(3)情③
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
ダウンロードありがとうございました!
カイルは大きく息をついた。支援追跡なしの同調は、相手の感情との境界線が曖昧になりやすい。明らかにリルの感情に引きずられていた。
この涙は、将来サイラスの死を知った時のリルの絶望に等しい。
「音とともに山裾を黒い噴煙が凄まじい勢いで下っている。数百℃以上の高温の火山ガスが、時速百kmのスピードで一帯をあっというまに飲み込んでいる。サイラスはリルを抱いて馬で逃げ、再起動した移動装置に走ったんだ。だけど、火砕流のスピードの方が早かった。サイラスは間に合わないと判断するとリルだけを移動装置に転移したんだ。能力的に二人の転移は無理だと判断して、リルを優先したんだよ」
カイルは涙を拭い、部屋の入口を振り返った。
「イーレ、貴女の弟子は立派だ」
入口にハーレイとともにイーレが立っていた。
イーレは無表情のまま部屋に足を踏み入れると、再生ポットの治療液に沈む少女の傷ついた身体を見下ろした。サイラスの突然の死という衝撃的な事実に対するイーレの感情は、カイルですら読めなかった。
――違う
ハーレイが支援追跡者として、完璧に遮蔽して、イーレの激情を抑え込んでいるのだ。
「シルビア、リルの状態はどうなの?」
「再生ポットが間に合いましたから、皮膚再生、火傷治療、気道修復にほぼ2週間というところです」
「火傷の傷跡は残るの?」
「残しません。私が責任もって治療します」
「ありがとう。リルはまかせていいかしら」
「もちろん」
「カイル」
イーレは今度はカイルを見つめた。
「いくつかお願いごとがあるの」
「なんだろう」
「ディム・トゥーラとエドに伝えて。サイラス・リーの後見人として、彼のクローン再生を要求します。一連の手続きを彼等に委託するわ」
「わかった」
「次に、エドとジェニに。我儘なお願いごとだけど、サイラス・リーのクローン再生槽を研究都市から観測ステーションに持ち込んでほしい。あらゆるコネを総動員して」
「……その理由は?」
「この惑星が滅亡を回避したら、中央がどういう態度に出るかわからないから。再生したサイラスが中央に足止めされるのは回避したいの」
イーレはわざとらしくため息をついた。
「あの子、再生されて、私がいなくて足止めされたら研究都市か管理局を半壊させかねないわ」
「………………」
リクエストの内容がカイルの想像をはるかに超えて、明後日の方向に爆進していた。
「………………それ、この場をなごませる冗談?」
「冗談だと思う?」
イーレの赤い瞳がカイルに再び向けられ、カイルはそれをじっと見つめた。
カイルも溜息をついた。
「………………やらかしたことがあるんだ……」
「そうよ。後見人も大変なんだから」
たしかに大変そうだった。
「あと、もう一つお願い」
「なんだろう」
「サイラスが死んだ場所に行きたい」
その要求はカイルの予想の範疇だった。
「――まだ相当危険だと思うけど?」
「行きたいの」
カイルはハーレイの方を見た。若長は頷いてみせた。
「俺ももちろんつきあう」
「わかった。――シルビア、ここはまかせていい?」
「もちろんです」
「イーレ、上に戻ろう。ディムにも連絡をいれないといけない」
「ええ」
カイル達は拠点から聖堂に戻った。
アドリーのファーレンシアの元にいるウールヴェを呼ぶと同時に、ディム・トゥーラに思念を送った。
『ディム、リルは間に合ったよ』
『…………よかった』
カイルの連絡を待ちわびていたのだろう。ディム・トゥーラの安堵した思念が送られてきた。
『リルの記憶を覗いたよ。二人は火山の噴火の火砕流に巻き込まれたみたいだ。今からイーレと一緒に、サイラスのところにいってくる』
『俺も行く』
『え?』
『聖堂にいるな?』
『う、うん』
『ちょっと待ってろ』
『待って、待って。イーレがサイラスのクローン申請を要求している』
『わかっている。ジェニ・ロウがすでに申請手続きを開始している。後見人の承認ということでいいんだな?』
『う、うん、それから――』
『ジェニが研究都市の再生槽を観測ステーションまで移動させると言ってる』
『――』
カイルはポカンとした。こちらの要求がすでに満たされようとしている。
『え……?なんで?イーレの要求が先回りで叶えられるの?なんでわかったの?』




