(43)対価⑮
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『地上人は寿命が短いし、僕達のように再生できるわけではない。神経質になるのはすごく理解できるんだ。危険な芽を摘みたいんだと思う。一部の地域の治安は良くないし、裕福な商人は狙われやすい』
『だからあの過保護ぶりか』
『いいじゃない。楽しいことしか興味のないサイラスが、これだけ地上に順応しているんだし、リルを大事にしているサイラスは好ましいよ』
『俺はリルの安全を軽視しているわけではない』
『わかってる。だって、ディムはリルの「精霊様」だもんな』
『……それは言うな……』
ディム・トゥーラもリルに精霊扱いされているのは、気づいていた。ちらりと自分の隣にいる白い虎を見下ろしたが、ウールヴェがちょっと笑ったのは気のせいだろうか?
『……あの……』
『なんだ?』
『……ちょっと相談事があるんだけど』
『相談事?なんだ?』
『……あ……言葉で説明するのは難しいから、今、報告書を送る』
『まどろっこしいなぁ。いったいなんだ?』
意外なことにカイルのウールヴェが背に紙の束を乗せてすぐにやってきた。妙に何かに怯えており、すぐに姿を消した。
「?」
おしゃべり好きなカイルのウールヴェにしては、変な反応だった。
『今、読む。ちょっと待ってろ』
『あ、いや……そんなに急がなくても』
たじろぐカイルの思念に、ろくなことじゃない気配はあるが、相談が必要な重要事項であるのも察した。ウールヴェのトゥーラの怯えと、カイルの躊躇いぶりに、少し嫌な予感はした。
報告書はカイルが書いたものじゃないことはすぐに理解した。文章の癖が違う。むしろ手慣れたような理論整然ぶりは、ロニオスに似ていた。
現在進行形でロニオスの論文を大量に読んでいるディム・トゥーラは、ロニオスの未発表の論文が地上で発掘されたのか、と錯覚をしたぐらいだった。
エトゥールの地下にある拠点の重要性と、大災厄後の地上復興にこれを利用した場合の利点が細かくかかれていた。
まあ、そうだよな――そのメリットは、納得のいく内容だった。
しかし、恒星間天体の進路変更による王都エトゥールへの着弾は、この拠点の存在する地下深度まで影響を及ぼす問題点があげられた。
地下拠点の安全維持など、計算外だったので、これも納得する指摘だった。だが、エトゥールに落すことを計画したロニオスがこの点を見落としていたのだろうか?
恒星間天体の衝突時の衝撃を可能な限り削減する手法が望まれる――少なくとも拠点のエネルギー源の誘爆を未然に防ぐ程度の対策が必要と。
これは再計算が必要か?
やや膨大な再解析が要求され、少しディム・トゥーラの気は遠くなった。それほど時間は残されているわけではない。間に合うかどうかの保証もなかった。
だが、最後の考察部分は再解析を要求しているわけではなく、再解析が間に合わない場合を考慮した代案が提示されていた。
「………………」
その内容を読み進めていったディム・トゥーラは目を剥いた。
『ふざけんなよっっっっ!!!!』
ディム・トゥーラの怒号の思念がカイルの脳を直撃した。衛星軌道からだというのに、すさまじい威力で、カイルは頭痛に呻いた。自分が過去に何度か同じことをディム・トゥーラにしている事実をすっかり忘れて、カイルは唇を尖らした。
「ほら、やっぱり怒った」
「支援追跡者として、至極まっとうな反応だ」
「私もそう思う。私でも怒鳴りつけるのは間違いない」
エルネストも優雅にお茶を飲みに同意した。アードゥルもお茶を飲み干した。二人とも完全に他人事だった。アードゥルの空になった茶器に、ミオラスが新しいお茶を注ぐ。
「現在進行形でディムに怒られるのは僕なんだけど?!」
「まあ、そうだな。そのまま怒られてくれ」
「ちゃんと、場所は提供している。安心したまえ」
「完全に人身御供だよね?!」
「この計画の難点は二つある。能力者の不足と、観測ステーションにいる君の支援追跡者の説得だ」
アードゥルは指折りカイルに示した。
「前者を解決するには、後者の支援追跡者の説得が必須なのは君も理解できるだろう」
「うっ……」
「そして、その説得役は彼が保護対象としている君しかいない」
エルネストも完全にカイルの外堀を埋めた。やけに楽しそうだった。アードゥルがエルネストの性格が悪いという証言は正しいのかもしれない、とカイルは思った。
「ううっ……」
「これが成功するか、は、君がどれほど、この計画をすすめたいかによる」
「ううっ……」
「恒星間天体の落下衝撃を軽減させる直接の恐怖にくらべれば、たいしたことがないだろう?」
「僕は落下してくる恒星間天体より、怒ったディム・トゥーラの方が怖い……」
カイルはガタガタ震えた。
「イーレの実年齢を指摘した時と、いい勝負だよ」
「「そこまで?!」」




