(39)対価⑪
お待たせしました。本日分の更新になります。
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ブックマークありがとうございました!
現在、体力回復時のリハビリ投稿のため、投稿時期が全く未定になっております。(マイペース更新中)
「えっと……えっと……」
「何が言いたいの?」
「イーレが素晴らしいって」
「それは、もう聞いた。で?」
「エレン・アストライアーも素晴らしいって」
「私が原体嫌いだと、知っていて、喧嘩売ってる?」
「賞賛するぐらい、いいじゃないか!」
「エレンより私の方が大事って、言ってたくせに」
カイルはきょとんとした。
「大事だよ。イーレの方が、はるかに大事だけど、今、それがなんの関係が――」
今度はイーレの方が、はるかに素早かった。
イーレはハーレイの背中に素早く隠れると、ハーレイの身体を完全にカイルに対する盾にした。
「……イーレ……」
「イーレ?」
「訓練して、慣れろというなら、夫として協力してくれてもいいじゃない……」
「先は長いなぁ」
「うるさいうるさいうるさい」
子供のように癇癪を起こしたイーレに、ハーレイは吐息をつき、代弁を受け持った。
「カイル、イーレも、イーレの双子の姉も素晴らしい――そこまでは理解した。そう思った理由はなんだ」
「ここを企画して設計したのが、エレン・アストライアーだ」
「うむ、ライアーの塚の遺構が、ここというのまでは理解しているつもりだ。彼女は地下に広大な神殿を築きあげた。それから――?今後、民の避難所として役に立ちそうなのか?」
「もちろん役に立つよっ!でも、凄いことはそれだけじゃなくて――」
カイルは説明する言葉を探そうとしていたが、再び興奮し、混乱に拍車がかかったようだった。
ディム・トゥーラに対するプレッシャーは、ある程度、カイルが冷静さを取り戻す手助けにはなってはいた。だが、そこまでだった。
ディム・トゥーラは、確かにカイルに対する質問誘導が上手かった。長年の慣れとも言えるかもしれない。その彼が衛星軌道上にいることが、イーレには悔やまれた。
「すごいポンコツぶりねぇ……」
イーレが呆れたように、ハーレイの背中に隠れたまま酷評した。
「支援追跡者のディム・トゥーラがいないと、ここまでポンコツになるの?常日頃、カイルを御しているディム・トゥーラに感心しちゃう……」
今度はカイルが真っ赤になった。カイル自身にその自覚があったからだ。
「もうっ!百聞は一見に如かず、だよ!これを見てよ」
カイルはむくれたように手元の端末をいじりだした。
「えっと……今から、この地区の全偽装を解くからね。あ、ミナリオやハーレイ、ミオラスは、今から見るものは他言無用だよ」
「……いまさら……」
ハーレイが肩をすくめて、カイルの発言に突っ込んだ。
「それでは、エトゥールの地下で目撃したものはペラペラしゃべっていいみたいじゃないか」
「うっ……確かに。ダメ、それもダメ」
「まあまあ、ハーレイ様」
ミナリオが主人の愚行をとりなした。
「カイル様、この古代神殿の偽装をとくとおっしゃいましたか?」
「うん、そう」
「また、元に戻せるので?」
「もちろん」
カイルは端末をあやつりながら、答えた。
偽装は解け、何百本とある柱の正体を暴き出した。
柱は古代文明の象徴である建築意匠ではなく、透明の多数のキューブから構成されている保管庫に変貌していた。光の乱反射で虹色に輝いて見えるものもあった。
イーレは理解できずに巨大な柱を見上げた。
「……なによ、これ」
「保管キューブの管理棚だよ。一段あたり50個かな。高さが20メートルと仮定して100段あるとしたら、一柱あたり単純計算で5000個になる。この敷地あたりに15メートルスパンで円柱が配置しているとしても柱の総数は――」
「待って、なんの話?保管キューブ?」
「うん」
カイルは誇らしげだった。
「種だよ」
「種?」
「植物の種だ。もしかしたら動物の遺伝子情報もあるかもしれない。何万種、いや何十万種とある貴重な研究材料だ。生物種の保存のための巨大な方舟だ」
カイルはにっこりとイーレに笑いかけた。その瞳はイーレに対する称賛に満ちていた。
「これがエレン・アストライアーが整備したこの大陸のジーン・バンクだ」




