりもアードゥルが自覚していた。
「本当に、どこから誘拐してきたんだか」
アードゥルの研究区画までわざわざ訪問しにきたエド・アシュルは、事実を確認して面白そうに言った。
「エディ、それを言いにわざわざ拠点に戻ってきたのか?」
「各拠点に衝撃が走る噂が駆け巡ったんだ。確かめたくなるのは当たり前だろう?『アードゥルが誘拐犯になった』『アードゥルが気が触れてデカいぬいぐるみを持って廊下を歩いていた』『エレン・アストライアーが子供を産んだ』……」
「あっているのは2番目だけだな」
「え?本当にこのぬいぐるみを抱いて拠点の廊下を歩いたのかい?」
柵のある簡易寝台の中で赤子より大きなぬいぐるみと、問題の赤ん坊は戯れている。やや驚愕の表情でエド・アシュルは、アードゥルを見た。
「歩いたが、何か?」
遭遇した連中にとって、さぞホラーな光景だっただろう、とエド・アシュルは思った。
鉄面皮に近い無愛想な男が、巨大なテディ・ベアを持って拠点の廊下をずんずんと歩いていく――そんな面白い光景を見逃したのか、とエド・アシュルは本気で悔しがった。
「で、女性達は?」
「今は仮眠時間で、休んでいる。エディ、拠点に舞い戻るくらい暇なら、育児を手伝って欲しいものだな」
「噂のロニオスの三番目の子供を見に来ただけだ。それほど暇でもないんだ」
「手伝うとジェニ・ロウの覚えがめでたくなると思うが……」
「なんでも手伝うから言ってくれ」
ロニオスの副官を口説き落としている最中のエド・アシュルの豹変ぶりに、アードゥルは笑いを噛み殺した。
そんな育児事業はロニオス・ブラッドフォードの帰還により終わりを告げた。
すでにルーチンと化していた日常を失い、アードゥルは心に空虚なモノが生まれたことを自覚したが、それが何かわからなかった。
ロニオスからの育児協力の礼は、地上植物の大量サンプルやアードゥルが欲しがっていた論文や資料と潤沢な予算だった。
過剰とも言える贈答品にアードゥルは呆然とした。
「受け取っていいと思うわよ。私達はそれぐらいの貢献はしたんだから」
臨時補給品の個人リストを渡しながら、ジェニは言った。
「ジェニは何を貰ったんだ?」
「最新の量子コンピュータよ」
にっ、と勝利の笑みをジェニ・ロウは浮かべた。
「これまたロニオスの財産を消耗させる品を頼んだなあ」
「ロニオスに説教しようと思ったけど、やめてあげたわ」
それはロニオスの目論見にハマっているのでは、という指摘をアードゥルは懸命にも飲み込んだ。ロニオスだったら、ジェニの要求を予想して、とっくの昔に手配を終えていそうだった。
「ところで最近元気がないとエレンが心配していたけど?」
アードゥルは突然の問いかけに苦笑を漏らした。
普段は真面目な無表情男が、ある日巨大テディ・ベアを抱えて歩いている――この光景に遭遇する恐怖!
(なお、このぬいぐるみはエレン・アストライアーの手作り品である)
※注)イーレの裁縫の腕は聞かない方がいい(何)
続きます。
(いつになったら新章に入るんだ、と作者も思っている)




