(32)祝宴⑥
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
野球がないから、無事に夜更新。(露骨)
長い歓談の時間を経て、中庭で行われた前代未聞の簡略化されたエトゥール王族の婚姻の儀式が無事に終わった。
だがカイルは裏のある貴族の相手をするより、こちらの方が親しい関係者に純粋に祝福されて心地よく思っていた。何よりもファーレンシアが幸せそうにしていることが満足の理由だった。
「カイル様、よろしいですか?」
「ああ、いっておいで。身体は冷やさないようにね」
「はい」
ファーレンシアはシルビアと共に女性達の集団に合流するようだ。
今から、女性だけで大部屋にこもり、いろいろな話をして過ごすらしい。この男子禁制の儀礼だけは、ファーレンシアと侍女達が強く希望し、省略を免れたのだ。
ウールヴェは集まっていく女性達を見送った。
「ナイト・ガウン・パーティだって」
『なんだ、それは』
「夜着で、くつろいだ状態で、恋話の井戸端会議をするらしい。男子禁制だってさ」
『その間、男は?』
「多分、酔いつぶれてへべれけになっているんじゃない?」
カイルの指摘通り、男性の参加者は現時点で、ほぼ酔いつぶれていた。
平然としてまだ酒を飲んでいるのは、メレ・アイフェスと若長ハーレイと意外なことに専属護衛のアッシュだった。そこにいつのまにか狼姿のロニオスが混じっていた。
彼等はたのしそうに飲み交わしていた。
『地上文化は理解しかねる』
カイルの隣でくつろいでいたウールヴェの虎は、立ち上がった。
『俺はそろそろ帰る』
「あ、待って」
カイルは虎のウールヴェを呼び止めた。
「あの……もう少し、地上にいない?」
『なんのために?いつまで?』
ディム・トゥーラの問いかけは、要点に特化し、簡潔だった。カイルは言葉を探して慌てた。
「そんなに長くないよ。……夜明けまでだし、理由は僕の極めて個人的な要望で……」
『これから姫と過ごすんじゃないのか?馬に蹴られるのはごめんだ』
「多分、今晩は侍女達がファーレンシアを放してくれないし、マリカもファーレンシアもそんなことを言ってた」
『つまり結婚式のあと、独りで暇を持て余している、新郎の話相手をしろと』
「そんな、身も蓋もない……」
『違うのか?』
カイルは不満げに頬をふくらませた。
「ディムと見たい光景があったんだよ。エトゥールが消滅したら、もう見ることができない」
『――』
カイルは説教がくるか、と身構えた。
この忙しい時期に何をふざけたことを言ってるんだ、そんな暇はない、とかそういう罵倒を覚悟した。
まあ、怒られても仕方がない。
この大災厄直前ともいえるこの時期に、要である観測ステーションではまだまだ準備項目がたくさんある状態だ。
それなのに自分は「ディムと見たい光景がある」という極めて個人的な時間消費を提案しているのだ。本当は結婚の儀に参加してもらえたことが、破格の融通なのだ。それにつけこんで、さらに平和ボケ的な要求をしている自覚がカイルにはあった。
『いいぞ』
あっさりとカイルの要望は承諾され、カイルの方が拍子抜けした。
「え?いいの?」
『俺と見たい光景があって、エトゥールが消滅したら、もう無理なんだろう?…………いや、お前の絵があれば、後日でも見れるということか?』
後半は呟きになり、その可能性を追求する気配があった。
ディム・トゥーラは性格的にドライな面がある。カイルの絵の腕を評価しているのか不明だが、「絵で足りるから、やっぱり帰る」と言い出されることを全力で回避する必要があった。
「僕の絵では、表現しきれないんだ」
『お前の絵で?』
「百聞は一見に如かず、だよ」
『護衛はいなくて大丈夫か?――まあ、いざとなったら、俺が飛べばいいのか』
「王都の人口も減ったし、治安はまだそこまで悪化していないよ」
カイルも立ち上がって、ウールヴェと一緒に城門に向かって歩き出した。




