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【完結】エトゥールの魔導師  作者: 阿樹弥生
第2章 精霊の御使い
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(3)代価

「カイル様?」

「……僕は救い手ではない。『精霊』とやらも無関係だ」

「だが貴方(あなた)は、ここにこうして現れたではないか」


――いや、それは僕にもわかりませんっ!こっちが聞きたいっ!

 カイルはその叫びを押し殺し、冷静であることにつとめた。


「何かの間違いだ。僕はここにいてはいけない存在だ。先日ここに降りたことで罰を受ける身なんだ」

 その言葉に、はっとしたように少女は顔をあげた。

「先日、私が話かけたせいでしょうか?」


 鋭い。


「いや、うん、まあ……」

 カイルの返答はやや歯切れの悪いものになり、少女に追い討ちをかけてしまった。泣き出しそうになる少女に青年が慰めの言葉をかける。


 最高に居心地(いごこち)が悪かった。


「……話だけはきいているが、僕は北の進軍も南東の水害も力にはなれない」

「北⁉」

 青年は顔色を変えて立ちあがった。

斥候(せっこう)からはなんの情報もないが、北だと⁉」

 青年の反応にカイルはファーレンシアを見たが、彼女はふるふると首を振った。

「私にはわかりませんでした」


 二人が欲する一番の救いは何か?


 カイルはこの場を収める覚悟を決めた。

「……何か、かくものを」

 青年はすぐに動き、ドアの向こうに指示をくだした。

「羊皮紙とインクを持ってこい」


 用意された羊皮紙をカイルは卓の上に並べた。彼はペンを取ると一気に書き出した。

 ファーレンシアは察して、すぐに予備の羊皮紙とインク壺を窓際に用意した。青年はカイルの手元から目を離さないが、邪魔もしなかった。時々、少女が作業をしやすいように角灯の位置を調整したり、新しい角灯を用意したりした。

 カイルは自分で光源を作ろうかと思ったが、さらに騒動になるので断念し、作業に没頭した。

 すべてが完成し顔をあげたころには、窓の外が明るくなっていた。

――我ながら大作だな。

 カイルは自画自賛をした。


「……地図か」


 青年が茫然とつぶやく。

「こんな精密な地図は見たことがない」


 その賞賛にカイルの自己満足はさらに満たされた。カイルはほんの数時間前のディム・トウーラの会話記録を思い出しながら語り始めた。


「ここに集団がいる。僕が先日教えてもらった『隣国との争い』に関連している」

 若き領主はその意味を正確に悟った。

「そこは隣国の(とりで)だ。戦争時には拠点になる」

 ディム・トゥーラの推測は正しかった。

「人が集まりつつある。数は二千くらいだったかな」

 観測ステーションの一日は対象目的の惑星と一致させていたはずだ。

「約十四日前の話だ」

「私とお会いした時ですか?」


 カイルは少女に頷いてみせた。


「クレイ!」

 扉から体格のいい武装した人間が入ってきて、カイルはぎょっとした。この惑星住人の体格の個人差は激しいのだろうか。そんなに身長の低くないカイルが完全に見上げるほどの男だった。2mを越えているのではないだろうか。

「――」

「――」

 青年が厳しい調子で何事かを告げているが、先ほどと違って二人の会話は全く違う音声であり理解できない。

 カイルは翻訳インプラントが作動していることを確認した。翻訳されないのは言語情報のサンプル不足によるものだ。


「……やっぱり会話は君達だけに限定されるんだな」

「そうなのですか?」

「僕の言葉は、君には問題なく通じている?」

「異国の方より、はるかに聞き取りやすいですわ」

 カイルは二人を(あご)で示した。

「彼らの会話はさっぱりだ」

「……不思議ですわね。精霊の加護の有無でしょうか?」


 また『精霊』――全く理解できないキーワードだった。

 兵士らしき人物が立ち去り、青年はカイルに向き直った。


「カイル殿。その地図をお貸し願えないだろうか?敵の侵入を(はば)む最大の武器だ」


 この領主は頭がいい。この時代に欠けていて持ちえない、『情報』が武器になることを理解している。

 責任と重圧を背負っている目。

 ――こういう目は嫌いじゃないんだけどな……。


「地上への干渉は禁じられているんだ」

 建前上の理由を述べたが、セオディアは引き下がらなかった。

「地上への公平さを欠くことは理解できる。『精霊』は人に(くみ)しない。『精霊の御使(みつかい)』である貴殿もそうであろう。だが、昔より隣国の侵入は頻繁(ひんぱん)で犠牲も多大だ。掠奪(りゃくだつ)虐殺(ぎゃくさつ)――私はエトゥールの(たみ)を守りたい」


 ……ですよね。


 カイルはため息をついた。


『カイル様』


 そっとファーレンシアは思念を飛ばしてきた。


『どうか、エトゥールの(たみ)にご慈悲(じひ)を』


 いやいや、職場の解雇(クビ)が確定している身としては、慈悲(じひ)が欲しいのはこっちだ。カイルは心の中で(なげ)いた。

 先の先まで考えて立ち回る必要があるのだ。『精霊』うんぬんの下りはまったく理解できなかったが、勘違いに便乗するのは悪くない。

 カイルは青年を(にら)み、威圧(いあつ)した。


「これは禁忌(きんき)とされている。これを手に入れるには、相当の代価と覚悟が必要だ」


 嘘は言ってない。

 兄妹はその言葉に息を飲んだ。

 セオディア・メレ・エトゥールは一方で理解していた。これが市場にでていたら、大金を積み上げても入手するであろう。等価交換の要求は金か、地位か、それとも妹の身か?

「――代価とは?」



「とりあえず宿泊と3食昼寝(ひるね)付きで」

「は?」


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