(50)カウントダウン⑧
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意外なことに、ロニオスはエトゥールに落下軌道以外の条件は全て切り捨てた。
ディム・トゥーラはその助言の意味を理解できなかった。
「その選択の根拠はなんですか?」
『基本に帰ってみたまえ。もともと直径50キロの恒星間天体に観測ステーションの一部をぶつける予定だった。それが分裂している。シャトルの目標は直径20キロ以下だろう。質量を軽減するという第一段階の目標は達成されているとみなした』
まあ、確かに――とディム・トゥーラは納得した。分裂していなかった場合、観測ステーションの爆破で軌道変更しか手は打てなかったはずだった。今は巨大な欠片の片方を確実に消滅できるのだ。
ウールヴェはスクリーンを空中展開させた。
『これ以上の質量の軽減を望むなら、地上組にやってもらえばいい』
「ですから、それの難易度が――」
『難しくはない』
ウールヴェは恒星間天体の軌道にたいしてシャトルの進路を多数描いてみせた。彼は簡単にディム・トゥーラの求めている解を提示した。
『これは宇宙空間をテーブルにした三次元の古典遊戯だ。しかも目標は動いている。だが着地点は一箇所――そう考えれば単純だ。古典遊戯の経験は?』
「ありますが、あまり面白くなくて、すぐに飽きました」
『そりゃ、そうだ。我々なら頭の中で計算してしまい、全て正しく目標に叩きこめる。それと一緒だ』
「……単純……ですかね?」
『単純だろう。恒星間天体の移動速度と接触地点のシャトルの入射角度と衝突爆発にたいする反動力による軌道変更角度を計算すればいいだけだ』
「簡単に言いますが……貴方はこれをどうやって算出したんです?」
『計算プログラムはジェニに作ってもらっている』
「?!」
話が変だった。
「待ってください。そのプログラムがもう存在しているんですか?」
『あるとも』
「なぜ?」
『君がここで、つまづくことを予想していた』
「………………………………」
ディム・トゥーラは確認するかのようにジェニ・ロウを振り返った。ジェニ・ロウは申し訳なさそうな表情をしていた。
ディム・トゥーラは追及するべき言葉がでてこずに、口をぱくぱくとした。
『計算の難易度が高ければ、中央一のプログラマーの力を借りるべきだろう?』
「いえ……そういうことではなく……俺がつまづくことを予想していたと……」
『つまづいただろう?』
「……それは認めますが……いや、それより……俺が助言を求めなかったら?」
『そのまま見守っていた。間違いなくタイムオーバーをしていただろう』
「………………………………」
ちょっと待て、とディム・トゥーラは思う。
造り酒屋の増築で釣った助言だが、もしや等価交換の条件がなければ、ディム・トゥーラに答えを教える気はなかったということなのだろうか?
実の息子や地上組の生死がかかわることを、教育材料とし、質問をするまで断固として教えないというスパルタの道を選択するなどありえるだろうか?
しかもそれはロニオスにとって酒で売買されるようなレベルだったのだ。
鬼畜だ――っっっ!!!
「だから鬼畜に分類されるって言ったでしょ?彼の鬼畜度はこんなものではないわよ?」
「こんなのかわいいレベルだとも言ったよな?」
上司夫婦がディム・トゥーラの推測を肯定した。彼等の視線には同情の色がこもっていた。
「まだまだ、ロニオスを理解していないわね」
「ああ、まだまだだな」
「貴方達だって、教えてくれたって――」
「きつく口止めをされていた」
「――」
ありえない。ありえない。ありえない。
ディム・トゥーラは目の前に立ちはだかるウールヴェの姿をした男性の理解できない心理領域と、今までの時間の消費と疲労にがくりと床に膝をついた。
『酷い。鬼だ。鬼畜だ。悪魔だ』
「それって自己分析しているのかしら?」
『そんなわけないだろう?!酷い仕打ちだと思わないか?』
「当然の結果だと思うけど?」
ジェニ・ロウはちらりと離れた端末で怒り狂って作業をすすめている若人に目をやった。ディム・トゥーラから立ち昇る憤怒のオーラはまだ消えていない。
『望む通りに助言をしたのに、なぜ、酒の発注書を消去されるんだ?!』
「報復として当然だし、妥当だと思うわ」
「私は酒瓶を全部叩き割らなかったディム・トゥーラの心の広さに感動しているよ」
作業を進めながらエド・ロウは隣で評した。
「実に寛大だ」




