(29)祝宴③
お待たせしました。本日分の更新になります。
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ウールヴェは笑った。
『苦労して作った甲斐があったというものだ』
「作った?」
解説を加えたのは、ディム・トゥーラだった。
『ロニオスは昔、米からの発酵酒を西の地に根付かせようと奮闘して失敗したらしい。多分、この酒はそこから由来がきている』
「はい??」
『ちなみにエトゥールに葡萄を使ったワイン文化を根付かせたのは所長だそうだ』
カイルは呆れて、あんぐりと口をあけた。
晩餐会などで飲んだ他国も羨む最高級の葡萄酒の開発者が所長であるエド・ロウだとは思わなかった。
「ア、アル中集団が地上文明に干渉するとこうなるのか……」
『だから私はアル中ではないといっているではないか』
『この酒、捨てていいですか?』
『そういうことは作り手に対する冒涜だと何度、言わせるんだね?!』
『アルコール依存症じゃない証明に酒を断ってみますか?』
『そんな恐ろしいことを言うなっ!断食はできても、断酒はできん!』
依存症患者そのもののような発言をしていることに、ウールヴェは気づいていない。
カイルは、ちらりとメレ・エトゥールと歓談しているハーレイ夫婦を見た。
「貴方のせいで酒豪戦闘民族が爆誕しているよ」
『西の民の麦酒依存は私の責ではない』
「根本の酒依存は貴方のせいだと思うけど」
『酒依存?西の民が?』
ディム・トゥーラが不思議そうに言った。
「彼等は恐ろしいことに麦酒一樽を5〜10人で消費するんだ」
『――』
虎はカイルを見つめた。
『………………待て、計算式がバグった』
「その気持ち、よくわかるよ。信じられないことに一人当たりジョッキ30杯〜60杯飲むらしいよ?実際に御前試合後の宴ではそれくらい飲んでいた」
『体内チップもない地上人がそこまで飲めるか?』
『私なら飲めるな』
『参戦しないでください。そもそも貴方は地上人ではないでしょう』
『質より量を求めるから米の発酵酒は西の地で淘汰されたのだ――ああ、このネタで10本くらい論文がかけそうだな…………』
『やめてくださいっ!』
ディム・トゥーラを救済するために、カイルはウールヴェの空になった器に酒を注いで、気をそらした。ロニオスは酒を美味しそうに飲んだ。人間の手があったら、一気に飲み干す勢いだった。
そこへ風が吹き抜け、花びらがカイル達周辺を派手に舞った。まるで、世界の番人が笑ったようだった。
しばらく、一人と二匹は酒を静かに味わった。
『メレ・エトゥールの言葉ではないが、本当に運命はわからないな』
世界の番人の祝福を眺めながら、白い狼は呟いた。
『大災厄前に、このような場所にいるとは、夢にも思わなかった』
カイルはグラスを傾けながら尋ねた。
「ロニオス、本当に地上に降りてきてくれるんだよね?」
『いきなり現実世界に戻された』
ウールヴェはカイルの不粋さに嘆いた。
『大丈夫だ。この酒が協力の取引材料だ』
ディム・トゥーラが保証した。
「そんなことだろうとは、思ったんだ」
ディム・トゥーラの言葉にカイルは納得した。
「ナーヤお婆様が言っていたもんね。袖の下って」
『言ってたな』
『秘蔵酒の提供元はナーヤか』
ロニオスは諦めの吐息をついた。
『まったく絶妙なネタで追い詰めてくるものだ』
「僕としては、エトゥールの被害を抑えてくれる可能性があるロニオスを引きずり出してくれたナーヤを大絶賛したいよ。大災厄後も協力してくれない?」
『断る』
ウールヴェはつれなかった。
「拒否の理由を聞いても?」
『私はずっと大災厄回避のために動いてきた。大災厄の後始末など生き残った地上人が考える範疇だ。過干渉と表現してもいい。君達はともかく私が協力する理由がない』
『なるほど――で、本音は?』
さりげなくディムが誘導する。
『年寄りをこき使うな。私は縁側で日向ぼっこをしながら、朝から酒を飲んで、ほのぼのと昼寝をするのが夢だ。この夢は誰にも譲らない』
身も蓋もない本音を思わず語ったロニオスは、弟子に乗せられたことに気づき、はっとした。
虎は首を傾げた。
『「縁側」ってなんだ?』
「東国独特の平家文化の一種で、屋敷の部屋と屋外の庭との間にある空間のことだよ。建物のヘリ部分から張り出して造られた板敷きの通路で、広い庭の光景を見ながらお茶を飲んだりして楽しむ文化がある」
カイルは敷き布からのぞいている地面に、器用にわかりやすい略図絵を枝で書き上げた。ディム・トゥーラの質問に対して、そのまま解説する。




