(49)対価㉑
お待たせしました。本日分の更新になります。
お楽しみください。
(連休中の更新があやしいので、今頑張っている(笑))
サイラスも観測ステーションにいた頃は、こんなふうに深く地上にかかわるとは思っていなかったのだ。いつもの惑星探索のように、無人機による事前調査が終われば、先発隊として降下し、必要なデータを取得する――それだけで終了するはずだった。
サイラスは、王都の中庭に降下するつもりが、南の魔の森に飛ばされたことを昨日のことのように、鮮明に覚えていた。
確定座標への外部からの干渉など、ありえないことだった。
この惑星は異常だった。だが、退屈はしなかった。
得体の知れない妨害で、シルビアの移動装置がありえない形で壊され、ディム・トゥーラが躍起になって人脈を総動員して――カイルがよこした地上の図書情報という釣り餌で、大量に釣った研究員だったが――本来のものよりはるかに耐久性が跳ね上がった移動装置だった。
シルビアの移動装置を消失させた落雷もどきのエネルギーから想定逆算して、恐ろしいほど丈夫な改造だった。
動物学専門の癖に、なぜそんな異分野の改造が指示できるのか、サイラスにとってのディム・トゥーラの持つ知識量は信じがいものだった。
降下隊に属する脳筋には理解できない、不思議のひとつだ。
まあ、ディム・トゥーラの人使いが巧みであることと、彼は暇があると論文を読んでいることに起因するのだろう。
論文を読むことの何がそんなに楽しいのか?サイラスには理解しかねる趣味だった。
理解しかねる趣味といえば、代表するのはカイルのアナログな手法の絵描きだった。
任務外の時は物品調達の管理部門にいたサイラス・リーは、毎度カイルの注文が調達部門泣かせだったことを目撃していた。
全デジタル時代に「紙」を知らない人間も多数だというのに、絵を描くための高級紙を要求したのだ。
しかもお前は給料全額費やしているのか、と突っ込みたい浪費ぶりだった。
彼は中央に帰郷することなく、いつも滞在する辺境の観測ステーションから出ようとしなかった。
サイラスが知る限り、一度も帰郷で観測ステーションを離れなかった人間は、カイルぐらいだった。
サイラスは不躾に聞いたことがあった。
家族とかに会いに帰らないのか、と。
「僕に家族はいないんだ」
「あ、悪い……」
「別に謝ることじゃないし、サイラスもそうだろう?あ、イーレがいるか」
「あの鬼師匠のババァは家族にカウントしないでくれ」
「…………サイラス、その勇気に感心するよ」
サイラスは気配を殺して背後にいたイーレに殴り倒されて、治療室のシルビアの世話になった。カイルは話題の責任を感じたのか、わざわさ見舞いにきた。
そんなお人好しのカイルが同じ天涯孤独とは思わず、サイラスは驚き、ほんの少しだけ親近感をもった。ちょっとした交流は、そこから始まった。
カイルは、所長のエド・ロウのプロジェクトには必ず参加していたし、イーレはエド・ロウと旧知の間柄でプロジェクトに同行することが多かった。自然、エド・ロウの片腕であるディム・トゥーラと、イーレの主治医であるシルビアもいて、ほぼ固定メンバー扱いされた。
サイラスは師であるイーレと行動を共にして辺境までつきあっていたが、同行した理由は、研究都市内の女性トラブルだった。
「俺は、遊びなら付き合うって、宣言して、それを承諾したくせに責められるんだぜ?謎だ」
「二股したとかではなく?」
「そんな面倒くさいことできるかよ」
カイルはぷっと笑った。
「遊び人なのに、そういうところは律儀なんだね。今まで何人と付き合ってたの?」
指折り数えて、サイラスは途中で数えることを放棄した。
「……わからん」
「……これだけ浮き名を流していながら、アプローチしてくる女性が絶えないのは、才能だね。俳優とか芸能関係で食べていけるのでは?」
「スキャンダルで一発アウトだろう」
「自分で言っちゃうんだ……」
「本当にめんどくさいよな。肉体だけの遊びの関係で、なんでダメなんだ」
「相手を大切にしたいと思えば?」
「自分の方が可愛い」
「自分より可愛く大切にしたいと思える相手と付き合えばいいんだよ」
「…………それができないから、遊び宣言をして予防線を張ってるんだけどな……」
「問題発言」
「きっとイーレが原因だ。イーレを基準にすると、誘ってくる女性がもう女神のように慈悲深く優しく思いやりに満ちているように思えるんだ。弟子入りの思いもよらない弊害ってやつだな」
「…………サイラス、勇気がありすぎるよ」
サイラスは背後から襲われ、またもや治療室送りにされた。
イーレが常日頃サイラスに説く武術の真髄には、弟子の安全という項目は一切なかったようだった。




