(42)対価⑭
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サイラスの言葉はもっともで、ディム・トゥーラは説得力を感じた。
地上が崩壊するような事態になっても、カイルがファーレンシアを置き去りにして、一人脱出することなど想像できなかった。間違いなく、彼は姫と運命を共にすることを選択するだろう。
『所長達に相談をする』
『リルに対する許可が下りないなら、移動装置の再起動は協力しない。そう伝えてくれ』
ディム・トゥーラは降ってわいた新たな問題に溜息をもらした。
『クトリを犠牲にするつもりはないんだろうな?許可が下りなくても彼だけは離脱させてくれ』
『それぐらいは妥協するさ。彼は俺達のために降りてきてくれた。恩を仇で返すつもりはない。そんなことをしたらイーレに殺される』
『あいかわらず、師匠の判断が基準なんだな』
『それ以外の何があるって言うんだよ』
サイラスは優秀な先発降下隊の一人だったが、倫理観が欠落していることは、研究都市で有名だった。その彼の今の判断基準がイーレに殺されるかどうかということは、初耳だった。
ある意味、イーレのサイラスに対する教育は成功しているとも言えた。イーレは年齢に関する不当な暴力はあっても、倫理観は正常だったからだ。
『でもリルを気遣うのは、イーレは無関係だろう?』
『リルは、俺の養い子だからな。俺だっていろいろ努力しているんだ』
『努力?』
それも初耳だった。
『ちゃんと、あの子の手の骨を折ることなく、エスコートをマスターしたぞ?』
『は?』
今、とんでもない発言がなかっただろうか?努力の方向が予想外の内容だった。
『手の骨ってなんだ?』
『手の骨は手の骨だよ。俺の握力だと、うっかりリルの手の骨を折っちゃうからさ』
『――』
確かに、サイラスは過去に手足を欠損し、筋力増加の特殊再生をしている。
重量物を軽々と持てたり降下した時の調査で役にたっているが、それで養い子の手の骨を折るというのは、いささか異常ではないだろうか?
カイルが、サイラスの脳筋ぶりを嘆いていた意味がよくわからなかったが、このことか――と、今更ながら、理解した。
それとも、これは進歩だと、認めるべきなのだろうか。いや、基本的に、基準がおかしい。
はるかに路線をはずした脳筋ぶりに、ディム・トゥーラは頭痛を覚えた。
『ディム?』
『あー、なんでもない。しばらく、エトゥールに待機してくれ。所長の許可がでたら移動装置の再起動だ』
『それは、困るな。俺がエトゥールに足止めされると、リルの商売に支障がでる』
『支障?なぜ?』
『俺がリルの護衛もかねているからだよ』
『他の護衛専門の人間がいるんだろう?』
『もちろんいるが、皆、俺とイーレより弱い』
『いや、イーレとサイラスより強い地上の人間なんて、いないだろう?』
『若長はイーレより強いし、暗殺者であったアッシュは俺に負けないぞ?』
『いや、そうじゃなく――』
『なかなか、俺の目にかなう実力者がいないんだよ』
『……リルの護衛で?』
『リルの護衛で』
『……つまり、他人にまかせられない?』
『そう』
ディム・トゥーラは、サイラスの拗らせぶりに不安を覚えた。
『そうなんだよ、拗らせているんだよ』
カイルは同意した。
『どうして、こうなった?極端に過保護すぎるよな?』
『イーレが基準だからじゃないかなぁ』
『は?』
『イーレを基準にしたら、地上の女性って、儚くて、すごくか弱いよね』
『――まあ、イーレを基準にしたらそうなるな』
『人形のように壊してしまいそうで、怖いんじゃないかなぁ』
『それ、おかしいだろう?』
『おかしいよ。だから脳筋ぶりがひどいって言ってるの。おまけにイーレはこれに関して放置なんだよ』
『放置?』
『師匠が脳筋だから、弟子が脳筋になるのは仕方がない、って』
『……………………』
納得しかけて、慌ててディム・トゥーラは頭をふって、考えを追い出した。ここは、納得してはいけないネタだった。
『でも、過保護になるのは僕も理解できるよ。僕もファーレンシアには過保護だもん』
『まあ、そうだな』




