(50)対価㉒
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
ブックマークありがとうございました。
そんな日常を送っていた自分が、地上に降りて生活をしている。しかも養い子まで得ているのだ。
人生とはわからない――サイラスはしみじみと思った。
リルは故郷方面の旅に同行を希望した。
「南に行くのは久しぶりだね。私、小屋にちょっとよりたいな」
小屋とは、幼いリルが父親と過ごした場所だった。
そこにあった在庫の荷物をほとんど王都に移動させてから、すっかりその場所にいかなくなっていた。
「ん~、じゃあ小屋でリルは待っているか。その間に、俺は移動装置の再起動しに行って、周辺の四ツ目を狩ってくるよ」
「わかった」
サイラスの実力を理解しているリルは、もう四ツ目ごときではサイラスの心配をしなくなっていた。
逆に最近はサイラスがリルを心配することが増えた。
リルは最近、年頃になってから容貌が魅力的な少女になりつつあった。成長しないイーレに見慣れているサイラスはその変化に困惑し、シルビアに確認するぐらいだった。
数年でここまで変化するものだろうか?
「地上人は短命で成長速度は早いのですよ」
「短命なのは知っている。でもこんなにすぐに成長するのか?出会ったときは、これぐらいだったんだぞ」
「10歳ならそれぐらいの身長ですね」
「今、イーレより大人になっちゃったんだぞ?!」
「貴方の師匠は年齢詐欺の代表ですから、基準としない方がいいと思います」
シルビアは真顔で言った。
「他に基準がないんだよっ!」
「それは由々しき事態ですね」
シルビアはサイラスの訴えをさらりと流した。
その魅力に悩殺された若者達が、リル目当てに店に通ってくるようにもなっていた。サイラスは、リルが露骨に口説かれている現場も目撃した。
サイラスはそのたびにイラっとしたが、リルもナンパ男のあしらいに慣れきっており、しつこい若者にはなにごとが耳元で囁いた。
そうすると不思議なことに若者は溜息をつき、がっくりと肩を落として店を去っていくのだ。
「なんて言って、追い払ったんだ?」
「ふふふ、内緒っ!」
小悪魔的に笑うリルに、サイラスはますます心配になった。
施療院でのお忍びのファーレンシア姫に魅了される第一兵団達の虫退治に、やっきになったカイルを笑えない状態であった。いや、むしろカイルの心情が今更ながらようやく理解できた。
虫退治大事――サイラスは心に刻んで、リルにふさわしくない虫は駆除することを決意した。
久しぶりに訪れたリルの生家には、埃が見事なほど積もっていた。
サイラスは地上に自動清浄装置がない弊害をいまさらのように驚いていた。
「こんなに、埃が積もるものなのか?!」
「ああ、うん、掃除するから2,3日滞在でもいい?」
「いいが、俺が外に言ってる間は、小屋周辺に防御壁を張れよ。俺以外が来ても、絶対にでるなよ。それから――」
細々といつもの過保護な注意が続く。リルは笑った。
「なんか緊急事態があったら、ウールヴェを飛ばす――でしょ?」
「うむ」
「じゃあ、なるべく早く帰ってきてね?」
「わかった」
「夕飯はシチューだからね」
「それは楽しみだな、リルのシチューは絶品だよ」
「いってらっしゃい」
「おう、いってくる」
早く帰ってきてね――よし、即行で移動装置を再起動してくるか。
リルが見送ると同時に、小屋周辺に防御壁が張られたことを確認してから、サイラスは南に位置する魔の森の移動装置に向かって走り出した。
一方、リルは扉をしめると埃だらけの小屋の中で、しゃがみこみ、少し顔をあからめていた
。
――い、今の会話、新婚夫婦っぽくない?
サイラスがそんな意識をしていないのは百も承知だが、リルは十分ドキドキした。顔がにやけるのをとめることができない。
リルが最近、多用する断り文句はこうだった。
「実はいつも三曲目を一緒に踊る人がいるの(嘘じゃない)。その人は今、エトゥール城の第一兵団の鍛錬の指導者をしていてね(嘘じゃない)。その人を決闘で倒せるなら、ちょっとだけ考えてみてもいいけど(絶対無理)」
虫退治効果が天下無敵の最高呪文だった。




